第6話:狂気の渦

「不死身の辰風だぁ?お前は、そんな意味の訳分かんねぇ奴に尻尾巻いて逃げてきたってことかぁ!あぁ——!?」


 城下町の中央にそびえ立つ城の一室。

 半裸に金色の襦袢を羽織っただけの特徴的な男の怒号が響いた。日が傾き始めた段階ではあるが、徳利とっくりを片手に、すでに酩酊めいていとなった権力者の眉間には、怒気に合わせて血管が走行していた。


「も、ももも申し訳ございません!望月様!」


 刺青の男は、全身から冷汗を噴き出し、恐怖に言葉を吃らせながら土下座をした。畳の上に、何度も何度も額を擦り付けているのか、その一点には血で付着していた。


 その男には、見覚えがある。

 日中の城下町で、先日望月堂山の暗殺を返り討ちにされた望月澄世を丸太に括り付けて、投石を命じて悦に入っていた男である。また絶頂の最中ではあったが、天ヶ斎辰風と瑠璃猫に一泡を食わされて情けない姿を曝け出してしまった男でもある。


 日中の威勢の良さは微塵も感じられないほど、小さく丸くなった状態で、一心不乱に土下座に殉じていた。しかし権力者——もとい望月堂山にとって、何も抵抗せず帰ってきたことは、土下座程度では許し難い事実だった。


「お前が晒した恥は、この望月堂山様の顔にも泥を塗ったも同義。不死身だが何だか知らねぇが、生きて俺様の前に帰ってきたことは万死に値すると知れ、この虫がぁ!」


「え、えっと。その男は、鉄鋼黒蟻様のことも知っていたので……そ、早急にお伝えせねばと思いまして…」


「虫の言い訳なんざ聞きたくねぇんだよ!」


 耳をつんざくほどの怒号と共に、徳利を刺青の男の頭部に投げ付ける。勢い良く衝突した徳利は、粉々に砕け散っていった。

 徳利に残っていた酒が、額の傷に沁みるようで、苦虫を噛んだような表情で、堂山を見上げた。しかし鬼の形相の堂山の表情が、視界に飛び込むと、逃げるように再度頭を下げた。


 堂山は、酩酊で感情の支配が出来ないことも乗じて、苛立った様子で刺青の男を睨む。


「あぁ、糞が!せっかく気持ち良く酔っていたのに、興醒めも良い所だ!」


「も、申し訳ございません…」


「うるせぇ!あぁ、苛立ちが止まらねぇ…!」


 堂山は、臨界点に触れる苛立ちを抑えられない様子で、拳を震わせていた。そして、障子の向こう側で聞き耳を立てているであろう氷川暁の影を確認すると、


「暁!そこに居るんだろ、来い暁ぃ!!」


 暁は堂山の怒号に合わせて、「何でしょうか」と涼しげな表情で、残された左腕で三つ指を付けて障子を開けた。一本に束ねた黒髪が、微かに揺れる。


「脱げ!」


「あらまぁ…」


「苛立ちが止まんねぇんだ…!いいから早く脱いで抱かせろ!!」


「ふふふ…日も沈まぬ内に、そんなこと言うものではございません。それにこの方もいらっしゃるではありませんか。誰かに見られながらなんて、趣味じゃないわ」


 暁はそう呟くと、不敵に笑いながら、堂山へ近付いていく。

 途中、土下座をしたままの刺青の男の頭をわざと踏んだ所に、彼女のうやうやしさに隠れた底意地の悪さが垣間見れた。男は「うぐっ」と短い鈍い声を漏らすが、変わらず頭を下げたままだった。


「落ち着いて下さい堂山様」


 暁は拳を震わす堂山の右腕に、そっと左手を添える。そしてなだめるような落ち着いた口調で話し掛ける。


「あなたは、望月堂山です。地位も名誉も権力も、そして何よりこの鉄鋼黒蟻の右腕を持つ絶対者です。そんな完璧にも近いあなたの暴れる姿なんて見たくありません」


「これが落ち着いていられるかよ…!俺にとって強さは絶対だ!どこの誰だか知らねぇ虫に醜態を晒しやがって!許せねぇ許せねぇ許せねぇ許せねぇ許せねぇ許せねぇ許せねぇ許せねぇ!!!」


「落ち着いて、あなた…」


 そう言うと、暁は彼の言葉を遮るように、桃色の柔い唇を重ねた。そして残された左腕で堂山の右腕を誘導して、自身の胸に添わせる。


 桃色の接吻だけで、抑えられるほど安い激昂げっこうではない。しかし血走った眼光は、次第に落ち着きを取り戻していった。堂山の鼻息が下火を見せたことを確認すると、暁は唇を離して、彼の眼を柔和な視線で見つめた。


 そして清流のように落ち着いた口調で、


「殺せば良いのです…」


 それが最適な回答であるかのように、至極、当然のように呟いた。

 

 どくん、どくんどくん!

 土下座をしたままの刺青の男は、一気に鼓動が脈打った。自身の身体の中で、脈は轟音に鳴り響いた。


 発言の内容に反して、落ち着いた口調であったことが、より一層不安を煽る。今すぐにでも背中を向けて逃げ出したい想いに駆り立てられる。


「この虫をか?」


 堂山が土下座する男を指差して呟く。男の心臓が跳ね上がった。


「いいえ。この男は、不死身の辰風と少女の顔を知る人。今、ここで殺すことは簡単ですが、それでは元も子もないでしょう?」


 暁は、さらに言葉を紡ぐ。


「その2人を殺せば良いです。堂山様だけでなく、鉄鋼黒蟻を知っていながら楯突いた無礼は、死を持って償って頂きましょう」


「なるほど。だったら、俺が直々に手を下してやる」


「いえ、それに及びません。私がお伺いしましょう。私程度に殺される程度の実力なら、どの道堂山様には敵いませんので」


「くく、良く言うぜ。お前の方が、えげつないっていうのによ」


「うふふ…どうかしら」


「なら、せめて白兵10人は連れて行け。虫は害虫であればあるほど、無惨に叩き潰さなくてはなぁ…」


 2人を渦巻く狂気は、土下座をして直接光景を見ていないにも関わらず、冷や汗が止まらないほどの緊張感を孕んでいた。


 しかし少なからず、標的が自分ではなくなったことが、男にとって精神の安寧に至っていた。畳に向かって、小さく安堵の溜め息をついていると、


「ねぇ堂山様。この男ですけど、不死身の辰風と少女の顔を知っているなら、眼と口さえあれば、私に伝えることは出来ます。ということは、他の部位は、要らないのではありませんか?」


 …突如、暁の静かな口調が、一室に溶けていく。

 安堵をしていた矢先、不穏な言葉が、土下座する背に、じわりと圧し掛かる。


「あぁ…確かに要らねぇなぁ。腕をぐか」


「ふふ、足も不要です」


「確かに。あー…でも多分、虫共は望月の家に居ると思うぞ。ありゃ相当山奥だが、足が無くてどう連れて行く?」


「首輪を着けて、引きっていけば問題ありません」


「そりゃ名案だ…」


 堂山は、含み笑いをしつつ、土下座の男へ近付いてくる。みし…みし…と軋む畳の音が、少しずつ巨大になっていく。


 男は恐る恐る頭を上げて、状況を確認した。

 障子から漏れる心許ない月明かりの中で、狂気に染まった笑顔が近付いている。


 みし…。


 みし……。


 それは到底、人間が放つ雰囲気ではない。

 眼前で笑う狂気を人間と表するには、あまりにもおぞましい。今、巨大な黒い、自分を喰い殺そうと舌舐めずりをしていた。


「あ……あぁ…も、望月様。いやだなぁ、そんなに笑っちゃって、はは。そんなに怖い顔しないで…下さいよ……へへっ。し、心臓に悪いってもんですよ…。あ、はは…っ、…………本当に申し訳ございませんでした!今回は望月様の顔に泥を塗るようなことをして!俺は、あの大剣を持った虫の顔を覚えています!必ず暁の姐さんにお伝えして、一泡吹かせまてみせま、ぶはぁっ!!んぐっ………げほげほっ。も、も望月様!暁の姐さん!い、いや暁様!どうか、どうかもう一度、俺に機会を下さ、ぐっ…おえっ。こ、今度こそ、うぐっ。おえ、が……ぁっ。あぐっ。ま、待って下さい。はぁ…はぁ……あ、あぁぁあ。う、うう腕をそんなにしたら、あああああぁああっぁぁぅあ!!ぐ……っ…ぎぃやああああああぁぁぁぁぁあああああぁあああぁあぁああああ。あぁああっ!ほ、骨が飛び出していんぐふぅっ……ぐ…ああああああああぎぃあああああああああああああああああああああああああああああああああっああああぁあああ。こ、っこれ以上は、んがぁああぁぁぁああっ…ぁ。いいいいぃぃぃいいいあぁいっお、お許しを、お許しぃぃぃいいっいいいいがああああああぁぁあああああっ。こ、殺して下さい!もう、こ、こ殺してええ、えぇぇえええええええええんぎぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいが、ああああ、ああああああっあああ、あぁあぁああああっああああああああ、ああああああああああっああああ、あぁああああああっああぁぁああああぁあああああああああああ」



 ◇◆◇◆



 今宵の夜は、春の暖かさを持ちながらも、背筋を這うような冷たさを含んでいた。鉄のように冷たい夜だった。


 ざくざくざく。

 誰も立ち寄らないような獣道の山奥を、日本刀や弓を携えた複数名が枝を掻き分けながら進んでいる。道標みちしるべもなく、心許ない月明かりだけを頼りに進む彼らであったが、その足取りに迷いはなかった。


 ざくざくざく。

 紫一色の衣裳に脚絆という軽装の氷川暁を先頭に進んでいた。そして彼女の足取りは、まるで導かれているかのように、着実に壱吉の家へ進んでいた。


「次は、この大木を右に曲がります」


 暁は、静かな口調で語り進んでいく。その後ろを10名の武装した集団が着いて行った。いや——正確には11名ではあるが…。


 ざくざく…じゃら、ざくざく。

 枝葉を踏み進む足取りの中に、鎖が鳴るような不穏な音が混じっていた。


 後ろを歩く望月一派の下っ端が、1人が不意に呟く。


「暁の姐さん。迷いなく進んでいるけど、この道で本当に合ってんのか?道が全く見えねぇけど、夜目でも利くっていうのかよ」


 すると隣の男が、肩を小突いて、人差し指を唇の前に置いて「しっ」と静止をさせる。


「おい。下手なこと言ってんじゃねぇ」


「何も俺は、馬鹿にした訳じゃ…」


「分かっている。けど俺たちは、何も言わず黙って着いていけばいいんだよ。姐さんに刺激を与えるな。には、なりたくねぇだろ…!?」


 そう言うと男は、恐怖に濁った眼差しで、暁のすぐ後方を指差す。

 暁の残された左手は、鎖を握り締めていた。そしてその鎖は、首輪に繋がれており、四肢をがれた刺青の男が、無惨な姿で引き摺られていた。


 両腕の骨は、皮膚を突き破っており、断裂した肉の繊維は、解れた糸のように露呈している。また獣道を引き摺られながら進んでいたため、傷口を含む全身は土埃で汚れていた。


 口腔に侵入した土や草を払い除ける力すらも残されておらず、「うぅ…」という消えそうなうめき声だけを上げていた。辛うじて生きていることが、より残酷さを助長させていた。


 そんな男の変わり果てた姿を前方に見せられていては、後方を歩く10名の男たちは望月堂山と氷川暁に従わざるを得ない。独り言を呟いていた男は、ごくりと乾いた生唾を飲み込むと、それ以上は口を閉じていた。


 恐怖に勝る支配は、存在しない——。

 氷川暁、引き摺られた刺青の男、10名の武装した男。計12名は恐怖の暗澹あんたんを突き進んでいた。一頻り進み鳥居の階段を登ると、やや拓けた空間が、視界に広がった。


 暁が「ここです」と呟くと、月明かりに照られて小さな藁葺き屋根が、ぽつんと寂しそうに一軒存在していた。天ヶ斎辰風、瑠璃猫、望月壱吉の滞在する家屋である。


 一行は、茂みの奥にしゃがんで、隠れたまま家屋を見つめる。そして暁が再度計画を話し出す。


「狙うのは、大剣を持った不死身の辰風と銀髪の少女です。隣に元藩主の嫡子である望月壱吉と言う男の子がいますが、この子の生死はどうでも良いことです。しかし不死身の辰風に関しては、必ず生け取りにして下さい。後日、城下町の真ん中で公開処刑を行って、堂山様の顔に泥を塗った罪を存分に後悔しながら死んでもらいます」


 そして暁は鎖に繋がれた刺青の男を、眼前に引っ張って「出番ですよ」と言いながら頬を引っ叩いた。しかしすでに眼球は上転しており、呻き声すらも出せない状態だった。


「あなたは、この家屋に居るのが、本当に不死身の辰風と少女なのか伝える任務が残っています。早く起きなさい」


 四肢を捥がれ、人間の形を成していない彼の姿は、並の人間なら直視はし難いはずだ。しかし暁は、眉根一つ動かすことなく、頬を往復で叩く。叩かれる度に、脱力した全身は、振り子のように揺れ動いていた。


 その光景を10名の男は、神妙な顔付きで眺めていた。

 しばらくすると刺青の男は、呻き声すらも上げることもなくなった。暁は、そんな変わり果てた姿を眺めて、ひどくつまらなさそうな表情をした後に、

 

「…はぁ。最後まで使えない方でしたね」


 心底、落胆した様子で溜息をついた。口調から察するに、それは彼女の本心だったに違いない。


 後方に佇む男の内の1人が、保身も兼ねて、静寂を破って言葉を紡いだ。


「あ、あの暁の姐さん…いや暁様。発言よろしいでしょうか」


「あら、何でしょう」


「そ、その男はここに置いて、我々で突貫しませんか?不死身の辰風って奴は、大剣を持っているですよね。家屋に火でも点ければ自然と出てきますよ。そして出てきた人物で、大剣を持っていれば拘束すれば良いんです」


「大剣を持っている男が、例の男だという確証はあるのですか?まぁ、大剣を扱う人物なんて、そう数多くは居ないと思いますけど」


「間違っていれば、えっと…こ、殺せば良いんですよ」


「ふぅん。それもそうですね」


 暁は気怠そうに答えながらも、男の提案を飲み込んでいる様子だった。男は暁の対応に手応えを感じると、言葉を続けた。


「そ、それじゃ早く火を…!」


「ふふ。あなた随分と偉そうに、私に命令するのですね」


 彼女の不敵な笑みに緊張感が走る。


「い、いえ。そんなつもりでは…!」


「火を点けて炙り出す作戦が失敗すれば、この男と同じ末路を辿るけど、それでも良いということですね?」


 暁は、まるで無垢な少女のように無邪気な笑顔で、鎖に繋がれた男を眼前に差し出した。

 ごくり、と生唾を飲み込む。不気味な緊張感が、喉の乾きを助長させて、まるで生唾を飲むことが癖着いてしまったかと錯覚を起こすほどだ。それほどまでに、10名の集団は、異様な雰囲気に溺れそうだった。


「あはは!そんなに怖がらなくても構いません。それじゃ火を起こしましょうか。火は、すぐに起こせるかしら?」


「は、はい。可能でございます」


「それでは急ぎましょうか。早く燃やして、不死身の辰風という無礼者を炙り出しましょう」


「そんなことしなくても、俺は、てめぇの後ろに居るぜ」


 刹那——!

 彼女にとって、聞き慣れない重低音の男の声が、闇夜を切り裂く。


 背後から放たれる黒い殺気に、誰もが鼓動を跳ね上げていたのも束の間。暁は眼を見開いて、後方を振り向くと視界を覆い被さるほどの巨大な黒い影が眼前に迫っていた。


 咄嗟に左の掌を顔面の前にかざすが、砲丸でも打ち込まれたような重い衝撃が頭蓋を揺さぶった。それが足底と気付いた時には、首は大きく反り上げ、全身は後方へ大きく吹き飛ばされていた。


 回転する視界の中、引率していた集団の中で、頭一つ抜き出た黒い影が佇んでいることが伺えた。一目見ればその人物の正体が分かる。その黒い影は、これから闇討ちを仕掛けようとした人物に違いない。それだけの強気が溢れている。


「くっ…!」


 暁は、宙で舞う最中、身体を大きく捻った。そして不意打ちをされたとは思えないほど、体制を整えて着地をした。しかし有り余る衝撃の強さを物語るように、着地と同時に砂埃が煙幕のように大きく舞い上がった。


 舞う砂埃の中、黒い影へ早急に視線を移す——が、脳が揺さぶられたのか視界が安定しない。彼女は苦虫を噛んだ表情で、片膝を着いて、再度視線を眼前へ移す。


 10名の集団は、突如として起きた出来事に、脳が処理しきれていない様子だった。前蹴りの形で足を上げた巨躯の姿が、ただ呆然と立ち尽くしている10名の後方で佇んでいる光景が視界に入った。


「くっ…距離を。距離を取りなさい!」


 衝撃の後遺症が拭えない状態ではあったが、凛とした通る声色で発破を掛けたことに、彼女の芯の強さが垣間見えた。すると数秒遅れて状況を把握した集団は「わあぁぁ」と声を上げながら、急いで茂みから飛び出していた。


 暁は、僅かに安定した視界を頼りに、太腿に取り付けていた苦無くないを取り出して、黒い影へ投擲する。しかし足底の衝撃を受け止めた左掌には痺れが残っており、僅かに孤を描いて下降しながら発射された。頭部を狙ったはずだったが、胸部を目掛けて風を切っていく。


 だが、苦無は鉄に衝突する音を上げたと同時に、情けなく地面へと落ちていった。黒い影が、茂みから闊歩して、悠然とその姿を露わにした。


「身の丈を覆うほどの大剣…そう、噂は本当だったのね」


 暁の眼前に、自身の身体を覆うほどの大剣を盾にした影が現れる。月光に煌めく銀の仰々しい光沢の裏で、鋭い眼光がこちらを覗き込む。そして静かな口調で、


「不意打ちの前蹴りを受け止め、咄嗟に10人に行動を促して、苦無を投げる…そう簡単に身に着く代物じゃねぇ。さすがだな」


 大剣に隠れた黒い影が、口にした賞賛の言葉は、同じく闘いに身を興じる戦士としての純粋な賞賛だった。


 暁は、口腔で滲む血を唾棄しながら、


「…うらららかな乙女の顔面をいきなり蹴るなんて、野蛮な挨拶ね。私好みの端正な顔付きだけど、礼儀作法を知らない者は眼中に無いわ。これだがら下賤の血は、肌に合わないのよ」


「麗らかな乙女は、鎖に、そんな物騒な物ぶら下げたりしねぇよ」


「あら。上級階級では、これが流行りなのよ。それに下々は知らないのかしら。異国でも、拷問が見せ物になっているらしいわ」


「くく、どうやらはなに関わると、頭が狂っちまうようだな」


「だったら、あなたも一緒に狂ってみない?案外、癖になるかもね…ふふ」


 応酬を重ねる2人は、闇夜の中で、にやりと微笑み合った。 

 もはや、わざわざ名前を聞く必要も無い。鎖に繋がれた刺青の男すらも不要である。お互いが眼前の者が、目的の人物だと確信をして、火花を散らして睨み合う。


 戦闘の皮切りは、黒い影からだった。重心を深く落とし、腰を捻り、薙ぎ払いの構えに移行する。


 そして「1、2、3……11。そして鎖で繋がれた野郎を入れて12…」と眼で数えながら、


「さすが瑠璃猫。ぴったり12人だ。だが、たった12人とは、この俺も随分低く見積もられたもんだな。しかしそっちから仕掛けてきたんだ。骨が砕けるぐらいは、我慢してもらおうか」


 黒い影は、大剣を握る拳に圧を掛ける。包帯の上からも浮き上がる血管が、その重厚さを物語る。


「不死身の辰風——推して参る」


 開戦を嬉々するように、暁は、不敵に微笑んだ。

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