第10話 わたしのがくしゅうせいか
「(じー………………)」
「…………………………」
「(うろうろ、うろうろ)」
「…………………………」
「(のぞきこみ)」
「…………いい加減
「や、やあ、やあだ」
「ほお? この私の決定に異を唱えるおつもりですか、ネルファムト特務大尉。特務制御体ごときが、偉くなったものですね」
「うー、でもお」
「でもではありません。離れなさい」
「うぅぅー…………はあい」
イードクア帝国の南方戦線を支える、今日は平和なレッセーノ基地。
この基地所属の一人中隊【
いつもと異なるのは……わたしの待機場所が格納庫内の愛機内の搭乗席内ではなく、大佐がおシゴトがんばっている基地司令執務室であるという点だ。
ともあれこれは、決して遊んでいたり、サボっていたりするわけではない。これはわたしの『非常識な言動』の抑止を目的とする作戦の一環であり、大佐の認可だって(いちおう)得ているのだ。
もっとも、あくまでも大佐は『基地内での人間観察行為』に対して許可を出しただけであって……それを「大佐の執務室も基地内ですよね」と強引に過大解釈し、一瞬返答に窮した大佐に付け込んだ形で、半ば強引に大佐のおシゴトを観察していたのだが。
さすがに『あからさま』というか、無遠慮が過ぎたのだろうか。あわれノール・ネルファムト特務大尉は、
「…………それで、私の仕事の邪魔をして……何か得るものはありましたか?」
「はいっ。たいさ、しょり、おしごと、すごい、のと……あと、てきぐん、いきおい、ひかえめ、ですっ」
「ほお? …………根拠は?」
「はいっ。わたし、ひじょうこしゅ、ひんど、の……ていか。あと……ぜんせん、れんらく、ほうこく、きざいそんしつ、すう、の、ていか。あと、だんやく、びちく、げんしょうりつ、から……てきぐん、せってき、そのもの、が、ていか。…………っ、と、よそう、します」
「…………なるほど、良いでしょう。貴官がこの場で学べることはもう無さそうだ。他所の観察に当たりなさい」
「わたし、ここ、で、かんさつ……してる、よ?」
「………………察しの悪い貴官にも理解できるよう、改めて指示を出して差し上げましょう。光栄に思いなさい、ネルファムト特務大尉」
「はいっ」
「貴官は第二次待機行動を継続しつつ、当基地内の……
「うー、うぅー………………はぅぃ」
わたしの必死の抵抗も虚しく、こうして具体的な行動指示を出されてしまった、かわいそうなネルファムト特務大尉。……でも大佐の命令だもんな、おとなしく従わなきゃならない。
それもこれも、わたしの『非常識』払拭のためだ。例によって観察される皆様には申し訳ないが……せめて、じゃまにならないようにしよう。
そんなわけで、場所を移して格納庫。わたしの半身である【
特務機体と、量産機と、専用機。ぜんぶあわせて11機ものエメトクレイルが並んでいるのは壮観ではあるが……この基地の管轄エリアで動かせる空戦型は、ここに並んでいるぶんで全てである。
特に……大佐の【インペラトル】は、殊更に気合を入れて整備がされる。当たり前だ、万が一にでも大佐がいなくなってしまえば、いったい誰がこの基地を守り抜けるというのだ。
一般機の【アルカトオス】よりも出力を増した
大まかなシルエットでは量産機によく似ているが、よく見ればそこかしこに『上位機種』らしさが見え隠れしている、とてもカッコいい機体だ。
……一方で、そんな『カッコいい』機体からはわりと対極に位置しているだろうエメトクレイルが、わたしの【
肩から背面をぐるりと回るように、円弧状のマウントベースが設けられている。そこへ
しかし、そんなんでも……とかいうと
まあとはいえ、陸戦型エメトクレイルや他の陸戦機材は別の建屋、敷地内のもっと前線がわに格納庫があるので、
……わたしがレッセーノ基地に配備された当初、もっと賑わっていたときのことを思い出し、ちょっとだけ寂しくなってしまう。
現在は劣勢ぎみのレッセーノ基地とて、もちろん最初っから押されていたわけじゃない。かつては空戦型エメトクレイル部隊も、それを運用するバックアップ要員も、しっかりバッチリ揃っていたのだが。
しかしながら……すこし前の『情勢の変化』とやらからこちら、戦闘人員はなかなか補充されないし、基地の運営人員や補給部隊や整備班も半分以上が異動となってしまった。
今となってはこうして、空いたスペースが目立つようになってしまった格納庫だが……しかしわたしは、わたしたちは、まだこうして健在である。
大佐が死守してくれた整備人員も、不安はあるだろうに仕事を
なので……くれぐれも、彼らの邪魔をすることなく、観察任務を敢行する必要があるのだ。
(…………やっぱり、喋る意思疎通は、……とても重要、と、判断でき、ます)
隅っこで大人しくしながら、邪魔しないように整備班の観察を行っていたのだが……やっぱりというか当たり前というか、互いに声を掛け合い、大声で確認をしながら、協力して作業を進めていた。
また別のところでは……おそらく制御術式伝達まわりの点検か、動作記録の確認作業なのだろうか。作業そのものは小規模で一人でもこなせそうだったが、複数人のスタッフが言葉を交わして、行うべき作業の方向性を擦り合わせている様子だった。
言葉というものは、
様々な音の響きや抑揚を駆使することで、動物の『鳴き声』とは比べものにならない程に、密度の高い情報を遣り取りすることができる。それによって複数個体間での連携を効果的に行い、複雑な作業や役割分担を可能とする。
ヒトがヒトである以上、やはり言葉を用いてコミュニケーションを取るという行為は……今さら言うまでもなく『普通』のことであり、つまりは『常識的』な行動なのだろう。
(わたし、は……喋る、にがて、なので…………だから、ふつう、が、離れて、常識的、ない、だった?)
……ありえるかもしれない。
つまりわたしも、ほかのひとのように『会話』によるコミュニケーションが取れるようになれば……スムーズな『会話』ができるようになれば、わたしの『非常識』も軽減される。
わたしが伝えたいことすべて、細かなニュアンスも万全に伝えることが出来れば、ほかのひとたちと価値観を共有して『常識的』になれるのでは。
とはいえ、わたしのこの半壊した前言語野では、円滑なコミュニケーションを行うことは極めて困難である。……なにせ、わたしがこの身体に宿ってからおよそ5年、いっこうに改善の余地が見られないのだから。
しかしながら幸いにして、解決策はすでに見えている。その効果の程も――周囲のひとたちの気分を害することに目をつぶれば――実証済である。
あとは
何かしらの費用を求められたとしても、わたしはそこそこの蓄えがある。入ってくる量は『まあまあ』だったとしても、それを使う手段がほぼほぼ無いのだから、そりゃ溜まろうというものだ。
……ま、この額が適正かどうかなんてこと自体、わたしにもよくわかってないわけだけど。
はー……街で買い物とか、食べ歩きとか、一度でいいからやってみたいよなぁ。
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