第5話 婚霊の儀
刀身が。女の胸から抜ける。
俺は解放されて、その場にへたりこむ。
女は妖しげな笑みを浮かべたまま、足から。黒い塵となって、消えた。
「────?!、────!……!?」
絶句。
言葉を出そうにも上手く発音できないから、呻き声しか出ない。そんな俺に、楓さんが駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか、灯架さん」
「あ、はっ……!」
やっと、俺は言語を取り戻した。
「楓さん……あいつは……?」
「ええ、以津真天は祓われました、もう大丈夫です」
「いや、違う」
「え?」
「あいつは、自分から刀に刺された」
「! 何ですって。それは本当ですか」
「ああ、これはいったい、どういうことなんだ……!?」
戸惑う俺と楓さん。その時。
「ッ……、ぐ、ぁあッ!?」
「灯架さん!? 大丈夫ですか」
「み、右手が、とてつもなく熱いッ!」
右手の甲に、激痛が走る。すると右手の甲に、瞬時に火傷跡のような痣が浮かび上がる。それは段々と黒ずんで、完全に真っ黒の痣になると、痛みは止んだ。
その痣は、紋章のような絵を描いていた。甲の中心には数字の八の字のような痣と、それを囲むように円状に羅列する、八つの勾玉のような形状の痣が。
「な、なんだ、これ……」
思わず俺が声を上げると、
『それは
すると一つの勾玉型の八の字の痣が光輝く。その光は痣を離れ、青い疾風となり、その中からなんとさっきの以津真天女が現れた。
「さっきぶりでございます、だんな様」
「てめえ!」
「復活した!?」
俺と楓さんは身構える。が、女は態度を変えることなく続けて言った。
「ご安心を。私はもうだんな様に傷一つ付けることは出来ませんわ」
「どういう理屈だよ……」
「理屈、簡単です。今の私はだんな様の式神となったのです。今や私はだんな様の所有物。だんな様の命令がなければ力を発揮することができない木偶人形なのです」
「マジでどういう理屈だよ……」
俺が疑っていると、
「いや、本当です。今の以津真天は、あなたに傷一つ付けることができない」
と楓さんが付け足してきた。
「なッ、楓さん、コイツの肩を持つんですか!?」
「いいえ、残酷なことかもしれませんが、単なる事実です。恐らく彼女は、本当に灯架さんの式神になっているのです」
「……どういうこと?」
楓さんは俺の疑問に答えてくれた。
楓さんの推論によると。
この痣は
式神は普段は力を縛られているらしく、主の口頭の命令があって始めて妖怪の力を使えるようになるらしい。
どうやら今の女は俺に出たこの痣を介して俺と魔術的なアレで通じているらしく、本当に俺の手下みたいな感じになっているらしい。
「でも、何でこの妖刀でやられた……あー、アレはやられてたのかな……? いや、いいや。やられてたお前が、どうして俺の式神になってるんだよ」
「それは私も疑問です。本来妖怪を式神とするには妖怪を弱らせた後に特定の呪文を唱えることで調伏し、式神とすると聞いています、が、あなたはそのセオリーが適用されず、式神になっている」
「それは、単に妖刀に調伏の呪文の代わりとなる術式が埋め込まれているだけですわ。だから倒しただけで式神になれたというわけなのです、と、通常ならそう説明が付きますが、実はそれだけではないのです」
「……?」
「これは、その妖刀……『
「どういうことだ」
「話せば長くなるのですが……ここで話すのはなんですし、場所を変えませんか」
「……同感だけど、それは真っ先にお前が言い出していいことじゃない」
と、言うわけで俺は二人を二十四時間営業のファミレスに案内した。その頃、時刻は朝の四時。流石に空がもう薄青く明るくなってきている頃だった。
「それで、その儀式っていうのは何?」
俺は取り敢えず休憩がてらドリンクバーでコーヒーを入れた後、件の話を切り出した。
「よくぞ聞いてくださいましただんな様ッ!」
「そういいのいいから。早く」
「む……だんな様のいけず。それでは説明しましょう。所でだんな様。その刀……婚白夜については何処まで知っていますか?」
「え……そりゃ、一度持ち主になったら死ぬまで離れてくれない上に、お前みたいな厄介なヤツを引き付ける妖刀だろ? それ以外に何かあるのか?」
「ええ。それだけではないのです、と、ここで問題です、だんな様。何故その刀が持ち主の元に付きまとい、どうして魔を引き寄せるのか。判りますか? ヒントは妖刀の名にもある『
「え……? 判らん。楓さん、婚の言葉の意味って判ります?」
隣に座っている楓さんに聞いてみた。すると、楓さんは急に肩を震わせて、
「エッ、私に聞くんですか? えっと、その……
顔を赤くしながら楓さんはしどろもどろになっている。え? これなんかそういうヤツ? アンナ事コンな事って意味?
「楓様はもうお分かりのようですよ? だんな様、本当に判らないのですか?」
「あ、ああ」
「それでは正解発表です、正解は、まぐわい、交合。当世風に言うと……性交渉か、"せっ○す"です!」
「え?」
せっ○す??
セッ○ス?
「あっ、えっ、あ……」
俺は楓さんの方を壊れた人形のように、ギギギ、と顔を動かして見る、と。
「聞かないでほしかったあっ……」
と顔を両手で覆いながら、今にも消え入りそうな声で言った。
「ほ、ほ……」
「本ッ当に申し訳ございませんでしたぁぁああッ!! すいません、ホントマジですいません! まさかそんな意味だとは思わなくて、マジで!」
俺は思わず席を立ってスライディング土下座。謀ったなぁこの妖怪女! てめえ絶対許さねえ!!
「……あの、説明に戻っても?」
「くそっ……いいだろう」
俺は業腹ながら席に戻り女の話を聞く。楓さんは未だ顔を覆っている。ホントにホントにスイマセンでした。
「それで、まあ婚いとはそう言う意味です。そして、その言葉が銘として刻まれた『婚白夜』。その妖刀が引き寄せる魔というのは、その全てが『雌』の妖怪で、私を含む彼女らはある目的の元に、古今東西から"妖刀使い"たるあなた様の元に集うのです」
「そう、その目的とは、だんな様と……妖刀使いと、"婚う"ため」
「は?」
嘘だろ?
「な、ななっななななっ、なんで?」
「妖刀の力と……だんな様を手に入れる為」
「はァ?」
「その妖刀は強い力を持ち、ただ雌の妖怪を引き寄せるだけではないのです。その妖刀はだんな様と
「妖怪お見合い大戦争です、じゃないだろ。なんなんだよそれ。もっと詳しく説明してくれよ。なんかそれはそれでろくでもない文言が飛び出しそうだけど」
「ろくでもなくはないですよ? ……それでは、そこまで言うなら、婚霊の儀の掟を説明致しましょう、そうすれば、理解していただけるかと思いますわ」
「……本当か~?」
一、古今東西の雌の妖怪から、儀に参加する資格のある者が八匹、選定される。
二、八匹の妖怪はどの妖怪よりも早く妖刀使いを倒し、
三、妖刀使いは八匹全ての妖怪を倒し、式神としなければならない。妖刀使いが八匹の妖怪全てを調伏するか、妖刀使いに八匹いずれかの婚呪が記された時点で、婚霊の儀は終了する。
四、妖刀使いに婚呪を記し儀が終了した場合、その妖怪は妖刀使いと番いとなり、妖刀は真の力を解放し、祝福として神にも近しい力を番いに贈るだろう。
五、妖刀使いが全ての妖怪を調伏して儀が終了した場合、妖刀使いは八匹の式神のなかから一柱を番いとして選ぶ。すると妖刀は真の力を解放し、神にも近しい力を番いに贈るだろう。
「以上でございます。補足すると、その恋式結の紋は、だんな様が妖刀の担い手であることを証明し、また調伏した式神を自由に呼び出し使役することも出来る万能の
「ちっとも。わかりたくもないですしもう忘れたいんだけとわこの話」
それって俺にとっての利もクソもないじゃないか! どっちにしろつまりは俺が妖怪共と半ば強制的に結婚しなきゃいけないってことだろ? ざっけんじゃねーどーしてこーなったんだってそりゃ俺が妖刀を抜いちゃったからですねチクショー!
「じゃあ、なんだ、俺は好きでもないしよりによって妖怪の女と結婚しなきゃいけないわけ?」
「妖怪の女と結婚しなければいけない、というのは結果的にはそうなってしまいますが、好きでもないは違いますよ?」
「?」
「これから互いに交流して理解を深めあって……だんだんと愛を育てていけばいいというだけのことです……♡」
「ちっとも違くないだろ! どこに違う点があったんだよこれ!」
「……????」
見ろ、俺の横に座ってる楓さんなんかどういうことかって頭抱えてるんですけど! 全身ボロボロのスーツひらひらさせて!
クッソ! このままじゃ俺の初体験の相手はどう転んでも比喩でも何でもなく文字通りのとんでもねえ化け物女になっちゃうじゃないか!
どうすればいいんだ、本当に……!
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