第4話 妖刀使いと妖怪少女
たくさんの大きな爆発が、花火のようにしたと思えば、さっきまで空に浮かんでいた怪鳥の姿は消えていた。
「いったいどうなったんだ……?」
そんな声を漏らしながら、俺は落ち着けなくなって、楓さんの元に行こうか行くまいかと思いかねて、公園をウロウロとしていた。すると、
ズザザザザザァァッ!
という轟音がすぐ後方から響いた。駆け寄ってみてみると、なんと楓さんが公園の植え込みの方に突っ込んで倒れていた。
「楓さん!?」
楓さんは血塗れだった。良く見てみると、全身の至るところに切りつけられたような後があり、ゴホッ、と時折血すら吐き始めている。が、しかし、楓さんは俺を見つけると、血を流しながら立ち上がった。
「ゲフ……グッ……灯架さん。ここにいたんです、か、なんて悪運でしょう、ね……ガはッ……」
延々と血を吐きながら楓さんは俺に語り掛けてきた。
「だ、だめだ、そんな体で無理しちゃあ!」
「そういうわけにも……いきません」
「来ます」
「来る……?」
「以津真天が、来ます、その刀を抜いてください……ッ」
「何だって……!?」
だが、数秒経ってそこに現れたのは、あの巨大な怪鳥ではなく、一人の、黒い着物姿の女だった。その姿は日本人形のような真白い肌と黒髪長髪に、ルビーのような瞳、深紅の唇を持っている、正に"女性"として完成されたような容姿をしていた。彼女は俺を見るなり、嬉々とした声で俺に語り掛けてきた。
「あら、あら、あら、やっと逢えましたわ、此度の"妖刀使い"様に! 愛しきお侍様、愛しき剣士さま、愛しき兵隊さまに! いつも酷い別れ方ばかりで私の胸は今に至るまで張り裂けるような思いでした! ……けれど、此度こそはあなたの伴に!
そうだ、私、あなたにまた逢えた時恥ずかしくないように、前に貴方に言われたとおりに、ちゃんと異国の言葉も勉強してきましたのよ! ほら、あい・らぶ・ゆう、って。あはは!」
「何を言ってるんだ、お前……?」
「駄目、話を聞いては駄目です。彼女は……」
「彼女は、以津真天です! 彼女は以津真天が人間に擬態した姿です」
なっ!?
「どういうことなの、それ……!?」
「ある程度の力を得た妖怪は、その姿を術によって変えることが出来るのです……その術をあの以津真天が使った姿が、あの……」
名指しされた女はにこり、とはにかむ。
「わざわざ説明ありがとうございます、暴力的だけど割りと
「余計なお世話……です」
「ええ、余計なお世話よ。だって、今から私に殺されるんだから当然ね。人殺しはとっくの昔に辞めたのだけれど、妖刀使い様との会瀬を邪魔するなら別ですわ」
「ま、待てよ!」
今、コイツは……以津真天は、人殺しは辞めたって言ったし……他にも気になることばっかだけど……まずは……ええと……
「人殺しは辞めてるんだろ、今すぐにその人を傷付けるな!」
「でもあなたとの会瀬を邪魔するなら殺しますわ」
「てか、そもそも会瀬ってなんだ、ていうか俺はそもそも妖刀使いじゃないし……それに……お前みたいな奴とはあったことがない! 人違いだ!」
「人違いじゃありませんことよ、これは推測ですけれど、あなた様は今、その刀に付きまとわれているのではなくて?」
「……ど、どうしてそれを」
「何もかも、あの頃と同じですから……」
女は熱に浮かされているかのような恍惚とした表情で言った。
「あの頃ってなんだよ、だから俺は────」
「確かに、今生では。けれど人違いではありませんの。だって────」
「その妖刀が持ち主として選ぶ人間は、未来永劫たったひとりだけなのですから」
「は? それって、どういうこと……」
「ああもう、そんなことは些事ですっ、そちらの質問に答えたのですから、こちらの質問に答えていただきたいのですが!?」
「な、何だと」
俺に聞くことがお前にあるのか、という言葉がこぼれそうになったが、俺はその言葉を喉奥にしまい我慢し、女の話を聞いた。
「あなた様がかばっているその女、いったいあなた様の何なのですか?」
「……は?」
「何、って?」
「何って、二人の関係の事です! 私ったらこんなにわくわくしてはるばる馳せ参じましたのに、あなた様が見知らぬ女性と二人でいて腸が煮えくり返る思いで、もうあんなに醜い姿まで見せてしまい……」
「え。関係性? 楓さんとの? え、いや……」
「そうです、楓さんと言うのですねその方は! もしやその方はあなた様の浮気相────」
「いや、初対面だ」
「……今、何と?」
「初対面」
「……もう一回」
「だ、か、ら、初対面! そもそも俺に恋人はいない! この人生で一回も出来たことがない!」
「な────!?」
女は石のように硬直した。
「なん……ですって……!!!!」
なんなんだこのいい加減な奴は。
これがあのさっきまでの以津真天なのか……?
「も、もういいだろ! なんなんだお前は! とにかく、もう俺に関わらないでくれ! それと、楓さんにも危害を加えるな! わかったか!!」
「なんという、おいたを……」
「なんという、火遊びをなさって……」
「私はなんと言う勘違いを……!!」
「……は?」
なんだこいつ、また訳のわからないことを……!?
「初対面の方と早くも
「そんな淫蕩は看過できません!!!!!!!」
瞬間、ごぉん、という重圧が俺を襲う。凄まじい圧力、俺は思わず跪く。
はあ……?
何が起こって……??
意味がわからない……!?!?
まったくの放心状態。
そんな俺の肩を楓さんが持つ。
「大丈夫、ですか……」
「か、楓さんこそ……」
「私の方は段々と傷が塞がってきたので大丈夫です。灯架さんが対話で時間を稼いでくださったので事なきを得ました。ありがとうございます」
「あ、どうも」
なんか今とんでもない無法ワードが聞こえたんですが。あの以津真天女じゃないですけど人間なんですあなた? 妖怪か何かじゃなくて?
「そんなことより! 以津真天の魔力……力が高まってきています」
「……そうするとどうなるんですか?」
「灯架さんにもわかるように説明いたしますと……全力の技を使われて私達二人は木っ端微塵になるかと思われます」
「……マジですか?」
「マジです」
「嫌だ俺まだ死にたくない!!」
「それなら……妖刀を抜いてみては」
「……あ」
妖刀。そうだ、俺には妖刀があった。
いや、だけど。俺ズブの素人だぞ?
妖刀の力どころか剣術なんで出来るわけがない。
けど、
「……っ」
「わかりました」
「まずは謝らせてください……本当に、本当にごめんなさい。護ると言ったのに。いや、今からでも遅くない。私の全力を尽くして、灯架さんだけは……」
なっ。クソが。
何たって俺は女の子にこんなことをさせてる?
俺は。
俺は情けない男なのでは?
勝手に俺が妖刀の封印を解いたばっかりに楓さんはこんな羽目になった。
いや、情けない。めちゃくちゃ情けない。
全部俺のせいなのに、こんなにも俺はへっぴり腰で。自分が惜しいんだ。
「灯架さん、今から私が以津真天相手にできる限り時間を稼ぎます、何秒も持たないかもしれないけれど……けど、その間に出来るだけ遠くまで逃げて」
いや、そりゃそうだ。
俺は普通の人間だぞ?
武道家でもなきゃ軍隊でもない、運動部にも入ってない貧弱や男子高校生だ。
命は惜しいしヤバいものを見ると怖い。
けど、
「灯架さん」
けど、ここで行かないのもなあ……
「灯架さん!」
「……悪い、ボーッとしてた」
俺は、楓さんの支えから離れて、一人で、奴の重圧に耐えながら立った。
「灯架さん?」
「楓さん……俺、戦うよ」
「……!」
死にたくない。
今死からいちばん遠い道は、ここしかないみたいだし、何より……
ここでやらなきゃ、俺の男が廃る。
「灯架、さん……!」
俺は歩きだした。あの女の元へ。
俺は妖刀を抜いて、鞘を捨てた。けれどこれは死への覚悟じゃない。
生き抜くための覚悟だ。
そして、両手で鞘を握る。
「だんな様……お仕置きの時間ですわ!」
女は右手をぶんと振るう。すると、疾風が一陣、地を裂きながら俺の元へと向かってくる。それは風とはなばかりの渦巻く刃であり、即ち死そのものが迫ってきているのと同義。しかし、今の俺の心に揺らぎはない。
俺は、刀を構え、そして────
疾風へと振るった。刃が疾風と激突し、がぁんと衝撃音を上げる。が、しかしその音は、刃が疾風を払う音であった。
「だんな様……?」
女の顔が驚嘆に変わり、そして、
「ああ、だんな様ッ!!」
喜びへと変わる。正に百面相だ。
すると女は
『
と唱えた。すると、風と共に煌めく白刃が女の周りに幾つも現れ、女はそれを帯びる、そして女が俺に手を向けると、刃は俺の元へと迫る。しかし、その軌道は判りきっている。そしてその対処方法も。幾つもの刃を俺を方位し、多方面からの同時攻撃を繰り出す。俺はそれを刀を身と共に回転させる回転斬りでいなし、また女の元へと進撃するり。
次に女は、右手を構え、
『
と唱える。すると右手を起点に、二メートル大程の大きさがある三日月状の縦の刃を発生させる。刃はまた地を裂きながらこちらへと迫る。また刃と刃の激突の姿勢だ。
俺は刀を構え、激突に備える。
そして、刃と刃が激突する。
「ッ……!!」
今度は流石に手応えがある。が、斬り抜けられる。俺はさらに刀を強く握る。すると、刃の激突している部分から火花が散り、その火花はやがて赤紫色の炎となり、刀に帯びる。そして、その縦の刃を焼き斬る。
そして俺は走り、炎の刃は、遂に女の元にまでたどり着く。俺は刀を振り上げ、女の胸元へと振りかざす。しかし……
「……くっ、そ」
すんでのところで、刃は止まる。
斬れない。刀が震えている。
情けない。
情けない情けない情けない!
殺すことが怖いのか。
人形を壊す感触を覚えたくないのか。
ああ、なんて俺は意志薄弱!
俺は今、刀を振り下ろすどころか、刀を下げようとすらしている。
ああ、クソ。こんなにどっちつかずなのか、俺は。
「────」
葛藤。それはいったい相手に何秒の隙を与えてしまったのだろう。
「……本当に。相変わらず優しいお方なのね。あなた様は」
「……っ!」
不味い。
そんな葛藤は、相手にとって俺を殺すには十分の時間だった筈だ。
女は俺の刀の刀身を掴む。まずはへし折って、戦力を喪失させるつもりか。
そう思っていた。しかし、それは違った。
あろうことか女は、その刀身の切っ先を、自分の胸元に押し当て────
自らを刺した。
ぷしゃあ、と、鮮血が飛び散る。
その血に濡れて。
女は妖しく笑っていた。
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