第一二話 禁術と修行
狂剣士と魔道士を捕縛し倉庫に厳重に閉じ込めたランボルトさんと部下の剣士たちが部屋に入ってくる。あの狂剣士は失踪した剣士院の者で、決勝トーナメント二回戦で僕が戦った剣士であることを明かした。
「え?でも強さも体格も別人だと思いましたが……」
「ああ。……あれは、多分……狂化魔法だ」
「え?何故知っているの?しかも禁術よ!」
ファリンが驚いていた声で話に入ってくる。
「はい、ファリン様の言う通り禁術です。」
「禁術の存在を知るのは御三家の一族のみです。しかも使える者はいないはず」
「それが……。シュナン様も行方がわからなくなってしまったのです。どう考えてもシュナン様が関わっているとしか考えられない……」
「シュナンさんが……。なんで」
「御三家や高位神官の間では、シュナン・アウラムは次期法皇として最有力。鍵守となることでその地位を盤石のものにしたかったのではないかという話です。もしくは、謀反か……」
「確かに彼の魔法の知識は教団一よ禁術を使うことも出来るとおもう。でも、シュナンさんが謀反なんて……」
「とにかく、私は捕らえた者たちをマディアにつれて帰ります。話を聞くに、ファリン様たちは狙われている。お気をつけ下さい」
ランボルトさんたちは村を後にした。
禁術で化け物になった剣士たちを相手にしながら旅をすることは出来るのだろうか。
「のう、小僧。――修行、つけてやろうか。そっちのでかいのも」
師匠はいつものように、ニヤリとはしていなかった。
***
師匠の修行は、山を走ったり、ボロボロになるまで試合したりだったが、今回は座学から始まった。
「まずは小僧。お前はどういう訳か他の人間より力が強い。生まれ持ったものがあるのじゃろうな。そっちのでかいのは更に力が強い。あの狂剣士よりもな。儂が小僧に教えた剣術はな、『ケハイデス流剣術』じゃ。そして、あの狂剣士が使っていたのもその剣術じゃ」
ケハイデス剣術というのは、伝説の剣士長ジーク・ロイド、そう師匠の剣技を体系化したものなのだとか。
同じ剣術を使っていれば、力や速さがある者のほうが強い。
力や速さが拮抗していれば、剣術に長けている者の方が強い。
「お前さんたちが、狂剣士に苦戦したのは、そういうことじゃ」
実際、僕と師匠が真剣勝負したら、勝ち負けは五分だという。ゼルガーさんに関しては初見ならまず師匠が負ける、とのこと。
「狂剣士が剣士院の者であるならば、まずはケハイデス流剣術を攻略することじゃ。その点、儂は、このケハイデス流剣術の祖じゃからな。修行相手としてはうってつけじゃろう」
「さて、腰痛が悪化する前に稽古をつけてやるかの」
師匠は、ケハイデス流剣術のすべての剣撃、防御の一切を僕たち相手に披露する。とても齢七六とは思えない動きだった。
その日の修行を終えると、マーサさんの手料理が待っていた。僕が村にいる間は豪華な料理を食べさせたいと張り切っているそうだ。
「それにしても、アンタ、ジジイのくせに化け物かよ」
ゼルガーの問いに飄々と冗談で返す。
「まぁのう。儂は伝説の剣士じゃぞ!人生で負けたことがない。あの一度を除いてはな」
「え?師匠、誰に負けたんですか?」
師匠の表情に怒りと憎しみが湧き上がる。
「ちょうど五〇年前じゃ。鍵守として二度目の任務で約束の地に行ったんじゃ。一度目に行ったとき、厄災を鎮めるなんていうのは、単なる儀式じゃったが、二回目は扉を守る剣士がいたんじゃ。そう、小僧に目つきが似た男がな。」
師匠は目を瞑り、酒に手を伸ばす。
「当時、儂は二六歳。肉体的には全盛期じゃった。完敗じゃよ。完膚なきまでに……じゃ。あの男が現れたのはあの一度だけ。再戦叶わずじゃ。その時の傷がこれよ。」
服を開け、左目から胸まで一直線に繋がった傷を親指で差す。
「さて、話は終わりじゃ。儂が負けた話なんて胸糞が悪くなるだけじゃわい」
***
修行は実のあるものだった。これで狂剣士とも戦えそうな気がする。
僕たちは、約束の地へ向けて、再度度に出る。
陸路で。
一行は、修行から数日後、再び旅を再開した。
やがて、一行はあの運命的な戦いが繰り広げられた谷間地形に差し掛かった。
僕は、ふと足を止める。谷間を見下ろしながら、あの日の戦いを思い出していた。
「アルム、何を考えているの?」
ふと、ファリンが隣に寄り添い、優しく声をかけてくる。
「ああ、ちょっと狂剣士の事を考えてて……」
ファリンは微笑むと、僕の手を握った。
「大丈夫!キミは強いっ!」
僕は頬を赤らめながら、ファリンの手を握り返す。
二人は、しばしの間、見つめ合った。
「ええと、お二人さん。ごめんね、邪魔して。先に進むぞ」
ゼルガーが苦笑いしながら声をかける。
「ま、まだ先は長いからな」
「あ、うん、そうだね」
アルムは照れくさそうに頷くと、再び歩み始める。
ファリンも、小さく微笑んでからアルムの後に続いた。
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