第4話 師匠 ②
私は手にしたハコちをヒモで腰帯に結び付けながら、師匠に仔細を尋ねた。
「事件の内容は?」
「子供が十人近くいなくなっているらしい。それ以外は不明」
「討伐対象」
「いつも通り知らん。行って調べろ」
「期限は?」
「特にない。出来る限り早くカタをつけてくれ」
「了解です。それじゃ、行ってきま……」
「あ~、待てカイリ」
自慢のボロ家から出ようする私を、師匠は低い声で呼び止めてきた。
「なんです?」
私は振り返り、師匠の顔を見る。
なにやら先ほどまでとは打って変わって、その表情には少し陰りが見えた。
とりあえず、師匠が話すのを黙って待つことにする。
「ああ、なんだ。そのな、お前の耳に入れるのは、少々
「……」
「でもなぁ、言わないワケにはいかないよなぁ……どうせバレるんだし」
黙って待つのがちょっと無理だった。
「なんですか、勿体ぶって……早く言ってくださいよ、気持ち悪い」
「う、うるさい。お前はいつも、一言多いんだよ」
師匠は咥えていた煙草の火を消して、かまどの横にある火消し壺へと投げ捨てた。
「それ、ウチの火消し壺なんですけど」
「それがどうした?」
「それがどうしたじゃなくて、煙草の吸殻を捨てないでもらえますか?」
「んだよ、そうカタいことばかり言うな。減るもんじゃあるまいし」
「すり減るんですよ、精神が。あと、臭いし」
「なぁにが精神がだよ。あーだ、こーだ、ホントに小うるさい弟子だなぁ」
「……もういいです。それで? 言いたい事って、なんなんですか?」
話の内容を催促する私に、彼は未だ煮え切らない表情を見せる。
いつもなら、遠慮なく何でもズケズケと言ってくる師匠が、珍しく言い淀んでいる事に、私は気持ち悪さよりも妙な胸騒ぎを覚えた。
「実はな、先に皆川村へ千里を向かわせたんだが……その、どうやら、七日ほど前から消息を絶っているらしいんだ」
師匠のその言葉に、私は思わず息を飲んだ。
「え? 千里が……?」
思いもしていなかった親友の音信不通に、全身の血の気が引いていくのを感じた。頭の中は真っ白になり、考えが上手く纏まらない。
「ついさっきな、里の役所に
「……本当に誰も彼女の姿を見ていないんですか?」
「らしいな。俺も聞いた話だから詳しくは知らんが、シホはそう言ってた」
私は、何かに心臓をギュッと鷲掴みにされた様な感覚を覚える。
「そもそもの話、皆川村の件は警察が調べている間も、これといった詳細な報告が上がってこなくてよ。もしかしたら厄災の恐れがあるかもしれんって話だったんだ」
「厄災の?」
「ああ、そうだ。だから帰って来たばかりで悪いなと思いつつも、お前に頼むしか無かったんだよ」
「……じゃあ、どうして千里を先に向かわせたんですか」
師匠が言った厄災とは、異形とは全く異なるモノである。
異形は実態を持ち、ある一定の力を持った人間になら退治出来る存在に対して厄災とは実態を持たず、限られた人間にしか滅する事が出来ない呪いみたいなものだ。
大抵の仕事は我々に連絡が届いた時点では、異形の仕業であるのか、それとも厄災の仕業であるのか、それらが判別されていない状況なのがほとんどである。
その実態の調査と確認作業も、我々陰祓師の仕事の一つでもあるのだ。
故に、千里が皆川村へと向かう事自体はおかしな話ではないが、師匠は厄災の恐れもあると言った。異形ならともかく、千里では厄災には対応出来ない。その予兆があったのなら何故行かせたのだと、私はその事に怒っていた。
「今週には里に帰ると、
「俺もシホも、お前が帰ってくるからとは千里に言ったんだ。だけどよ、カイリにばかり苦労をかけたくない、役に立ちたいって、あいつ聞かなくてな」
「あ……う」
「せめて情報だけでも集めておきたいからって、何度も頼み込んでくるもんだからよ、仕方なしに行かせたんだ」
師匠の口から代弁された幼馴染の言葉。
二か月も里に帰ってこない私を心配して、千里は師匠に頼み込んでまで現場に向かってくれている。そのことに、何も言い返す言葉が見つからなかった。
美人で、優しくて、料理が得意で、気遣いも出来て、幼少の頃より苦楽を共にしてきた私の自慢の親友。
そんな自慢の幼馴染の千里は、同期の中でも特に気配を消すのが得意で、陰祓師としてとても優れた逸材のひとりだ。
その陰祓師には、それぞれの実力に応じた階級がある。
まだまだなりたての『三級陰祓師』
そこそこやれる見習い卒業の『二級陰祓師』
十分な実力と能力により、一人で依頼をこなせる『一級陰祓師』
優れた身体能力に秀でており、幼い頃より英才教育を施される『特級陰祓師』
そして、特級をも凌ぐ身体能力と異能を持ち合わせた『二つ名』
ちなみに千里は、一級陰祓師にあたる。
とても優秀な彼女の消息不明。まだ死んだとは決まった訳ではないが、すでに七日も姿が見えないと言う事は……消極的な考えを払う様に、私は頭を横に振った。
千里なら大丈夫。
何か手掛かりを見つけて張り込んでいるだけで、その場から動けない理由があるに違いない。それで、誰にも姿を見られていないだけ。そう、きっとそうに違いない。
私は心で強く念じた後、気持ちを切り替えようと両手で自分の頬を二回叩いた。
「手練れの千里が音信不通なんだ。相手はかなり手強いようだから、十分に気を付けろよ」
師匠のその言葉に、私は振り返る。
「お師匠、私を誰だと思っているんですか?」
「……知ってるよ。藤棚の里の二つ名、匣のカイリ様」
そうして、皆川村に向かう為に外に出ようと再び足を踏み出した。
「では、行ってきま……」
「だがな。いくら二つ名様でも、風呂ぐらいはしっかり入れよ」
「……嘘」
師匠の忠告に、私は自分の着物の襟元を摘まんで鼻へと持っていく。
……が、いつもと変わらない匂いがするだけだった。
「え? そんなに……匂います?」
一切、何も言わずに無表情で師匠は家を出て行く……私はそんな彼の背中を見送った後、慌てて衣服を着替えてから皆川村へと向かったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます