第17話 女主人サンドラ

「おばちゃんおかえり!」


 シャルロッテが、こちらも慣れた様子で挨拶する。


「あいよ、ただいま。もう来てたのかいレオ。じゃあ、あんたがアイラだね?」


 女性は両手に食材の入った大きなかごを提げて、のしのしと土間を進んだ。


 そして進路上にいたレオンハルトを「ちょいとおどきよ」と軽く押しのけ、女性はアイラの目の前に立った。


「あたしゃ、サンドラ・ギーブリ。ここの主人だよ。あんたにとっちゃあ、『寮母』ってことになるね。よろしく。さァて、あんたたち!」


 サンドラは持ってきた籠をずい、と前に差し出し、有無を言わせずアイラとシャルロッテの手に預けた。そうして満面の笑みで、高らかに宣言する。


「ごはん作るよ!」


 サンドラは確かにここの主人らしかった。 


 これはあれだ、ものすごく強い人だ、とアイラは思った。


 押しのけられたレオンハルトの顔も、そのことをはっきりと物語っていた。


 サンドラはアイラに手渡した籠から何個かの芋を取り出すと、それをレオンハルトに押し付けた。


 咄嗟に受け取ってしまったレオンハルトは、芋とサンドラを交互に見たが、サンドラからは当然といった風に、追加でナイフを手渡されるだけだった。


「これはつまり、僕もやるのかい?」


 確認するようにゆっくり尋ねたレオンハルトに、サンドラは呆れた風に答えた。


「そうさレオ。あんたこの子の世話を頼まれたんだろ? だったら寝食の面倒までみるのが筋じゃないか。それをあたしが担ってやってんだ。少しは手伝っても罰は当たらないよ」


 そうまくしたてられたレオンハルトだが、及び腰になりながらも反論する。


「いや、ここに届けるところまでが僕の仕事で……あとは今後、学院でも様子を見るし……」


「得意なところだけやって仕事した気になってんじゃないよ、さっさと剥きな」


「ええ……」


 問答無用の様相で、それ以上レオンハルトには顔も言葉も向けずに、サンドラはてきぱきと動き始めた。先ほどアイラに手渡した籠をもう一度手に持つと、シャルロッテと言葉を交わしながら、共に台所へ運んで行く。


 動きの中でサンドラは前掛けを忙しく揺らしながら、しかしアイラには笑顔を向ける。


「アイラは、そうだね、ちょっと部屋でも見ておいで。荷物も置いてあるからね。シャル坊、案内しておやり。でもすぐ戻るんだよ!」


「あいよー」


 シャルロッテは食材を置いてアイラのもとに戻ると、行こう、と手を引いた。


 アイラはレオンハルトのことが少し気になったが、彼が不服そうにしながらもこちらには頷いて見せたので、シャルロッテについて階段を上った。


 階段は薄暗かったが、二階の廊下にはランプが灯っていたため、足元に問題はなかった。上階へ差し掛かる直前で、シャルロッテがしゃがんで何かを拾い上げる。


「さっきこれ踏んづけちゃったんだよ」


 そう言ってシャルロッテは手にした細長い何かを見せたが、アイラにはそれが何かの工具らしいということしかわからなかった。木の持ち手から金属が伸びた、まあ、何かである。


「うーん、よし、曲がってないね」


 ためつすがめつして状態を確認すると、シャルロッテはそれを腰のベルトに差した。よく見ると、シャルロッテの腰のベルトにはたくさんの工具が納められていた。いくつかは見たことがあるが、よくわからないものが大半である。何かを修理している最中だったのだろうか。


 などと考えているうちに、頭が二階へ出た。しっかりとした欄干の間から、椅子と机の置かれた小さな空間と、短い廊下が見える。ランプはすぐそばの小机に置かれていた。廊下の左右には三つずつ扉が見える。


「手前の左側があたしの部屋だよ。アイラの部屋はその向かい。奥の部屋は、いま物置になってるんだけど、まあまあ、いいから入ってみてよ」


 シャルロッテは廊下のランプを手に取って、アイラを促した。アイラは勧めに従い、自分の部屋の扉に手をかけ、ゆっくりと押し開けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る