第3話 怪鳥・以津真天

以津真天いつまで……? それで、そのあることっていうのは」

「飢餓や疾病で死に、その上で弔われもせず、ただ放置され腐っていった。飢饉や流行り病で死にながらも弔われず成仏出来ず、現し世を彷徨い続けた亡者達の末路とでも言いましょうか。あの『いつまで』という鳴き声も、彼等が死に、成仏できない事への、『いつまで我らを放っておくつもりなのか』という怨嗟の声とも」

「でも、そんなのが現代にもいるのか、その、何て言うか、今は飽食の時代だし、医療技術も……」


「現代でも人の怨念由来の妖怪は普通に発生しますが、以津真天が発生するような怨念が生じる条件を満たしている状況はこの国ではまずないと言っていいでしょう。さしずめこれは……何時かの飢饉や病の流行の際に発生した以津真天の生き残りが、我々のような存在に駆除されず、ここまで生き延びていたというところでしょうね」

「なるほど……」


「では、あの以津真天との戦闘は私が。貴方は安全な場所まで下がっていて。けれどその妖刀は手放さないで。それはいざと言う時の切り札になり得る者です」

「え、ああ、わかった。ていうか、楓さん戦えるの?」

「これでもエキスパートですので。貴方の背中は必ず護ります。だから、早く下がって」

「う、うん」


 俺は楓さんに催促されて、妖刀を片手に走って、アパート前から二百メートル離れた所にある小さな公園にまで離れた。


 こうして離れてみても、あの以津真天とかいう妖怪の巨躯は夜闇の中でもハッキリと見える。

 俺はただ、楓さんがあの妖怪に勝つことを祈るしかない。けれど────もし楓さんが負けてしまった、その時は。


 この刀と俺の底力を信じるしかない、のか?


 ◇


 ────さて。

 彼にはああは言ってみせたが、正直言ってあれは虚栄だった。


 実のところ、エキスパート、という自負はあるし、戦闘も得意であるとは言えるのだが、自信をもって勝てる、とは言えなかった。


 戦闘もそれなりの数をこなし、妖怪達も幾つか自分の手で祓ってきたが、この妖怪はハッキリ言って別格だ。


 怪鳥・以津真天。

 自然に、それでいて理不尽に死んでいった昔の人間達の根深い怨念や怒りを力とし、そしてその力をこの現代にまで増し、その悪意を振り撒く強力な妖怪だ。


 妖怪には自然から発生した自然系統、異界から現れる異霊系統、何らかの強い情念から発生したまじない系統の三つに分けられるが、こちらは三番目、呪い系統にあたる。


 自然系統の妖怪はほぼほぼ地震や雷と言った自然現象のような妖怪で強さはかなりピンキリで、しかし自然現象である以上法則性や対抗策が確立されていて対応しやすい妖怪で、異界系統もかなり生物的な分類が確立されて調査も十分に行き渡っているためにこちらも自然系統と同じく対応しやすい。


 しかし呪い系統は違う。積年の怨みという言葉そのまま、怨みから発生して、その怨みは時間とともに増大し妖怪の力を強める上に、その怨みから来る能力も、怨みと同じように千差万別。同じ種類の妖怪でも能力も違う上に能力も妖怪自体の地力も軒並み強力なものばかり。だから最初から全力全開、どんなに大きな犠牲を払っても最速最短で祓わなければならない。たとえその犠牲が、死者数千数万といった、大災害レベルの被害に相当するとしても。

 

 弱点はただ、怨みと悪意が余程強くなければただの悪霊程度ですぐ妖怪になる前に自然消滅するという、『ただ発生しにくい、生まれにくい』ということだけ。


 そして相手はそんな呪い系統の中でも特に古い怨念を持ち、その怨みを長年増大させて絶大な力を得たであろう妖怪・以津真天。本当なら数十人の魔術師や陰陽師の編隊を組んで討滅にあたるほどの大妖怪に違いない。


 対してこちらの装備は申し訳程度に仕込んだ武器仕込みの魔術装備に即席で使える魔術だけ。


 対呪い系統の対妖怪用の装備は一つも持ってきて以いない。丸腰同然。無理筋も良いところ。


 まさか妖刀がこんなにも強力な妖怪を引き寄せる一級品の呪物の類いであったとは、流石に想定外が過ぎた。精々自然系の妖怪を十数匹ほど誘き寄せる、多少の誘蛾灯の効果くらいのものだと思っていたのだが。

 

 全ては油断が招いた事態。

 仕方なく死への覚悟を決める。今更踵を返して逃げたって、あの妖怪にかかれば背中を向けた瞬間に私は消される。


 なら、この町かその周辺に居るであろう同士がこれに気付き、機関本部に連絡するまでの多少の足止めをするだけだ。


 いや、しかし。あの妖刀の力なら、あるいは……後の祭りか。彼にはとても申し訳なく思うが。これで懺悔は終わり。どうやらあの怪鳥は妙に気が長いものだから、十分に人生最期の落ち着きを楽しめた。


 さて、そろそろ行こう。


 私は懐に忍ばせた魔術式が記された札を二枚取り出し、『起動』と唱える。


 すると札は焼け落ちて、代わりに現れたのは二対の拳銃。魔術式の入った特性拳銃二丁セットだ。

 

 私は拳銃を両手に走り出す。

 以津真天が、それに気付く。

 すると、こちらに向かい突撃してくる。距離にして百メートル、接的までは十秒とない。けれど好都合だ。


 私は二丁拳銃を構えて、一気に撃ちまくる。

 この銃の弾丸には『浄めの魔力』という妖怪を祓うための特別な魔力が仕込まれているが、アレの前では気休めにもならない豆鉄砲だろう。


 現に弾は全て命中している。しかし減速することなく怪鳥は近付く。遂にこちらの頭を啄んでやろうと言うことか、こちらへくちばしを向けて急降下。しかし、これはこれまでにない幸運だ。人生で指折りまである。だって……


 始めてこのバケモノに、ダメージを与えるチャンスが出来たのだから。それで、自分の寿命がほんの数秒だが延びた。長生きはいいことだ。


 私は拳銃を握っている拳に力を込める。そして、くちばしが私の頭上まで迫ったその瞬間に、

祓烈強打ふつれつきょうだ牙砕きばくだき!』


 そう詠唱し銃を握ったままの両拳でくちばしを殴り付ける。瞬間、私の拳から閃光が走る。魔力の爆裂である。それに連鎖して、銃に込められていた銃弾の魔力も炸裂し、それは巨大な一つの爆裂となった。

 

 私はその爆発によって弾き飛ばされ、怪鳥は爆裂に包まれた。

 祓烈強打・牙砕き。

 石神機関独自の祓妖魔術、石神流闘術の奥義が一つ。浄めの魔力を込めた拳を相手に浴びせ流し込むことで爆発させダメージを与える武闘派の魔術。今回は銃弾の魔力も乗せて威力を乗倍にさせたスペシャルエディション。その代償に爆発を両手にもろに食らって火傷中だけど。


 爆裂は止まない。

 私の打撃分の爆裂は止んだろうが、銃弾分の爆裂がまだまだ残っている。これでどれだけダメージを負ってくれるかはわからないけど。


 爆裂はその後数秒続き、止んだ。しかし、その後には、怪鳥の姿は無く。市井には静寂が。

「何……?」 

 まさか、仕留めた? この程度で?

 そんな考えが頭をよぎった。

 しかし、そんな安易な希望は直ぐに打ち捨てられる。

 

 私が疑りながらも、一応増援を呼ぶために連絡をしようか、と思案し、懐のポケットから携帯を取り出そうとしたその時、

「まず────」 

 ビュウ、と一陣のつむじ風が私を襲った。私は咄嗟に回避行動をとるが、零点一秒、遅かった。


「がはッ……!」


 胴体への直撃は避けられたものの、左腕にクリーンヒットし、左腕全体がズタズタに切り裂かれた。ダメージを与えられたと思って舞い上がっていた馬鹿は私だ。


「い、つ、ま、で」

 そして、正面から人影と女の声。

「い、つ、まで」


 そ、う、

 い、つ、ま、で。 

 いつまで


「貴方の相手をしなければいけないのかしら?」

 私の前に現れた一人の女。

「わたくし、早急に『彼』に逢わなくちゃならないのに」

 その口振り。その力。間違いない。彼女は……

「ああ、その挑戦的な眼差し、まこと厭になってしまいますわ。第二ラウンドがご所望ですのね。なら、速攻で終わらせてあげますから。あなたも、痛いのが長く続くのはおイヤでしょう? その気持ち、私にも良くわかるわ……」

「あなたよりも、ね」

 


 

 

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