第5話 輝きの勇者

 ハルとソラは、住宅街を歩いた。

(ソラさん)

 横目で、ソラを見る。

(俺のこと……本当に好きなのか⁉)

 期待と緊張で高鳴る心臓。彼女の存在を近くに感じるだけで、性器が熱くなってしまう。

「春風くん。前世についてどう思う?」

「え、前世? ……あったら、おもしろいんじゃないかな」

 女子との会話に慣れない童貞は、かっこつけた口調だ。

「なら、夢を見ていたりする? 勇者とか、魔王とか、そういうキーワードの」

「勇者? …………見てる気がするけど……どうだろう。夏目さん。前世の記憶、あるの?」

「ええ。2週間前に思い出した」

「なあ⁉ ……これはおどろいた。聞かせてよ、前世の話。どんな世界だったの?」

「そうね。時代的には中世ヨーロッパに近い。魔法が使える世界で私は、セロニカ、と一緒に旅をしていた」

「セロニカ……」

 突然、脳が酸素不足を起こしたように意識がうすれ、ハルは足を止める。そして無意識のうちに「……俺は……勇者…………」と言葉をもらす。

「……あれ⁉ 俺、いまなんて?」

 自分が何を言ったのか分からず、戸惑う。

 そんなハルを、

「…………」

 ソラは無言で見つめた。




 その後は会話が弾まず、十字路でソラと別れ、ハルは帰宅する。夕食を済ませ、シャワーを浴びたあと、パジャマ――白い半そでのティーシャツと黒の半ズボンに着替え、ベッドに寝転び、両手を枕に天井を見上げた。

「セロニカって……なんだ?」

 口に針が残った魚みたいに、セロニカの文字が頭を離れない。

 どこかで聞いた気がする…………だけど、どこで聞いたか思い出せず、もどかしい。




 ********


 前世。

 最強のドラゴンを倒す勇者が、最弱のスライムに体を締められ、地面を転がっている。

 フレアは呆れ、腕を組む。「相手がスライムだからといって、遊ぶのはよくないと思うな」

「遊んでないから! 早く助けろ!」

 叫ぶセロニカの表情には、うそとは思えない必死さがある。

「……ハッ!」

 フレアは思い至り、手に炎を宿し、スライムに放った。スライムは燃え、蒸発する。仲間の死を悟ったのか、残りの2匹も逃げていく。


 解放されたセロニカは「ああ、助かった」と倒れたまま両手を広げた。

「すまない。気づくのが遅かった」

 セロニカの元に駆け寄り、フレアがひざを落とす。

「スライムって、こんなに強かったか?」

「そうじゃないよ。この山のスライムはオリジンなんだ。君の力は闇にしか効かないだろ? 魔物との交配がないオリジンに闇は混ざっていなかった」

「そういうことか」




 オレンジの光に雲が輝く、夕暮れの空。セロニカとフレアは村に戻った。

「くぅーん!」

 村長の家――外の柵につながれたポネが、前足を浮かせ、主人を呼ぶ。

「大丈夫だったか? ポネ」セロニカになでられ、ポネは尻尾をふり「くぅん」とうなずく。

「戻りましたか」慌てた様子で、村長が家から出てくる。「王者はどうなったのでしょうか?」

 フレアが答える。「安心してください。討伐に成功しました」

「ありがたい。これで村が救われる」

 感動したのか、村長は頭を下げ、両手を握り合わせた。


「食事の用意ができていますので」

 家に招かれ中に入ると、テーブルの上に料理が並んでいた。スープにパン、ステーキにサラダ、デザートに葡萄。

 テーブルに座り、二人は食事をとる。

「おいしいですね」

 スープを飲んだフレアが、声を弾ませる。黄金色のスープに、大きめに切られた白い野菜が浮かび、コショウが効いていた。

「アルプスの地下水で作ったマンドラゴラのスープです」

 フォークを使い、セロニカはステーキを食べる。

「うまいな、この肉」

「コカトリスの尻尾です」

 フレアもステーキを食べる。「……おどろきました。コカトリスの尻尾が、これほどやわらかいとは」

「アルプスの草で育てましたから」

 コカトリスは、鳥の体にヘビの尻尾がはえたモンスターで、鶏の2倍から3倍の大きさに成長する。昔はバジリスクという巨大で毒性のあるモンスターだったが、毒の少ない個体を選び、品種改良を重ねた結果、小型化と無毒化に成功し、グルメモンスターとなった。尻尾を切断しても、1カ月で再生するため、安価な肉として流通している。



「ああ、うまかった」

 食事を終え、満足したセロニカは、腕を持ち上げ背伸びをする。そして首をひねり、気づく。壁に小さな絵画が飾られていることに。

「あの絵?」

 顔のない白い人物が、黄金に輝く剣をかかげ、闇を払っている。

「輝きの勇者、トゥエン・トゥルクだね。興味があるのかい?」

「まあな」

 子供のころ、トゥエン・トゥルクの伝説を聞いて、勇者に憧れた。セロニカにとって、トゥエン・トゥルクは思い入れのある偉人だ。

「でしたら、村に伝わる伝説を詠いましょう」

 テーブルの皿を片づけ、紙芝居を持ってきた村長が、伝説を語り始めた。

「2千年ほど前、デュマ・エンポリオという青年がいました。彼は前世の記憶を持つ特殊体質で、死んでも無になれないことに悩んでいました。ある日デュマは、麗しの姫パーテ・ラフレとその護衛のトゥエン・トゥルクに出会いました。デュマはラフレに惹かれ、トゥエンとも親しくなりました。ですが、ラフレが死んでしまったのです。絶望の王となったデュマは魔界の門を開き、地上を滅ぼそうとしました。デュマを止めるため、トゥエンは戦い、魔界を消滅させることに成功したのです。こうして世界を救ったトゥエンは輝きの勇者となりました」

「おしまい」と村長が話を締めくくる。

「この村ではそのように伝わっているのですか」

 輝きの勇者、トゥエン・トゥルク。

 絶望の王、デュマ・エンポリオ。

 麗しの姫、パーテ・ラフレ。

 この3人が活躍するのが、トゥエン・トゥルク伝説なのだが、昔のことゆえ、様々な伝わり方をし、たくさんの解釈が存在していた。

「前世なんてあるのか?」

「分かりません」村長が首をふる。「言い伝えによれば、魂が別の世界に飛んで行き、生まれ変わるそうです」

「別の世界……」

 生まれ変わりという概念は知られているが、それが実在するかどうかは謎だった。




 **********



 現在。

 朝になり、ベッドの上で、ハルは体を起こす。

「前世…………」

 いつもと違い、今日はハッキリと夢の内容を覚えていた。しかも、いままで見た夢をすべて思い出している。

「俺は…………セロニカなのか?」

 自分の存在が、ほかの何かに侵略される違和感。アイデンティティーを失う恐怖に、ハルは瞳を揺らした。

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