第4話 睡眠

 その、サラさんの自宅じたくのお風呂ふろに入らせてもらい、彼女から来客用らいきゃくよう寝巻ねまきりて、僕は、あとはるだけの状態じょうたいとなった。


 サラさんは、すで入浴にゅうよくませており、僕がリビングに顔を出した時には、クリーム色のワンピースにつつみ、つくえの上でふでを走らせていた。


 彼女は、お風呂からあがった僕の存在に気がつき、口を開ける。


「ああ、ナオキさん。お風呂は、どうでしたか?」

「おかげさまで、十分じゅうぶんつかれが取れました」

「いきなり異世界いせかい転移てんいなんてした日には、疲れもストレスもまってしまいますよね」

「そうですね。まだ、この世界のことについても、分からないことだらけですし」

「何か疑問きもんに思うことがあるのであれば、いつでも私に聞いてくださいね。知っている範囲はんいであれば、しっかりとお答えしますので」

「ありがとうございます。……ところで、なんですが」

「はい、何でしょうか?」

「サラさんは今、何をされているんですか?」


 彼女は、手元てもと書類しょるい視線しせんを落とし、言葉を出す。


「ちょっとした、仕事しごと後片付あとかたづけですね」

「…………」


 ようは、仕事をしているのだろう。


 地球ちきゅうでも、学校の教師きょうし自宅じたくに仕事を持ち帰る話は有名ゆうめいだった。

 それと同等どうとう行為こういを、彼女もやっているのだろう。


「何か、僕に手伝てつだえることはないですか?」

大丈夫だいじょうぶですよ。私も、はやく終わらせて、すぐに横になる予定よていですので」

「…………」


 その言葉は、しんじていいのだろうか?

 気を使っているのでは? とうたがいをいだいてしまう。

 彼女は、部屋のはしほうに、手を向けた。


「お布団ふとんを2まい、先ほどいておきましたので、一足ひとあし早めに休息きゅうそくを取ってください」

「……本当に。手伝えることは、何もありませんか?」

心配しんぱいしてくださらなくても、私もしっかりと寝ますよ」

「……分かりました。では、お邪魔じゃましている立場たちばもうわけないですけど、先によこになっておきますね」

「お気になさらず」

「…………」

「おやすみなさい。よいゆめを」

「……おやすみなさい」


 サラさんは、僕が布団に入ったことを確認すると、リビングの球状きゅうじょう照明しょうめいを消した。

 そして、部屋へやいているかりが、机の上に置かれたオレンジ色に光るランタンだけとなる。


 まるで、よるくら事務所じむしょないで一人、パソコン仕事を続ける会社員かいしゃいんのような。

 そんなワーカホリックの姿すがたと重なるサラさんが、そこにはいた。


 僕のまわりは暗く、彼女の周りだけが明るい。


 ――私も、すぐに寝ますので。


 彼女の言葉を、とりあえずは信用しんようするしかないか……。


 僕は布団の中で、別のことについて、考えをえた。

 それは、ここが夢と現実のどちらに当てはまるのか――というものだった。


 学校で昼寝ひるねをして、目をましたら、異世界いせかい転移てんいしていた。


 何度なんど状況じょうきょう整理せいりしても、夢としか言いようのない出来事できごとだ。

 現実とる方が、無理むりがある。

 しかし、100パーセント夢であるとも言い切れない。


 地球は、上を見上みあげれば知らない宇宙うちゅうが広がるし、下を見下みおろせば知らない深海しんかいが広がるのだ。

 歴史れきしは、日々ひび更新こうしんされ、あらたな常識じょうしき構築こうちくされていく。

 過去かこの歴史だけでは、世界を理解することは不可能ふかのうだ。


 そういうことを考えれば、常識じょうしきかたれることなんて、ちっぽけなものであると言える。

 地球人ちきゅうじんには、知らない知識ちしきが、無限むげんに存在するのだから。


 サラさんは、僕がこの世界にまよんだ時から、異世界いせかいじんという存在について知っていた。何なら、異世界人のステータスに何度なんどおどろかされたことか――という言葉も、口に出していた。


 それはつまり、この世界には僕以外にも複数ふくすうの異世界人が存在する、ということになるのだろう。

 かりに、その僕以外の異世界人の故郷こきょうが、同じ地球だったとしよう。

 日本では、年間ねんかん約8万人もの人間にんげん行方不明ゆくえふめいになっていると聞いたことがあるが。

 ではもしも、その行方不明者のうちの何人かが、僕と同じように異世界に迷い込んでいたとしたら……。


「…………」


 そんなことを仮定かていしたら、異世界いせかい転移てんい空想くうそうだけの出来事ではないような気がする。


 そして、そこまで考えて――、


 ――いや。どうせ今そんなことを考察こうさつしたところで、もとめたい答えには、たどりけないだろう。


 そんな、結局けっきょく結論けつろんたり、僕は目を閉じることにした。


 これが夢ならば、いつか現実で目を覚ます。

 ただ、それだけの話ではある。


 もう、今日は寝よう。


 ――そして、気づけばあさむかえていた。


 見慣みなれない天井てんじょう視界しかいに入り、まだ異世界にいることが分かる。

 僕は、上半身じょうはんしんこした。

 まどから、朝日あさひしており、メラトニンのリズムをととのえようと思い、立ち上がった。


「……あれ? サラさんは?」


 となりに敷いてある布団に目をうつすと、そこに人の姿すがたは無かった。

 しわの無い布団のみがある。

 机の方を、確認した。


「……仕事して、寝落ねおちしたのだろうか?」


 サラさんは、机の上にうでかおを乗せ、ぐっすりとねむっていた。

 僕は、こうつぶやいていた。


社畜しゃちく、か……」


 机まで足をすすめ、サラさんのかたをトントンとたたく。


「サラさん、朝ですよ」


 彼女は、ゆっくりと目を開けた。

 顔を上げ、言葉をはっする。


「ナオキさん、おはようございます……」

「おはようございます、サラさん」


 彼女は、時計とけいひとみを向けてから、僕にみを見せた。


あやうく、仕事に遅刻ちこくするところでした。起こしてくださり、ありがとうございます」

「いえ。それよりも……」

「それよりも?」


 首をかしげる彼女に、僕は言った。


「しっかりと、寝れましたか?」

「はい、目覚めざめは良好りょうこうですよ」


 まあ、うそだろうな――と思う。

 机の上の書類は、らばったままだし。

 しかし、嘘ですよね、なんて言葉もかけづらい。だから、わりとなる言葉を用意よういした。


「僕は、睡眠すいみんオタクですけど……」

「は、はい……?」


 少し、困惑こんわくした様子ようすを見せるサラさん。

 僕は、口を開けた。


「仕事よりも睡眠の方が、1000倍くらい大事だいじですよ」


 彼女は、目を見開いた。

 その、すぐに微笑ほほえみをかべる。


「そう言われたら、今日はたくさん寝るしかありませんね」

「はい、それが良いと思います」


 そして、僕とサラさんは朝ごはんの準備じゅんびを始めるのだった。

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