第6話 村長 ②

「今より一月半ほど前の事です。私がいつもの様に畑仕事をしておりましたら、村に住む佐吉と言う男が、八歳になる娘がいなくなったと、血相抱えて手前の所へ駈け寄ってきました。とにかく、村の者にも一緒に探して貰おうとその話を皆に伝えたところ、それはもう、村中大変な騒ぎとなりまして」


 彼が話しを続けやすい様にと、私は軽く頷いて相槌を打つ。


「すぐに、村人総出で近隣の森や川、それに山を連日探し回ったのですが、佐吉の娘は一向に見つからず……些か冷たい様ではありますが、手前どもにも仕事や暮らしがありますし、これ以上は警察に任せようと、一旦その場を収めました。そうして翌日。被害届けを出す為に役所に行こうとしていたら、次は正三の家の娘がいなくなったと、これまた大騒ぎに……その子もまだ、七歳になったばかりでした」


「……なるほど」


 ──陰祓師は、一応は公的な機関にくみしている。


 まず、なにか問題や事件が起きれば、それぞれの集落や町の代表が近くの役所へと連絡し、それが各所の警察機関や国の中枢である帝都の警視庁へと伝わる。


 そうして、上層部からの命令で各地方の警察官がある程度の調査を行い、異形の仕業である可能性が高まれば、調査内容と共に怪異対策機関へと伝えられる。


 怪異対策機関とは、異形に関する問題を解決、及び討伐する為の組織である。


 ずいぶんと昔からあるらしい由緒正しき機関によって、困りごとの内容を簡単に纏めたのち、現場近くの陰祓師の里へと仕事として回される。


 まぁ、我々に全て丸投げしていると言っても過言ではない。


 陰祓師は非常に危険な仕事であり、常に死と隣り合わせ。だからと言って給料がいいかと言えばそうでもない。


 それなりに余裕のある生活をしてはいるが、命を賭けるほどの物ではないと断言できる。それにいざ仕事となれば、移動、情報収集、道具や討伐の準備、雑務、報告、それら全てを、たった一人でこなさなければならない。


 それが原因で、最近では陰祓師のなり手は非情に少なくなっており、とても困った事態になっているのだが……


 とまぁ、話が少々脱線し過ぎてしまったのでここまでにする。


「それで、すぐに警察は来ましたか?」


「はい、連絡をして四日後には、五名ほどの警察の方々が来られまして。すぐに、村で捜査をされておりました」


「……そうですか。で、彼らが捜査を始めて陰祓師が来るまで、おおよそ三週間ほどありますが、その間もずっと警察が張り込んで調査を?」


「は、はい、ずっと警察の方々が泊まり込みで捜査をしておいででしたが、その間も次々と子供が攫われておりました。それも、六歳から九歳になる女の子ばかりが数日おきにいなくなっており、すでに昨日の子も合わせて十三人にもなります……」


「……ふむ」


 すでに子供ばかりが十三人もいなくなっており、しかも、年が六歳から九歳までの女の子ばかりと、かなり限定的である……そのことに意味があるのだろうか?


「すべて、幼い女の子ばかりですか?」


 私が確認の為に聞き返すと、太右衛門は慌てた様子で忙しなく視線を泳がせた。


「あ、いえ、その、今朝のことなのですが。村に住む、おチエという女と、八歳になる息子のジンタが、母子ともども姿を消しておりまして……」


「え? 大人の女性と男の子がいなくなっているのですか?」


「へぇ、未だに帰ってきておりません」


 今朝になって、一月以上続いていた前例が覆っていた。幼い女の子ばかりでなく、幼い男の子とその母親が姿を消していると言う。


「特に法則性はない? ただ、襲いやすいだけ?」


 これは、幼い女の子だけをさらうと言う訳ではないのか、それともいなくなった母子が今回の件に大きく関わっているという事なのか。


 おっと、そうだった。幼い女の子ばかりが攫われている理由もそうだが、こっちも謎だらけだったのを忘れていた。


「太右衛門さん、警察の調査報告書にあったのですが、行方不明になった子供たちがいなくなる瞬間を誰も見てはいないそうですね。今朝いなくなった母子に関してもそうですが、誰一人として目撃者はいないのでしょうか?」


「あぁ、はい、そうですね。特に村で不審者を見たとか、そう言った話もなく、子供たちは気づかぬうちに忽然と姿を消すそうです」


「忽然と? 昼夜問わずに?」


「さ、左様で。特に最近は夜中のうちに……」


「最近は?」


「ええ、七人目の子が攫われた辺りから、昼間に子供を外に出さない様になっておりましたので。ですがそうしたら、次は夜中に居なくなり始めまして……」


「……夜中の内に、物音無く?」


 人を攫うと言うのは、これで中々面倒なのである。


 細心の注意を払っていても、少なからず誰かに目撃されたり、襲った人間の悲鳴を聞かれたり、大なり小なり様々な痕跡が残る可能性があるからだ。


 しかし、今回は十三件……いや、今朝になって十四件もの事案が起こっているのにも関わらず、一件として目撃者どころか、何の痕跡も残してはいない。


 昼夜を問わずに姿を晦ませる。正に神隠しにあったとでも言うべきであろう。


 通常であれば、警察が捜査を始めてから一週間ほどで、人間の手による犯罪なのかそれとも異形によるものなのかを判断して、我々に連絡が来る。だが、三週間もかかっている辺り、あまりにも情報が少なすぎて困っていたと想像できる。


 これが、異形の仕業ではなく『厄災』かもしれないと判断に迷っている要因か。


「うん。まずは、二人からかな」


 とにかく、ここで考えていてもしょうがない。詳しく調べる為にも、今朝から行方不明だと言う母子の家に一度行ってみようと私は考えた。


「太右衛門さん。少し調べてみたいので、その姿を消した母子の家を教えては頂けませんか?」


 少し俯き加減で頭を掻いた太右衛門は、消え入りそうな声で答えた。


「ここです……」


「え?」


「姿を消したのは、手前の娘と……孫なのです」


 私は少し驚いたのと同時に、彼に対して疑念の目を向けていた。

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