第一三話 教団の嘘と厄災の真実
谷間地形を抜けると、僕たちの前に広大な平原が広がっていた。緑の草原が風にたなびき、どこまでも続いている。まるで、大地が生命の息吹に満ちているかのようだ。
思わず深呼吸をする。
「あそこに見えるのは、宿場村かな?」
遠くを指差す。平原の彼方に小さな村が見えた。
「トルケ村だな。代々、鍵守が約束の地に向かう途中に滞在する村だ」
ゼルガーが説明する。
「ケハイデス教団から、手厚い保護を受けているそうだ。旅の疲れを癒すには、うってつけの場所だぜ。温泉もあるしな」
温泉。その言葉に、僕とファリンは頷き合う。
トルケ村に到着すると、村長たちが一行を歓迎してくれた。
「よくぞいらっしゃいました。鍵守様、守り人様」
「トルケ村へようこそ。ゆっくりとお休みください」
宿に案内された一行は、まず体を休めることにした。柔らかなベッドに横たわり、心地よい睡魔に身を委ねる。ここ数日の疲労が、一気に押し寄せてくるのを感じながら、アルムは目を閉じた。
ほっと一息ついたその時、村に騒がしくなった。
村人の興奮した声が、宿の外から聞こえてくる。
「シュナン様が、お見えになった!」
「シュナン?まさか、シュナン・アウラム……?」
ファリンが眉をひそめる。僕たちが慌てて外に駆けつけると村の広場には、シュナンの姿があった。
護衛の三人の剣士、そして二人の高位神官を従えている。
「ファリンか、もうこの村まで来ていたんだな」
シュナンが、ファリンに歩み寄る。
その口調は穏やかだが、どこか冷たさを感じさせた。
「シュナンさん……どうしてここに?」
ファリンが戸惑いの声を上げる。
「君に話があってね。守り人のアルム君だったか。それとゼルガー殿、あなたも一緒に、教会の会議室に来てくれないか」
シュナンは、僕とゼルガーさんにも目を向ける。その目は、まるで何かを見透かすような鋭さを湛えていた。シュナンの狙いは何なのか。謎めいた彼の言葉に、アルムの胸に不安が募る。僕たちは教会へと導かれた。
「シュナンさん、話とは一体何でしょうか?」
ファリンが尋ねると、一呼吸おいてシュナンが話し出す。
「ファリン。鍵守の役目を私に譲って欲しいのだ。その方が君にとっても好都合だろう?」
――好都合?なんのことだ?
「……でも」
「今年の厄災は五〇年に一度の『本当の厄災』なのだぞ?君も最終洗礼の時に知っただろう」
――五〇年に一度?本当の厄災?
「フッ。仲間には話していないようだな。」
「なんのことだ?ファリン」
僕の問いかけに、ファリンは重い口を開いた。
「本当の厄災はね……五〇年に一度訪れるの。そして、それが今年なの。」
「それだけではないだろう?自分の口から仲間に話したほうがいいのではないか?」
「……厄災は鎮めるためにはね、鍵守が厄災になることが必要なの。」
「なんだって?どういうことだ?」
「一〇年に一度厄災が訪れる。これは教団が流布している嘘だ。実際は五〇年毎に訪れる。鍵守が厄災に成り代わることで厄災を鎮めることができるのだ。現在の厄災は先代の鍵守、そう、ファリンの祖父の成れの果てなのだよ。」
シュナンが説明を始めた。
「我がアウラム家は御三家のなかで多くの法皇を排出してきた。鍵守としてもな。だが、五〇年に一度の本当の厄災の年は他の御三家に鍵守を任せる、卑怯な一族なのだ。呆れたよ。由緒正しい一族だと思ってたら、地位にしがみつくだけの卑しい一族だったのだからな」
「だからって、シュナンさんが鍵守になって、厄災に成れ果てるというの?」
「いや、こんな世界のために命は差し出さないさ。厄災そのものを消滅させる」
「そんな、無理よ。一〇〇〇年前に同じことをしようとして世界が一度滅びたじゃない」
「この一〇〇〇年で、我らも対抗手段は研究してきたのだよ。禁術もその一つだ」
「狂化魔法……やっぱり、あの狂剣士はシュナンさんが……?」
「そうだ。まさか、倒されるとは思わなかったがな。だからこうして直接交渉しているのだ。さあ、ファリン。鍵守は私に任せて平和に暮らせ。」
黙り込むファリン。
すこしの静寂の後。
「もし、厄災が消滅できなかったら、どうなるの?」
「世界は滅ぶだろうな」
「そんな!無責任な」
「無責任?ファリン、お前一人を犠牲にして五〇年間、つかの間の平和に縋る。これこそ無責任の最たるものではないか。そんな世界なら、いっそのこと滅んでしまえばよいのだ」
「鍵守の役目は譲りません。私がしっかり務めます」
「交渉決裂……だな」
シュナンは立ち上がり、剣士二人、高位神官二人に指示を出す。
「ファリンは殺すな。他は殺せ」
シュナンはそう言うと、一人の剣士を連れて教会を出ていった。
高位神官たちが詠唱を始める。
【【ßø∫¬ßø˙¬˙åwoøå˙ߥ∑ø∫∑˚∆øå∫ß…¬˚ƒå∑∫߬∂ø«π】】
まるで生きているかのように蠢く黒い霧が、不気味な触手を伸ばし、剣士たちを貪るように包み込んでいく。
剣士たちの体は、まるで内側から突き上げる力に逆らえないかのように、筋肉が隆起し始める。その筋肉は、剣士の体を歪めていく。目は、まるで火が灯ったかのように充血し、赤く染まっていく。その瞳は、狂気と殺意に満ちていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます