第3話 宰吾の最期

 パニックになる渋谷の街は、人がごった返している。喧騒は怒号と悲鳴に変わり、秩序が消え失せる。

 宰吾は高校の制服を脱ぎ捨て、中に着ていた自作のヒーロースーツ姿になった。マスクも被ったし、これで正体がバレることもない。まあ、マスクと言ってもフルフェイスヘルメットに少し手を加えただけだが。スーツもただのジャージである。


「た、助けて!」


 甲高い声が、喧騒を切り裂いた。

 声の方向を向くと、そこには誰よりも目を引く、怪人――ヒーローと同じく超能力を持つも、悪の道に進んでしまった存在――がそこにいた。宰吾は人々を掻き分けて進み、声の元に向かった。

 怪人の身長は、およそ二メートルといったところか。宰吾の一七三センチメートルの身長では見上げるほどの長身である。片腕には悲鳴の主である若い女性が震えていた。


「ほお? ヒーローってやつか。俺は“超エネ”を吸収することで、虎の頭、ゴリラの胴、コブラの尾を持つキマイラに変身することができる生物最強の存在、キマイラキング様だ。貴様のような軟弱者が勝てるかな?」


 宰吾を見たキマイラキングは、したり顔で語った。


「自己顕示欲が長セリフで見え透いてるぜ。隠しておけばいいものを」


 宰吾は余裕の表情で返す。背中にじっとりと汗をかいているのを悟られぬように。

 “超エネ”とは“超能力エネルギー”の略で、空気中ならどこでも存在する物質だ。超能力を持った人間は、これらを体内に吸収することで、能力を発動することができる。宰吾も例に漏れず、その一人である。


「ふん。そんなことで俺が弱くなるわけでもない。かかってこい。人質がどうなってもいいならな」


 典型的なセリフ。先程から言動に知性が感じられないし、これはアレが効くかもしれない。宰吾は両腕でWHY?のポーズを取りながら、できるだけ煽るように言った。


「なんだ、人質がいないと何にもできない雑魚か」


 頼む、効いてくれッ……!

 宰吾は心の中で、都合のいいときにしか信じない神に祈った。


「……なんだと?」


 キマイラキングは虎の顔を歪ませ、鋭い牙を剥き出した。

 効いている。


「だ、だから、人質なんかに頼らないで自力でかかってこいよ? 強いんだろ?」


 ゴリラの胴がわなわなと震え、尾のコブラは威嚇行動を取る。


「きゃあッ」


 乱雑に人質の女性が投げ捨てられた。嫌な音がした気がしたが、それでも人質として奴の腕の中にいるよりはマシだろうと宰吾は判断した。


「おい! 誰か手伝ってくれ!」


 人混みのどこかからそんな声が聞こえ、女性の救助が行われるのを目の端に捉えつつ、当の二人は対峙する。


「見せてやろう……この俺様の力をなァァァ!?」


 自分より何十センチもの巨体が迫ってくるのを眺めながら、宰吾は考えた。

 ――人質助けられたのはいいけど、この先のことは考えてなかったなあ。

 観衆たちが息を呑んでいるのが分かる。想像できる。負ける、と思われている。そりゃあそうだ。宰吾は、ただの人間なのだから。見た目においては。


「死ねええええええええええ」


 キマイラキングの拳が、宰吾の頭を捉えた。フルフェイスヘルメットのシールド部分が半壊し、目元が露わになる。そのまま後ろの吹っ飛んだ宰吾は、道路標識に頭を打ち付け、気を失った。


「雑魚が! もう少し骨のあるやつだと思ったんだがな」


 キマイラキングはダメ押しとして、宰吾の腕に尾のコブラを噛ませた。


「こいつの毒はゾウだって殺す。万が一があっちゃよくねえからな」


 観衆たちは目の前の光景に青ざめ、そしていよいよパニックが再来した。

 不知宰吾は、死亡した。

 通算、九七〇回目である。

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