第5話 俺だけレベルアップしてごめんね

 頭上から聞こえる枝葉の揺れる音を聞き流してしまった。


「■■■■」


 獰猛な鳴き声。

 葉っぱのような耳を持ったヤマネコ、リーフキャットが落ちてきた。


 血に飢えた白い牙を視認した時、息が止まり、俺は回避もガードも間に合わないことを悟った。


 ならばどうするか、一瞬の判断に迷った俺に、だけど獰猛な爪も牙も届かなかった。


 リーフキャットの体が、まるで巨人のフルスイングを受けたように真横にかっ飛ばされた。


 脊髄反射で首を回すと、リーフキャットの脇腹を矢が貫き、大木の幹に釘止められている。

 思わず胸をなで下ろした。

 けれど九死に一生を得た安堵の直後に疑問がよぎる。


「こんな森の中で誰が?」


 ――初日から、俺以外にこんな奥まで来た生徒がいるのか?


 矢の飛んできた方角へ視線を向けても、誰もいなかった。


 てっきり、通りすがりの弓使い、アーチャーが助けてくれたと思ったけど違うらしい。


 幹から矢を引き抜いて、リーフキャットの死体を片手に踵を返す。

 それから矢の持ち主を探して足を運ぶと、女子の喧騒が聞こえてきた。


 近い。

 足は小走りに、それから緊急事態を想定して全力で駆けていた。


 見えた。

 木々の間を駆け抜けると、やや開けた場所で五人の女子たちがホーンフォックスという一角狐と戦っていた。


 しっかりと戦闘訓練を積んだレベル一の生徒五人がかりでも、少してこずる相手だ。


「早く、盾が持たない!」

「待って、そんなに早くは回復できないよ!」

「あぁん魔力が溜まらない! これも全部ハロウィーがトロいからよ!」

「そうよ! 狙撃だけが取り柄のクセに外すって何考えているのよ!」

「ご、ごめんっ」


 ――うちのクラスの女子……じゃないよな? 平民科の、他のクラスの生徒か?


 責められている女の子、ハロウィーが謝ると、魔力を溜めていた女の子が杖を前に突き出した。


「死ねぇえええ!」


 女子力の欠片も無い物騒な怒声と同時に放たれた雷撃がホーンフォックスの脳天を直撃。


 オレンジ色の体を跳ね上げてから、その身を草地に投げ出して痙攣し始めた。


「やりぃっ!」


 回復魔法を受けていた女子が、剣を鞘に納めて近寄った。

 直後、息を吹き返したのだろう、ホーンフォックスが飛び起きた。


「うわぁっ!?」


 けれど、のけぞる剣士女子の脇腹をかすめ、一本の矢がホーンフォックスの喉を射抜いた。

 一流のスナイパーも真っ青の精密射撃だった。


「■■ッ」


 さしもの魔獣も、これには絶命するしかなかったようだ。


 ホーンフォックスは口から血を流し倒れ込むと、痙攣すらせずに動かなくなった。

 どうやら、俺の助けはいらなかったらしい。


 そして、俺を助けてくれた恩人の正体もわかった。

 構えた弓を下ろして表情から緊張の糸を緩める少女、ハロウィー。

 彼女が俺を助けてくれたようだ。


 お礼を言おうと俺が一歩を踏み出すと、先に他の女子たちがハロウィーに詰め寄った。


「ちょっと危ないじゃない!」

「エリーに当たっていたらどうしていたのよ!?」


 ハロウィーはきょとんと言葉を返した。


「え? でもホーンフォックスはエリーの陰にいたし、他に狙えないよ」

「そういう問題じゃないでしょ!」

「味方の安全も考えなさいよね!」


 ハロウィーは眉根を寄せて、ちょっと困った顔になる。


「う~ん、でもあのままだとエリーってホーンフォックスに噛まれていたよね? そっちのほうが重症だと思うんだけど?」


 ――おぉ、ちょっと引き気味だけどちゃんと言い返している。顔はおとなしそうなのに以外だ。頑張れ。


 俺は恩人に心の中で熱いエールを送るも、自己中女子たちは止まらない。


「言い訳してんじゃないわよ!」

「さっきもせっかくアンタのために時間稼いであげたのに外すし、何か恨みでもあんの?」

「いやあれは違うよ! あれはぁ……」


 ばつが悪そうに眼を逸らした。

 きっと、人助けをしたと言っても信じてもらえないと思っているんだろう。


「うぐむッ」


 俺を助けたのが原因で女の子がいじめられている。

 なんとも罪悪感が湧いて仕方ない状況に良心が痛んだ。


 ――女子同士のトラブルにかかわるのは気が引けるけど……。


 もしもこの場にイチゴーとニゴーがいたらと考える。


『みすてるのー、ひどーい』

『あるじどの、みそこなった』


 心の中のイマジナリーゴーレムたちにツッコまれて、俺は踏み出した。


 どうせ知らない生徒だし、なら旅の恥は掻き捨てだと、俺は勢いよく大股で飛び出した。


「いやぁ、ありがとう! おかげで助かったよー!」


 右手の矢と、左手のリーフキャットを掲げながら声をかけた。

 

 ――ちょっと、わざとらしかったか?


 四人の女子たちは不審者を見る目で振り返ってきた。

 冷たい視線が痛いけど、ここで負けてはいけない。


「これ、君の矢だろ? おかげでリーフキャットに襲われずに助かったよ。本当に君のおかげだよありがとう。あ、これ矢は返すよ。あとリーフキャットの素材。君が倒した君の獲物だから返すよ」


「え? え?」

「じゃ、俺のクラスはもう集合時間だから」


 一方的にまくしたてながら彼女の手柄と所有権を主張してから矢と死体を押し付けて、そそくさと背を向け逃げた。


 あまり長くいると、彼女の立場が悪くなってしまう。これぐらいで、ちょうどいい。


 実際、背後からはもう、ハロウィーを責める言葉は聞こえてこなかった。

 ここまで手柄を主張されては、責める空気にできないのだろう。

 作戦成功だ。


 ――それにしても。


 森の中を小走りに駆けながら思い出すのは、間近で目にしたハロウィーの姿だった。


 魔獣と戦っている時はじっくりと目にする余裕は無かったけど、ハロウィーの容姿はひと際異彩を放っていた。


 一言で言えば凄く可愛い。


 この世界の人の顔立ちは地球のどの人種とも違う。あえて言うならゲーム顔だ。

 その中でもハロウィーは特別に可愛い。

 まるで、画像生成ソフトでデザインしたような美少女だった。


 紫陽花色を思わせるような、薄紫色のショートヘアーと大きく愛らしいタレ目、桜色の小さなくちびるに、男心をくすぐられてしまう。


 あんな子が前世の地球にいたら、間違いなく外見だけでトップアイドルになれるだろうと夢想した。


   ◆


 校舎に戻ると、他の生徒たちはみんな、レベル二に上がっていた。

 レベルは低いほど上がりやすい。

 一日でレベルが一から二になるのはおかしくない。


 ただし、俺だけは帰る途中で三になった。

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