第15話 盲目的なトンネルの果てに

「これで、配信おわりますっ、ありがとうございました」


 配信を終了して、ヘッドホンを外す。


 毎回髪が絡まって、何本か抜けてしまう。櫛でも通したほうがいいのだろうか。ごわついた私の髪は、いつだって通るものを阻もうと躍起になる。


 ……今日もいっぱい、配信したな。


 今回の配信は、ホルスタのガチャ配信と、後半は雑談の時間を設けてみた。ちょっと変則的なスケジュールだったけど、なんとか滞りなく進行できた。


 時計を見るとまだ十時だった。八時に始めたから、約二時間の配信。


 最初と比べて、配信する時間が短くなってきた。もちろん、みかんさんに睡眠も大事だよと言われたことを忘れてはいない。だからこれでいいんだろうけど。


 配信を終了しても、チャット欄は覗くことができて、三人くらいの人たちが「おつかれー」とコメントを残してくれていた。その中にはもちろん、みかんさんの名前もある。


 初見配信のときは、こういったコメントが十個くらいあった。次の配信も楽しみにしていますと言ってくれる人もいて、チャンネル登録者数もたくさん増えた。


 だけど実際、配信すればするほど人は減っていき、今では同時接続数が初見配信のときの半分以下、コメント数も三分の一程度となっている。


 他にもたくさんゲーム配信をしたけど、初見配信だけが伸びて、次回の配信では減り、ストーリー読みでまた増えるの繰り返し。


「難しいな……」


 増えていたチャンネル登録者数も、現在は停滞中。チャンネル登録者数千人の記念配信を予定してはいるけれど、なかなかそこまで到達できない。


 よく見たら、昨日より二人くらい、チャンネル登録者数が減ってるみたいだし。


「とりあえず、次の配信なにするか決めよう」


 突発だと人が集まりにくいということもあって、最近は配信をする際に、必ず予約することで動画サイト内に事前に表示されるようにしてる。


 次は、また新しいゲームに手を出してみることにした。結局、これが一番伸びるし。


 本当は、前回やったゲームが面白かったからやってみたかったんだけど、他のゲームに比べて数字の伸びが悪いのでやめた。


 再生数稼げないなら、やっても意味ないし。


 みかんさんと約束した、登録者数十万人に届かない。


 プラウザを閉じるのと同時に、頭がぐらつく。


 液晶に映る光がぐにゃっと曲がり、トンネルのような形になる。それと同時に、身体が軽くなり、心の奥、心臓の周りが一気に冷たく感じるようになった。


 ぐるぐると、思考がしっちゃかめっちゃかになる。これまでの配信履歴と、視界いっぱいに入ってくる数字の情報が筒状になって、微かな光が差し込む。


 逃げ道……。


 まただ。マウスを握る手が震えて、身体の内側から引き裂かれそうになる。


「お姉ちゃん、入ってもいい?」


 ドアをノックする音で、我に返る。


 気付けば手汗が滲んでいた。


 私が返事をすると、パジャマ姿の胡桃くるみが入ってきた。


「配信おつかれ。飲み物持ってきたよ。じゃーん、クリームソーダ」

「え、こんな遅くに、いいの?」

「いいでしょ。虫歯になるくらいだし」


 胡桃はコップを私のテーブルに置くと、自分の分も用意していたようで、そのままクッションの上に腰掛けた。


「最近、あんまり遅くまでやらないんだね」

「うん。睡眠も、大事だし」

「へぇー、まぁ、二時間前後が、基本的な配信時間だしね、それでもいいんじゃない?」


 胡桃にもらったクリームソーダに口を付ける。


 うちは水とお茶しか置いてないから、時々こうして、胡桃が甘いジュースを買ってきてくれる。胡桃は私と違って金遣いが荒くないので、お小遣いをいつも月末まで余らせているのだ。


「まぁ、起きてる時間が大事じゃないってわけでもないと思うけど」


 胡桃は、クリームソーダを飲みながら、要領の得ないことを言う。私が、意味を汲み取れていないだけかもしれない。


 胡桃は昔から、私とは違って頭もよくて、勉強の成績がよかった。小学校のときに入った塾をいまだに続けていて、お母さんから胡桃の小言を聞いたことは一度もない。


「はいこれ、新しい衣装のデータ。いつもの立ち上げソフトの欄にモデル登録画面があるから、そこにデータ映すだけで使えるよ」


 そういえば、前に胡桃が雨白あめしろの新衣装を書いてくれると言っていた。


 さっそく胡桃から受け取ったUSBメモリをパソコンに挿して、データを映す。新しい衣装はアイドル風で、紫を基調としたデザインだ。ふりふりがたくさん付いていて可愛い。


「蚕ってもこもこしてるでしょ。それを再現してみたんだ」

「そうなんだ。相変わらず、絵上手だね」


 こんな可愛い衣装、私が着てもいいのだろうか。いや着るのは正確には私じゃないんだけど、これを着た美少女キャラに声を当てなきゃいけないのは私なわけで……。


「髪型もちょっとポニテ気味にしてみた。ここの編み込みモデルにして動かすの大変だったけど、まぁ、せっかくお姉ちゃん頑張ってるんだしね」


 こだわりポイントをいくつかあげてくれる胡桃は、どこか楽しそうだった。というよりも、本当に、楽しいのだろう。


 胡桃が絵を描くのが好きなのは、昔から知っている。塾で勉強してるフリをして、ノー-トに絵を描くこともあったくらいだ。


「ほんとに、胡桃は絵上手だね」

「まー、わたしの唯一の趣味だし」

「……なんでアカウント消しちゃったの?」


 私が言うと、胡桃はクリームソーダを飲み干して、苦笑した。


「描き始める才能しかなかったから」


 私のクリームソーダも空になっているのを確認すると、胡桃がコップをおぼんに乗せる。


「そ、そうだ! 記念配信、これのお披露目回にすればいいんだ!」

「うおびっくりしたぁ。大声出すとお母さんに怒られるよ」

「胡桃ナイスだよ! これでネタが出来た!」

「ま、まぁ喜んでくれたならなによりだけどさ」


 最近停滞気味だったリスナーさんも、これでまた戻ってきてくれるかも!


「記念配信は意外と、初見の人も見るから、サムネとかこだわったほうがいいかもね。それも用意しておくよ」

「う、ううん! 今回のは私が作ってみる!」


 動画のサムねはいつも胡桃に作ってもらっていた。


 でも、今回はせっかくの記念配信だし。元々、胡桃にこれ以上負担はかけたくないと思っていたから、いい機会かもしれない。


「サムネ作るの、勉強してみる」

「お、おお、お姉ちゃんがやる気に満ちあふれている……」


 それに、サムネを作ってみたという話題も、雑談枠の後半で使えるかもしれないし。うん、なんか私、配信者っぽくなってきたんじゃない!?


 さっそく、パソコンに向かってキーボードを動かし始める。基礎知識もないから、まずは仕組みから調べないと。


 カタカタと、打ち込む音に紛れる、時計の秒針が動く音。


 気付けば胡桃が部屋からいなくなっていた。胡桃は絶対寝る時、おやすみと言う。だけど、作業に集中しすぎていて気付かなかった。


 それからずっと、サムネについて調べた。作り方は覚えて、画像の透過の仕方や、それを合成したりするソフトもダウンロードして、初歩的なものは作れるようになった。


 けど、どうにも目を引かない。


 大きな文字を入れるとか、フォントはモボという太めのものを採用して、色は赤にすると目立つとか、調べたらいろいろ出てきたので、取り入れてみる。千人突破という文字を金色にしてみたり、でも、派手にしすぎてなんだかパチンコみたいになったりして、悪戦苦闘した。


 満足の行くサムねが出来上がったのは、実に六時間後。すでに四時を回った頃だった。


「で、できたぁ~!」


 窓の外が少しだけ明るく、道路からは新聞屋さんのバイクの音が聞こえてきた。


 久しぶりに、夜更かししちゃったな……。


 伸びをしてから、パソコンの電源を落とす。


 これも、ずっと胡桃から借りっぱなしだったな。明日の朝……今日の朝か。に返そう。


 ベッドに入って、目を瞑る。


 これでリスナーさんも、喜んでくれるかな。


 久しぶりに、ワクワクしながら眠りに就く。頑張っていると、目の前が見えなくなる。 良くも悪くも、視界が悪いほうが、いいのかもしれない。 

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