第5話 村長 ①
藤棚の里より西に数十キロほどの位置にある
その麓にある
そこに到着したのは、とっぷりと日が暮れてからであった。
あたりはすでに夜の
こんな夜分遅くに迷惑だとも思ったのだが、私は少しでも早く千里の消息を知りたいと
もちろん、そこが
「ごめんください」
早速、私はピッタリと閉じられた引き戸を叩いて、中の住人に訪問を報せた。木で作られた扉の隙間からは、微かに灯りが漏れ出して来ている。
「ど、どちら様ですか?」
扉を挟んだ向こう側から、何者かを尋ねてくる男性の声。彼に対し、私は訪問の理由を告げた。
「夜分遅くにすみません。私は藤棚の里の陰祓師、不死野カイリと申します。事件の引き続きの調査と、消息を絶った陰祓師捜索の命を受けて参りました」
「しなずのさま?」
確かめる様に私の名前を口にした後、ガタンと、つっかえ棒が外される音がした。
そうして、ゆっくりと引き戸が開かれると、恐る恐る白髪交じりの男性が顔を覗かせる。
見た所、50代前半と言ったところだろうか。
薄くなった頭と日焼け跡のシミが、生きて来た年月を物語っていた。
「こんばんは。
私がそう尋ねると、彼は怯える様に頷いた。
「へ、へぇ。確かに、私が皆川村の村長、
「はい。突然の事で申し訳ないのですが、この村で起こっている事件と、消息を絶った陰祓師の件について、少々お話を伺いたいと思いま……」
と、そこまで言いかけた時、太右衛門が震える声で何か言い始めた。
「そ、そのですね、あなた、様の、ひ、ひと……」
「ん? ひと?」
何かを言いたげな表情をする彼に向けて、私は首を傾げて見せる。
「その、ひ、瞳の、色、のことなのですが」
「……それ言っちゃうかぁ」
彼の疑心を込めた言葉に、私は少し苛立ちを覚えながら小さい溜息をつく。
この日輪国の民族は、頭髪や体毛、瞳の色は黒いのが普通である。
ご年配の方が
故に、私の緋色の瞳は非常に目立つ、と言うか悪目立ちするのだ。
生れた時からこうなのだから、他人からジロジロと見られるのに慣れてはいるが、こうも直接的に言われると流石にカチンとくると言うもの。
だがしかし、感情的になって彼に怒りの言葉をぶつけたところで何にもならない。ただ、私の人間としての程度が知れてしまうだけ。
そう自分自身に言い聞かせると、私は出来る限り冷静に彼に言葉を返した。
「私の自慢の紅い瞳ですが。なにかご不満でも?」
真っすぐに見据える私の目から、太右衛門は逃げる様に視線を逸らす。
「あ、いえいえ。不満なんてそんな。手前どもはお願いしておる身です。陰祓師様に来て頂けるだけでも、大変ありがたい事ではあるのですが……」
「ですが、なんでしょう?」
「そ、その、未だ異変が止まるどころか、先日来られた陰祓師様が行方知れずとなっております。それで些か不安なところに……あ、いえ、はい」
そこまで言って、彼は自分の頭頂部を撫で回しながら口を噤んでしまった。
「なるほど、そうですか」
まぁ、彼の言いたいことは分からなくもない。
騒ぎを解決するどころか、消息不明となってしまった陰祓師は若い娘だった。
そして、代わりに送られて来たのが、これまた頼りなさそうな幼い見た目の華奢な娘。本当に役にたつのか? そう言いたいのだろう。
「太右衛門さん。あなたが仰りたい事は、分からなくもありません。ですが、この件に関しては私に全てお任せ頂けないでしょうか?」
「え、えぇ。それは、も、もちろんなのですが。いや、でも」
尚も言い淀む太右衛門に、私は更なる苛立ちを覚える。
この男、私の事が気に入らない以外にも、何か陰祓師と話をしたくない理由や秘密があるのだろうか。
そんな風に訝しんでいると、腰でぶら下がっていた匣が声をかけてきた。
「カイリ。この男、何か隠している様です」
以前として、おどおどした態度をとり続ける太右衛門の額には、ジトっとした汗が滲み出ていた。
「太右衛門さん。あなたと不要な問答をしている時間がとても惜しいです。すでにかなりの時が経ってはおりますが、行方不明の村人と陰祓師、共にまだ生きている可能性を私は捨てておりません」
「は、はい。それはもちろん、手前の方も……」
「ならば急いで解決する為にも、これまでに村で起きてきた異変の現状を、出来るだけ詳細にお話頂けないでしょうか?」
「そうは言われましても、すでに警察の方々や消息を絶たれた蔭祓師様にもお話した事ばかりで」
「構いません。お願いします」
「……わかりました。そこまで仰るのなら、今まで話してきた事の繰り返しにはなりますが、お話致します」
「ご協力、感謝します」
私は彼に対して、軽く一礼する。
そうして、以前として暗い表情のままの太右衛門は静かに息を吐いた後、
「ここで立ち話もなんでしょうし、どうぞ、中へ」
そう言って、再びその薄くなった頭を撫で回しながら、私へと背中を向けた。
「お邪魔します」
目の前のやや曲がった背中に追従する様に、私は玄関の敷居を跨いで中へと入る。
戸を潜るとすぐに広めの土間が広がり、向かって右手には台所、左手には囲炉裏のある茶の間が目に入ってきた。
茶の間には、囲炉裏の火と蝋燭の灯りで照らされた
妻だろうか、それとも子供だろうか。
探っていることを気取られぬように、なるべく自然に視線を走らせる。
「そこの桶を使って、足を洗ってくだされ」
「失礼します」
軽く屋内の気配を探りながら、私は長式台に腰かけて草鞋を脱いだ。
用意してもらった水桶で足を洗わせてもらい、新しい
いま家に居るのは彼だけ……ね。
そう確信したところへ、村長は囲炉裏を囲むように置かれた座布団の一つを私に勧めてきた。
「お疲れでしょう。どうぞ、そちらへとお座りください」
「ありがとうございます」
私は礼を言って、彼の対面に置かれた藁の座布団へと腰を降ろした。
そして、腰帯に携帯していた短刀を膝横に置く。
目の前の囲炉裏には、薪がパチパチと音を鳴らしながら燃えており、部屋中を赤く照らしていた。その暖かな光を体全体で浴びながら、私は彼を黙って見つめる。
そうしてお互いに正座したまま、時が止まったかと思える程の長い沈黙が続いた。
その空気に耐えられなくなった私が口を開こうとしたその時、先に太右衛門から話しかけて来た。
「しなずの様、お腹は空かれておりま……」
「事件の話をお願いします」
「は、はい……」
私が間髪入れずに現状の説明を催促すると、太右衛門は渋々と話し始めた。
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