第5話 道中

 高校こうこう制服せいふく着替きがえた僕と、えりつきのブラウンのシャツにスカートを着用ちゃくようしたサラさんは、朝ごはんを食べながら、今日の予定について話をしていた。


 パンを持ちながら、彼女が口を開ける。


「私のつとめているギルドで、ナオキさんの住民じゅうみん登録とうろくをしたいと思っているんです。ですので、朝ごはんを食べ終わったら、一緒いっしょにギルドへ向かいましょうか」


 僕は、うなずいた。


「分かりました」


 しかし――と思う。


「何から何まで、僕の異世界いせかい生活せいかつをサポートしてくださり、本当にありごとうございます。サラさんには、頭が上がりません」

「これくらいかまいませんよ。こまっている人がいたら、たすける。ただ、それだけの話です」

「…………」


 逆に彼女は、人が良すぎるのでは? と心配しんぱいになるレベルだった。

 僕は、質問しつもんする。


「ちなみに、ですけど……」

「はい?」

「住民登録は、簡単かんたんにできるものなんですか?」

「まあ、時間はかかりますね」

「ですよね」

「それと、ナオキさんは異世界人いせかいじんに当たりますので、くに直属ちょくぞく騎士きしと、直接ちょくせつかおわせる必要ひつようもあるんですよ」

「それには、何か理由でもあるんですか?」

「ええ。異世界人という存在そんざいは、くもわるくも強力きょうりょくな力をめていることが多いですので、国がすすんで管理かんりをしたがる対象たいしょうでもあるんです」

「良くも悪くも、というのは?」

「異世界人は、国にきばをむけば厄介やっかいてきになりますし、味方みかたにつければこれ以上ないくらいのたのもしい存在となります。ようは、他国たこくとのあらそいにおける、重要じゅうようなカードになりるんですね。だから国は、異世界人を特別視とくべつししているんです」

「なるほど……」


 やはり、この世界にも争いごとというのは、えずひろげられているんだな。


「もしかして、なんですが……」

「何ですか?」

「異世界人は、問答もんどう無用むよう戦場せんじょうおくりになるとか、あったりします?」


 サラさんは、みをかべて、答えた。


「それはもう、とうに過ぎ去った過去かこの話ですよ。今は、個人こじん意思いし尊重そんちょうされる時代じだいですので、異世界人だからといって強制的きょうせいてき戦争せんそうへ行くなんてことはありえません。それに……」

「それに?」

「今は、直接ちょくせつてきな戦争は起こっていないんです。モンスター討伐とうばつをめぐるいのちうばいこそあるものの、他国との武力ぶりょく衝突しょうとつに関しては、表上おもてじょう発生はっせいしておりません。ですから、そもそも送りこむ戦場が無いんです」

「そうなんですね」

「異世界人の存在は、あくまで武力のアピールにおいて、非常ひじょう有効ゆうこうというだけです」


 なるほど。

 こっちの世界も、元の世界とているところが、わりとあるものだなと思った。


「騎士との顔合わせというのは、いつごろおこなわれる感じですか?」

「まずは、申請しんせいをする必要がありますので、日程にっていはその申請後しんせいごまる形です」

「まだ何ともいえない、ということですね」

「彼らも、ひまではありませんので、いきなり今日の今日、顔合わせをするなんてことは、まずありえないです。大抵たいていは、申請した日からはやくて一日後、おそくて七日後といったところでしょうか」

「分かりました」


 サラさんは、時計とけいを見て、そして言う。


「時間も時間ですし、そろそろ家を出ましょうか。ギルドへ向かいましょう」

「はい」


 僕とサラさんは、椅子いすからはなれる。

 家のとびらを開けて、外へ出た。

 水色の空に、緑色のオーロラじょうの何かがただよっており、やはりこの世界は、地球ちきゅうとはことなる物質ぶっしつ法則ほうそくのもと、まわっているんだなと思った。

 ふるびた階段かいだんを使って、二階から一階へりる。


 サラさんと横になって歩き、また会話を始める。


「そういえば、この国の名称めいしょうって、なんて言うんですか?」

「ソメイユです」

「ソメイユ……」


 つまり僕は、地球の日本から、異世界イソニアの国ソメイユに転移てんいしたということか。


「国は、全部でいくつくらい存在するんですか?」

「確認されているだけで、9つですね」

「確認されているだけ……ということは、未確認みかくにん地域ちいきも存在する可能性かのうせいがあるということですか?」

「ええ、そんな感じです」


 なるほど。

 この世界にも、なぞがたくさんりばめられているわけだな。

 そんなことを考えていたら、だった。


「お~い! そこの、桃色ももいろがみのおね~ちゃん~! 俺と一緒にさけでも飲もうよ~!」


 と、足をふらつかせながら、サラさんの方へ近づいてくる、面倒めんどうそうな男があらわれた。


 30だいくらいのをした、黒髪くろかみの男だ。

 顔を赤色にめており、片手に酒と思われるびんを持っている。

 どこからどう見ても、ただのぱらいだった。


 僕は、サラさんに目を向ける。

 彼女は、つぶやいていた。


「うわ……」


 と。

 半眼はんがんで男を視認しにんしている。

 かかわりたくないオーラが、全身ぜんしんからあふていた。


 しかし、アルコールで正常せいじょう判断はんだん機能きのう低下ていかしている酔っ払いは、そんなサラさんを見てもにもめない。


「はやく目的地もくてきちまで行ってしまいましょう。ナオキさん」

「はい、そうですね」


 僕とサラさんは、男を無視むしして足を進める。

 だが酔っ払いは、そんな僕たちのあとってきた。


つめたいよー、おねえちゃん~! 俺、めちゃくちゃ強い異世界人だからね。かねは、めちゃくちゃかせいでいるし、この前なんて、ちゅうボスきゅうのゴブリン一体いったい一時間いちじかんたおしちゃったんだよ」


 僕は、男の発した言葉のうちの、とある一つの単語たんごに引っかかりを覚えた。


「……異世界人?」


 その言葉がどうしても気になり、僕は男に目をやる。


 確かに、言われてみれば顔つきが日本人とどこかている気がする。

 彼は、どこの出身しゅっしんなのだろう?


 ――興味きょうみがあるな。


「ナオキさん……?」


 僕は、足を止めた。

 そして、酔っ払いのところまで歩き、声をかける。


「あの」

「ああ? なんだぁ? この平凡へいぼんな男は?」

「平凡な男であることは、間違まちがいありませんが」

「ああ、間違いないな! えらばれし異世界人であるこの俺様おれさまと比べれば、お前なんてゴミクズ同然どうぜんだ! それは絶対に間違いないな!」


 ひどい言われようなのだった。

 まあ、気にもしないけど。

 それよりもだ。


「あなたは、どの世界からここまで転移してきたんですか? よろしければ、教えてもらえませんか?」

「ちょ、ちょっとっ!?  ナオキさん! 行きましょう! こんな人は、ほっといて!」

「こんなひとっ!?」


 天然てんねんなのか、口がすべってしまうサラさん。

 男を見ると、いかりの形相ぎょうそうをあらわにしていた。


 ――しまったな。


 僕は、反省はんせいした。

 自分が勝手かって行動こうどうをしてしまったせいで、面倒なことになってしまったな……。

 僕は、サラさんに視線を送る。


「サラさんは、先にギルドへ行っててください」

「な、なんでですか?」

「ちょっと、彼と話したいことがあるので」


 とりあえず、まずは彼女をこのからはなれさせよう。

 面倒ごとが予想よそうされるし、その発端ほったんであるのは僕なのだから、むくいを受けるとすれば、それは僕がけるべきだ。


 しかし、彼女は足を動かす様子が見られなかった。

 人の良い女性にもこまりものだな、と僕は思う。


「おいっ! 一般人いっぱんじんごときが、俺を無視するんじゃねえよっ!」


 男が、瓶をにぎった片手を高くかかげ、そうさけんだ。

 たぶん、話のつうじる相手あいてじゃないな……。


「俺をなめやがって! 俺様おれさまは、攻撃力こうげきりょく850の天才てんさい冒険者ぼうけんしゃなんだぞ! 一発いっぱつでもなぐってやらないと、俺の偉大いだいさが分からないというのかっ!」


 完全かんぜんに、ヒートアップしている……。

 さて、どうしたものか。

 とりあえず、こういう人間は、めておいた方が良いのだろうか?


「す、すげー……」


 ……こんな感じで、いいだろうか?

 男を見ると、


「――バカにしているのかあっ!」


 どうやら僕は、あぶら投下とうかさせてしまったらしい。

 かなりお怒りであることが、伝わってくる。

 もう、大人おとなしくなぐられるしかないのでは?


「サラさん。僕もすぐにあとを追いますので、真面目まじめに離れてください」

「そ、それはできませんよっ!」


 うーん……。

 本当に、人が良すぎるのも問題である。

 いや、そもそもは僕が悪いんだけども。

 とにかく、サラさんには逃げてほしいのだった。


「あぁ? 俺のまえでいちゃいちゃラブコメをひろげてるんじゃねえよっ! この格下かくしたがあっ!」


 いよいよ男の怒りの沸点ふってんは、限界げんかいたっする。

 気づいた頃には、僕のほおに、男のこぶしが近づいていた。


「――な、ナオキさんっ!?」


 サラさんの声が、耳に入ってくる。

 僕は、今から来るであろう、衝撃しょうげきいたみにそなえた。


「俺の強さを思い知れえっ!」


 そして、男の拳が僕の頬に直撃ちょくげきする。


「………………………………ん?」


 しかし、僕の身体からだに、衝撃や痛みというものは、何も走ってこなかった。


「…………あれ?」


 一向いっこうに、ダメージという概念がいねんおそってこない。

 僕は、逆に困惑こんわくしてしまう。

 どういうことだ?


「…………」


 男のグーパン拳は、僕の頬に直接はれていた。

 しかし、ただそれだけだった。

 ただ、それだけだったのだ。


 まるで、ねこほおを、ゆび関節かんせつしこんでいるような。

 それとちかしい状況じょうきょうになっており、殴られたというよりは、たださわられているだけだった。


「はぁ!?」


 男は、顔にあせを流し、目を見開みひらいている。

 何かに、ビックリしている様子。

 ……まあ、きっとこのわけの分からない現状げんじょうおどろいているのだろうが。

 僕だって、状況が理解りかいできていないし。


 殴られたはずなのに痛くない。

 ばされてもいない。

 ほねれた感覚かんかくすらもない。

 殴られる前と何も変わらない――まさに無傷むきずであった。


「お、俺の攻撃力850のグーパンチが……きいていないっ!?」


 男は、僕の頬から拳を離した。

 そして――


「ば、ものだあっ!?  化け物がいるっ!?」


 そんな失礼しつれいきわまりない一言ひとことを置き去って、男はどこかへと消えていった。


 結局けっきょく、男の故郷こきょうについては何も分からないままだったが、しかし何もなくて良かったな、と一安心ひとあんしんする。


 僕は、自身じしんの頬をさわってみた。

 やはり、痛みは無い。


「本当に、無傷なんだよな……」


 あの時、たして何が起こっていたのか?


「な、ナオキさん! 大丈夫だいじょうぶですかっ!?」


 サラさんが、そんな僕のところまで走り、殴られた方の頬をさわってきた。

 彼女は、言う。


「あれ? 傷一つ、ついていませんね」

「ええ、そうなんです」


 本当に、なぜなんだろう?

 僕は、一つの仮説かせつを立てた。


「きっと、酔っ払ってて、力が入っていなかったのでは? と思います」

「そ、そうなのでしょうか……?」

「たぶんですけど」

「でも――」


 サラさんは、言った。


「――拳をふるういきおいは、結構けっこう強いように見えましたけどね……」

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