第十一話 シュナン・アウラム
シュナン・アウラムは、法皇ローグ・アウラムの息子であり、ケハイデス教団の次期法皇候補だ。幼い頃は、誰に対しても優しく接する心優しい子供だったという。特に、年の近いファリン・ルーンヴェイルとは仲が良く、まるで実の妹のように大切に思っていた。
しかし、シュナンが一六歳を迎え、成人の儀が行われたあたりから、彼の様子が変わっていった。かつての優しい表情は影を潜め、口数も少なくなっていく。そして、その瞳には冷たい光が宿るようになったという。
成人を迎えた御三家の一族は、本来ならばガリア神殿で『最終洗礼』を受けることができるのだが、シュナンだけは法皇の命令によりそれを禁じられていた。その理由について、法皇は一切を明かさなかった。
シュナンは、一族の中でも最も優秀な神官としての能力を持っており、次期法皇としても最有力視されていた存在だ。神官としての高い資質と、法皇の息子という立場。本来ならば、教団の未来を担うべき逸材であったはずだ。
しかし、彼の周囲の人々は、シュナンの変貌ぶりに戸惑い、そして恐れを抱くようになっていった。かつての優しさは微塵も感じられず、ただただ冷酷な表情で人々を見下ろすようになったのだ。
彼は、一体何を思い、何を目指しているのか。
表向きは、教団の発展と繁栄を唱えているが、その言葉には心がこもっていないように感じられた。まるで、自分の野望を隠すための建前のようにも見える。
シュナンの変化は、教団内で不穏な空気を醸し出していた。彼の真意を知る者は誰もおらず、ただ漠然とした不安だけが蔓延していく。
そんな中、彼が『約束の地』への関心を深めていることが、密かに囁かれるようになっていた。
***
僕は倒れていた。
――そうだ、あの狂剣士と戦っていたんだ。で、斬られて、吹き飛ばされて地面に頭を打って……。
――ああ、痛い。頭から流れてくる血が目に入って来る。
剣戟の音が耳に届く。血を拭い目を開けると、そこにはゼルガーさんと狂剣士が激しく戦う姿があった。二人の剣が激しくぶつかり合い、火花が散る。
「アルム、しっかりして!」
傍らから、ファリンの声が聞こえる。彼女は必死の形相で、僕に回復魔法をかけてくれているようだ。徐々に体の痛みが和らいでいくのを感じる。
再びゼルガーさんと狂剣士の戦いに目を向ける。二人の実力は互角だが、時間が経つにつれ、ゼルガーさんが優勢になっていく。豊富な戦闘経験と冷静な判断力が、徐々に狂剣士を追い詰めていくのだ。
「これで終わりだ!」
ゼルガーさんが渾身の一撃を狂剣士に叩き込もうとした、その時だった。
背後から、稲妻のような光が放たれ、ゼルガーさんの背中に直撃したのだ。
「ぐわぁぁっ!」
苦痛の叫び声を上げながら、ゼルガーさんがその場に崩れ落ちる。
「師匠!」
僕は思わず叫んだ。そして、稲妻の発射源を探す。
木陰から姿を現したのは、一人の魔道士だった。奇妙な模様の入ったローブを身にまとい、顔の下半分を覆面している。
ゼルガーさんは、全身が痺れて動けなくなっているようだ。そこへ、狂剣士が迫る。
「死ネ……」
狂剣士が、ゼルガーさんに向かって剣を振り上げる
「やめろーっ!」
狂剣士の剣がゼルガーに向かって振り下ろされようとした瞬間、突如として師匠の姿が現れた。師匠は剣を握る手に柄頭を穿ち、狂剣士の剣筋をそらす。
「もう動けるか?でかいの」
師匠はゼルガーさんに向かって言葉を投げかける。
そして、素早く飛び蹴りを繰り出し、狂剣士を吹き飛ばした。
「動けるなら、後ろの手品師の方を片付けて来なさい」
ゼルガーは頷くと、魔道士に向かって駆けていく。
残された師匠と狂剣士の間で、一騎打ちが始まった。
狂剣士は猛烈な勢いで剣を振るう。その攻撃は、まさに狂気に満ちていた。
しかし、師匠はその攻撃を紙一重の差で次々と躱していく。まるで、狂剣士の動きを先読みしているかのようだ。
何十もの攻撃を繰り出す狂剣士だが、師匠の身体に剣は一度たりとも届かない。
「当たらなきゃ、ただのそよ風よのう」
師匠は挑発するように言葉を紡ぐ。その態度は、まるで遊んでいるかのようだ。
一方の狂剣士は、一向にスタミナが切れる様子がない。まるで、人間離れした体力だ。しかし、師匠はそれを物ともしていない。
「もう飽きたわい」
そう呟くと、師匠は攻撃に転じた。
師匠の剣が、狂剣士の体を駆け巡る。だが、それは致命傷を与えるような攻撃ではない。
師匠は、狂剣士の体中の腱を狙って切りつけていくのだ。
腱を断たれた狂剣士は、徐々に動きが鈍くなっていく。
そして、ついに動けなくなった狂剣士に対し、師匠は容赦ない仕打ちを見せた。
剣の鞘を使い、テコの原理を利用して、狂剣士の手足の骨を次々と折っていくのだ。
「グア……ァァァ!」
狂剣士の苦痛の叫びが、港に響き渡る。
「これで終いじゃ。かわいい後輩じゃらかのう。命は勘弁しておいてやるかの」
師匠は冷酷な表情で呟くと、転がる狂剣士の頭を踏みつけていた足をそっと上げた。
その時、背後から魔道士の悲鳴が聞こえた。振り向くと、そこにはゼルガーのが魔道士のローブのフードを掴み、引きずって来る姿があった。
「片付いたぜ。アルム、大丈夫か?」
「うん、なんとか……」
「おーい。アルムー!ジーク・ロイド先生ー!」
ランボルトさんが走って向かってきた。転がる狂剣士と魔道士を見ると驚いて目を見開いていた。
「久しいな、ランボルト。そうじゃ、コイツら、縛っておきなさい」
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