第16話 熟した果実は重すぎる
サムネを自分で作るようになってから、他のことにも意識を割くようになった。
たとえば、タイトルには【】などの記号を使うと人の目を引くことができる。その配信内で何をするかを短い文章にまとめて、動画一覧の枠内に表示させるようにすると初見さんも来やすくなったり、集客が見込める。
そういった情報は、現役から退いた配信者さんのブログや、動画で得ることができた。
みんな、ただ配信をしているだけじゃなくって、色んな戦術を使って人を集めているのだ。
配信内で、コメントが増えやすい話し方も調べた。基本的に大手事務所に属していない個人のライバーは、リスナーとのコミュニケーションを大事にする必要がある。
まず第一に挨拶はきちんと。それからコメント読みも漏れなくしなければならない。そうすると反応欲しさにコメントも増えて、コメントが増えるとその動画がサイトの上部に表示されやすくなる。そうして人が集まりやすくなるというカラクリも存在した。
全然知らなかった。私が今まで、どれだけ何も考えないで配信してたかを身を持って知った。
私は以前、ストーリーやムービーなどの大事な場面を見逃しているからコメント読みはやめてほしいというリスナーさんからの意見を受けて以来、基本的にコメントは読み上げないようにしていた。でも、実際はゲームの画面はおろそかにしてもいいから、リスナーさんのコメントに反応しなければいけなかったみたいだ。
しかし、仕組みだけ覚えても、実践できなければ意味がない。私は参考にするために、他のライバーさんの配信を観たりして勉強した。
チャンネル登録者数が百万単位の人の配信は、そもそも型破りすぎて参考にならなかった。私と同じくらい、もしくはそれよりちょっと多いくらいの人を探す。
その中で、一人興味を引いた配信者がいた。その人はちょうど二ヶ月ほど前。私が本格的に配信活動を開始したのとまったく同じ時期にvtuberとしてデビューしていた。
チャンネル登録者数はすでに三千人を超えていて、まだ動画数は少ないけど、そのどれもが二千再生ほどいっていて、中には二万再生にまでのぼる動画も存在した。
その人のアーカイブを辿ると、チャット欄がとても賑わっていたのが印象的だった。
私が以前やったホルスタを、その人は積極的にやっていて、チャット欄には、私の配信に一度来てくれたリスナーさんの名前も散見された。
その人のホルスタ初見配信は三万再生と、私の三倍以上の数字を記録している。私とこの人で、何が違うのだろうか。
私の配信には来なくなった人が、この人の配信には来ていて、楽しそうにコメントまで残している。そういうのを見ると、胸の奥に黒い煙が充満したような感覚に陥り、呼吸が浅くなる。
でも、たしかに、この人の配信は、私よりも面白い。ちゃんとリアクションもできてるし、ゲーム内で大事な場面が来ると、コメントを読むのを中断して集中している。そのあとに「集中しすぎてコメント読めてなかった! ごめんね!」とフォローまで入れている。それに対するリスナーさんの反応は概ね良いものだった。
話し方も、厭味なものはなく、感情的なものが多かった。それは良くも悪くも、ゲームに真剣に取り組んでいる姿勢が伝わってきて、観ている方も応援したくなる。
配信者としての実力は、この人の方が上だ。それを実感するのと同時に、自分の実力の無さも痛感する。
でも、私は毎日、途切れることなく配信している。対してこの人の配信頻度は四日に一度程度。その点では、私の方が勝ってるはず。
毎日投稿してるくせに、いまだ追いつけないとも、取れるけど……。
「あれ、
と、後ろから声をかけてきたのはみかんさんだった。糸をピンと張ったようなみかんさんの声は、人混みの中でもよく聞こえる。
とはいえ、デパートの靴家でみかんさんと出くわすことになるとは思わなくて、すぐに挨拶を返せないでいた。
「佐凪さんも靴買いに来たの?」
「う、うん。体育祭用の靴、お母さんが、買えって」
「そうなんだー! 休日の買い物ってなんだかあがるね! あたしはさっきまで友達と映画観に行ってて、その帰りなんだー!」
そう言うみかんさんの服装は、大きめのストライプシャツに、黒のショートパンツを合わせたコーデで、白のショルダーバッグが大人っぽさを出している。けれどカジュアルさも残していて、大きめのシャツの裾からのぞくショートパンツが可愛さを演出している。白のソックスとブーツも似合っていて、典型的な、オシャレな人の服装だった。
髪型も普段と違って、小さなお団子を頭の上、やや後ろ気味に作っている。横髪が後ろに流れることでスッキリしたシルエットになっていた。
それに対して、私の服は無地のパーカーにジーンズと、簡素なものだった。
「あれ、なんだか佐凪さん、目にクマができてるよ」
「あ、ああ……昨日、遅くまで調べものしてたから」
昨日もいろんなライバーさんの配信を回って、勉強していた。気付いたら夜中の三時くらいになっていて、急いでベッドに飛び込んだ。最近はずっとこんな調子で、あんまり睡眠を取れていない。
「そっか。せっかく休みなんだし、今日はちゃんと寝たほうがいいよ」
「うん」
返事はしたけど、今日もいろんな動画を見て回るつもりだ。気になっていた人が、今日は配信をするのだ。一度は生で観てみたい。
私は試しに履いていた靴を箱に戻して、椅子に座り直した。みかんさんも隣に座ったかと思うと、身体が密着するほどまでに距離を詰めてくる。
学校にいるときにはしない、バニラのような甘い香りが鼻腔を突いた。
「昨日の配信も、すっごくよかったです」
耳元で囁くみかんさんは、私が顔をあげると、すぐに離れて、恥ずかしそうに歯を見せた。
「佐凪さんはどんな靴が好きなの?」
「えっと、特に好きっていうのはない。体育祭のときに履くようだから、サイズが合えば、なんでもいいって感じで」
「えー、そうなんだ。でも、好きな色とかあるでしょ?」
「まぁ、白……かな。派手な色は嫌だし、黒はなんか、似合わない」
「あっ、あたしも今ね、佐凪さんは白が似合うなーって思ってた!」
みかんさんはパッと立ち上がると、季節コーナーから靴を一組持ってきて私の前に置いた。
「家族と来てるの?」
「うん、お母さんと、妹と。二人は晩ご飯買いに行ったから、それまでに選んでおけって」
「そっか! あはは、仲良いんだね」
そういうわけじゃないと思う。仲が良いのは
「これとか似合うと思うんだけど、どう?」
みかんさんの持ってきた靴は白のシューズで、外側に紫のラインが一本入っている。
「イメージカラーっぽくないですか? めっちゃよくないですか!?」
みかんさんが目をキラキラさせながら、雨白に話しかける。みかんさんが持ってきてくれた白のシューズに足を入れてみる。サイズはピッタリだった。
「す、すごい。しっくりくる」
「滑り止めも付いてるし、素材も軽いから走りやすいと思うよ! ちょっとだけ、値段は張るみたいだけど」
ちら、とみかんさんが値札を見る。
ろ、六千円か……。
お母さん、特に予算については言わなかったけど、私はいつも二千円くらいの靴を買ってもらってるから、微妙なラインだな……。
「お母さんが来たら、一応聞いてみる」
「うん。あっ! でも、あくまであたしの意見だから、佐凪さんの欲しい靴を選んでね!? 自分の身につけるものだもん、自分が一番いいって思ったのにしなくちゃ」
「そ、そう? でも、これが今のところ一番いいかも」
私の足は細いせいで、サイズ自体があっていてもぶかぶかになることが多かった。メーカーによっては横幅にスペースを作っているところも多く、そういった靴はデザインが気に入っても諦めざるを得なかった。
だからみかんさんが選んでくれたこの靴がピッタリだったのは、私も驚いた。
ポケットの中でスマホが鳴る。
見てみるとお母さんから『買い物終わったから、十分後に向かいに行きます』とメッセージが入っていた。
「あともう少ししたら来るって」
「そっか」
みかんさんは足をぶらつかせて、店の外を少し気にしていた。
「イメージカラーって、紫なの、かな」
「え?」
「あ」
話の切りだし方が、私はいつも下手くそだ。すでに去った話題をひっさげて、慌てて転がり落ちるみたいに、みかんさんの近くにようやく辿り着く。
「さっき、言ってたから」
「イメージカラーは白だと思います。でも、紫はサブカラーっていうか、アクセサリーとか、そういうのは紫であって欲しいといいますか。ほら、今のモデルも、襟に紫が入ってるので」
「え、そうだっけ?」
「き、気付いてなかったんですか!?」
「う、うん……あんまり自分のモデルってまじまじ見ないし」
でも、そういえば胡桃が用意してくれた新衣装には、紫が多めに施されていた。
「じゃ、じゃあ、正解、かな」
「え? どういうことですか?」
「あ、えっと、今度、新衣装を」
その瞬間、みかんさんがはっと息を飲んだのが見えた。ここが店内じゃなかったら、叫んでいたのかもしれない。みかんさんは小さく「えっ」と漏らすと、私の太ももに手を置いて身を寄せてきた。
「ほ、ほんとですか」
「こ、今度の、記念配信のときに」
「う、うわ、うわー!」
今度は自分の太ももに手を当てて、叩いている。こ、これが限界化……生で見ると、ちょっと面白い。
「マジで嬉しいです! あの、めっちゃ楽しみにしてます! あの! あっ、あはは。いや、すみません、はしゃいじゃって。でも嬉しくて」
私の会話が亀なら、みかんさんの会話はうさぎに近い。どんどんと、先へ行ってしまう不安定さを持っていて、それに気付いたみかんさんが、慌ててこっちに戻ってくる、というのがよくある。
「絶対、観に行きます! 拝みに行きます!」
「よ、よろしくお願いします」
みかんさんの口元が、スライムみたいに溶けているのが分かった。
この人は、本当に私のことが、雨白のことが好きなんだ。
あんなに話すのが上手なみかんさんが、会話の坂道を転がり落ちるくらいに。
ありがたい。本当に。だけど、それと同時に、疑問も抱く。
だって私は、他の配信者さんと比べて、実力も数字もない。それはここ数日で、嫌というほど実感した。
それなのに、みかんさんは。
「どうして、私なの?」
なんで、星の数ほどいるvtuberの中から、雨白を選んだのだろう。
みかんさんは頬を染め、恥ずかしそうに笑って小首を傾げる。耳に付いた星形のピアスが、キラッと光を反射した。
「雨白さんに、救われたからです」
「救われた?」
「はい。あたし、ちょっと前に、すっごいしんどいことがあって。もう、自暴自棄っていうか、もう全部どうでもいいからなくなっちゃえって思ってた時期があったんです」
全然、想像できなかった。みかんさんはいつも明るくて、楽しいことを見つけるのが得意な人で。そんな、ネガティブになることもあるんだ。
「でも、雨白さんの配信見てたら元気もらえたんです。最初は、同じゲームばっかり毎日配信して、変な人だなって思ってたんですけど、でもそれって、好きじゃないとできないじゃないですか。それで再確認したんです。あ、好きっていいな。何かを好きになるって誇るべきことで、何かを、誰かを推すことって、間違いじゃないんだって、気付いたんです」
誰かを推すこと……?
みかんさんが寂しげに、顔を伏せる。だけど、すぐに顔をあげて、私を見た。
「だから、決めたんです。私は、この人を一生推すんだって」
「推すと、好きって、違うの?」
「似てるけど、違います。もちろん、推しと好きは同居してますけど、でも、推しっていうのは、なんていうんでしょうか。この人に幸せになってほしい、この人に頑張ってほしい、応援したい。報われてほしい。そんな風な、思いが強いんです」
みかんさんは、自分の手を祈るように握っていた。その手は遠くにあるのに、握った温もりがここまで届いてくる。まるで、銀河の端まで照らす、太陽のようだった。
「こうして、直接伝えられる日がくるなんて思いませんでした。ずっと、文字で伝えることしかできなかったので。でも、これがあたしの気持ちです。雨白さんの配信で、あたしは救われた。雨白さんがいたから、今のあたしがあるんです。だから……これからも、頑張ってください!」
そうやって言葉を紡ぎ、思いを形にする。絞り出して、外の世界に出してあげて。だからだろう。……だから、感情という雨が、目尻からこぼれ落ちるのだろう。
「あ」
みかんさんは、自分が泣いていることに気付いたのか、目元を拭うと、濡れた指先を見て驚いていた。
「ご、ごめんなさい、重かったですよね」
軽いとは言えなかった。
みかんさんの気持ちは、今の私では受け止めきれない。
だって私は、自分がどの配信者よりも劣っていると気付いてしまったから。そんな私をしてくれていることに、罪悪感すら感じてしまう。
本当なら、こういう応援も、力に変えるべきなのに。
「重かったら、言ってくださいね。あたし……」
みかんさんが何かを言いかけたときに、私のスマホが鳴った。
お母さんからの電話だった。
それに気付いたみかんさんが、立ち上がる。
「あ、うん。お母さん。今靴家さんに」
通話中の私に気遣ってか、みかんさんは無言で手を振る。私も手を振り返した。
いつだったか、こうしてみかんさんに、手を振ったことがあった。
あれは私が、殻を破った、夕方の放課後だった。
あの日から私は、変わったようで、変われていない。
お母さんと胡桃が到着して、靴の値段を言うと、お母さんは「そう」と短く言ってレジへ持って行った。
みかんさんの選んでくれた、靴を履いて。
私はちゃんと、走れるだろうか。
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