第11話 わたしのことば
『発言します。特務制御体【
「っ、…………恐縮です。……特務大尉どの」
『報告します。当該アップデートによるコミュニケーション機能の向上は、特務制御体【
「…………そう……ですか」
『…………質問します。特務制御体【
「い、ッ、………………いえ、私は……何も」
『……? …………確認しました。質問を終了します』
きちんとお礼を述べて、懸念点の聞き取りも終了し、わたしは技術担当官に『ぺこり』と頭を下げてその場を後にする。
……やっぱりというか、合成音声マシマシの『声』を発するわたしはそうとう不気味に映るようだが、背に腹は代えられない。円滑な意思の疎通が行えるのなら、わたしに対する心象なんて二の次だ。
たとえわたしがどう思われようと、わたしがきちんと果たすべき働きを果たせればいい。そのための効率向上が見込めるのなら、実装した価値はあるのだろう。
今回、わたしこと特務制御体【
機能としては、わたしの専用機【
いわゆる『ネックスピーカー』のような形状の発声装置は、格納庫に転がってた様々な端材や壊れた機材など、ありあわせの材料を組み合わせてわたしのために作られた、特別製だ。
とはいえ、材料のすべてを基地内で賄えたわけじゃない。取り寄せなければならない部品や機構もいくつかあったのだが……そのあたりは、客人としてレッセーノ基地に滞在してくれてる竜人少女商人テオドシアさんの協力を得て、きちんと料金を支払ったうえで、転送魔法で取り寄せてもらった。
その際、なんかいろいろとわたしのことについて訊かれたけど……もしかすると、まだわたしのことを狙っているのかもしれない。
わたしは大佐の傍にいたいのだが、しかしテオドシアさんは敵に回したくないな。どっちも好きでいたいのが、ノール・ネルファムトのつらいところである。
まあそんなこんなで、細かな組み立てや調整なんかは、いつもエメトクレイルの点検整備でお世話になっている技術班のひとたちが仕上げてくれた。機能としては既に【
ただまあ、忙しい中で力を貸してくれたのがとてもうれしかったので、その気持をさっそく伝えようと『発声』してみたのだが……しかしやっぱり、不気味さはどうしようもないようだ。
わたしとしては感謝の気持を伝えたかったのだが、逆に嫌われてしまったようだ。ままならないものだ。
『報告します。特務制御体【
「ハァ…………そうですか」
『報告します。新規実装の会話補助機構導入により、当個体のコミュニケーション能力値は飛躍的な上昇を見せました。当個体は当該アップデートに関して、大変喜ばしいことであるとの所感を抱きます』
「……………………そうですか」
『報告します。特務制御体【
「もういい。結構。結構です。……話になりませんね。直ちに口述補助機構を停止なさい、ネルファムト特務大尉」
「ぽええええ」
な、なんで。いったいどうして。わたしのなにがダメだったというのだろうか。
いやまあなんとなくだけど想像はつくぞ、この無機質で饒舌な口調と合成音声が耳障りなのだろう。だけどこれはわたしのせいじゃないし、むしろ(ひとによっては)よく耳にする音声のはずだ。
わたしが作戦行動時によく使っており、今回可搬式のタイプのものを用意してもらったコミュニケーションツール、通称『口述補助機構』……これは有線接続されたわたしの感情や思考をある程度読み取り、音声にて伝達する装置である。
元を辿れば、魔法で擬似的な生命を与えられた『造魔』と呼ばれる存在――なんというかホムンクルスとか使い魔とか人工精霊とか、そんな感じのマジカルな生物(?)――の思考回路を転用した、情報処理補助システムである。
前世でいうところの……いわゆる人工知能とか、AIとか、そういう代物が該当するのだろうか。だからこそこんな、堅苦しくて人間味のない口調になってしまうのだろうか。
高度な思考能力をもたされた高位の『造魔』は、遠い昔は完全自律型のエメトクレイルなんかに転用されたりもしたようだが……しかしそれは現代の技術レベルで再現できるものではないらしく、現在はというとせいぜいが疑似対話プログラムや、情報処理程度が関の山だという。
それこそ帝都ノヴラ・クアでは、大図書館のレファレンス担当として設置されていたり、都市内の環境制御を担っていたり、研究記録の保存や呼び出しなんかに活用されているとのことだが、当然わたしは見たことなどない。
ちょっとずれたが……つまりこの『口述補助機構』の中に据え付けられた下級造魔の思考回路は、ずばり『対象の思考を読み取り言語化する』ことに特化している。
一般的には、家畜動物なんかのコンディションを確認したり、異言語圏に由来する外来人の思考を読み取ったり、あるいは裁判なんかでも用いられる『本心を曝け出させる』ための装置……それを有線接続仕様に改修し、精度とレスポンス向上を図ったものが、今回わたし専用に誂えられたものだ。
要するに……合成音声そのものは、帝国人が日常生活を送るうえで、度々耳にするものである。それがわたしから聞こえたところで、今さら驚くようなことでもあるまいに。
なので、これは……やはり純粋に、わたしという存在が不気味だからということだろう。合成音声には馴染みがあっても、それが継ぎ接ぎだらけの鶏ガラ少女から発せられれば、気味が悪いと。そういうことなのだろう。
わたしの『言葉を発する能力』は、たしかに向上したのかもしれないが……しかしそれが『コミュニケーション能力』に直結するのかと問われれば、どうやら否であるらしい。
これでは確かに……いくらわたしが
「…………口述補助機構の導入そのものは、咎めるものではありません。貴官の発話能力は致命的ですので、そのフォローとして用いる分には、充分な成果が期待できるでしょう」
「じゃじゃ、じゃ、じゃあ――」
「ですが。…………そればかりに頼ることは、率直に言って『よろしく無い』でしょう。ノール・ネルファムト特務大尉」
「は、はぅい」
「……貴官が導き出した答えが
「ほ、ほぇあ」
いやそんな、責任だなんて……大佐はなにも悪くない、ただわたしが自らの意思で、大佐以外のひととのコミュニケーションを望まなかっただけだ。
「…………宜しい。貴官はこれより……主として非戦闘行動時、
「は、はい」
「ただし。……口述補助機構による音声出力を『非常時』もしくは『意思疎通が困難であると判断したとき』のみに限定すること」
「で、でもお」
「でもではありません。……良いですね、ネルファムト特務大尉。基本的には貴官の口頭発声にて、肉声にて意思疎通を行いなさい。良いですね」
「うぅー、で、でも、いしの、そつう――」
「出来損ないの合成音声を延々と聞かされるよりかは……貴官の不自由な肉声のほうが、幾分かマシです。口述補助機構の使用は、あくまでも『補助』に留めるように。良いですね」
「うぅぅぅー…………ぅぃぃいぃいぃ」
な、なんてことだ。おのれ大佐、くそ、この陰険メガネめ。けち。うんち。
やっと伝えたいことが自由に伝えられるようになって、せっかく気持ちよくなっていたところに、いきなりメガネ冷水を浴びせられたような心境だ。一瞬で冷まされてしまった。
……まあでも確かに、いわれてみれば『きもちわるい』もんな、実際。わたしが口述補助機構で合成音声を垂れ流すたびに、まわりのひとたちがゲンナリしてしまうというのは、なるほど非常に迷惑な話だろう。
ただでさえ
まあ……聞くものをイライラさせてしまうわたしの肉声だが、それでも『合成音声よりはマシ』と言ってもらえたのだ。そのおかげでちょっとだけ気持ちが楽になったので、そこは嬉しい。
あとはわたしが、すこしずつでもじょうずに喋れるように、コミュニケーションのトレーニングをしていけばいいわけだ。
わたしが大佐に命令されたのは、あくまでも『口述補助機構の使用を控えること』である。『対外コミュニケーションによる自己学習』のほうは、こっちはべつに咎められたわけじゃない。
耳障りな合成音声さえ出さなければ、わたしが観察任務や発話トレーニングを行うことに関しては、むしろ肯定的に捉えられている。
例によって、わたしとの対話を強いられるひとに対しては、ちょっとだけ申し訳なくはあるけれど……でも大佐が『やめろ』といわないので、つまりは大佐公認なので。
なので……ごめんねだけど、ちょっとだけつきあってほしい。そんなたくさん邪魔はしないから。ゆるして。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます