裏12項 お料理の時間です


 どこかで見たことのある風景。

 わたしは、夢を見ているのだろう。


 「ワンワン!!」


 もう死んじゃったワンコ。

 ルーク様に似て、おバカで可愛い。


 チワワみたいに小さくて弱いくせに。

 負けん気だけは強くて、朝も夜も鳴いている。


 それにしても、今日のアンは逃げ足が早いな。

 わたしは息が上がっちゃったよ。


 一生懸命追いかけてるのに、追いつけないや。


 「メイ…、メイ……」


 え。アンってば。

 チワワなのに話してる!?



 

 まばたきすると、見慣れた部屋にいた。


 え。ルーク様の部屋!?


 あっ!

 そうか。わたしは昨日、ルーク様の部屋で……。


 掛け布団を少しだけめくり、覗いてみる。

 やっぱり、パンツ履いてない。


 そう思った瞬間、耳が熱くなって、喉がカラカラになった。心臓はバクバクしてる。手に力が入らない……。


 『もしかして、最後までしちゃった?』


 ああいうのって、何か感覚とか残るもんなんじゃないの? 

 股間に違和感とかないのだけれど……。経験値が低すぎてよく分からない。


 起きあがろうと身体を起こしたところで、自分が全裸なことに気づく。びっくりして、強引に毛布で身体を包もうとしたら、膝がひっかかって、ベッドから転げ落ちてしまった。


 アイタタ……。


 気づいたら、わたしは。

 ルーク様の方に足を開いて、尻餅をついてた。



 男の人に全部見られちゃった。

 ううー。死ぬほど恥ずかしい。


 なんだか、恥ずかしさって、限度を超えると怒りになるらしい。いま、わたしは理由なく、ルーク様に腹を立てている。


 だってね。

 なんだか、目を背けているよ。あの人。


 せめて、もうちょい違う反応とかあるんじゃないの?

 優しく毛布をかけてくれるとか、しっかり(?)襲ってくれるとか。


 もう。いい。知らない。


 わたしは、ルーク様を睨みつけると、寝室を出た。


 そして、毛布に包まりながら廊下を歩く。

 さっきまでの悲劇を演出してくれたメイド長に文句を言いに行くのだ。

 

 バタン!


 わたしは怒りのままに、勢いよくドアを開けた。

 

 メイドの控室に入ると、メイド長が椅子に足を組んで腰掛けていた。右手で三角メガネをあげると、こちらを睨み一言。


 「ちゃんと努めは果たしたのよね?」


 「いえ、その……。はい」


 ち、ちゃんと一晩を共にしたし。

 嘘ではないよね?


 「ふーん」

 メイド長は、目を細めてわたしの腰のあたりを舐め回すように見る。


 なんだか、怖い。

 ご奉仕が足りないとかいって、リトライさせられたらどうしよう。

 

 わたしは、目を合わせないようにして、急いで黒いメイド服に着替えると、ご挨拶もそこそこに控室をでた。


 そして、気づいた。


 あっ!!

 そういば、今日はバレンタインだ。

 どうしよう。何も準備してないよ。


 首にリボンつけて「プレゼントはわたし」すれば良かったかな。


 でも、なんか普通にゴチンってゲンコツされそう。さっき、目を背けられたし。


 そして、今日が、ピーマン克服の試食会であったことも思い出した。ルーク様に「絶対遅れるな」って言われたんだ。

 

 試食会まで、もうそんなに時間がないよ。

 どうしよう。


 いまから、お菓子を教えてもらえそうな人。

 お母さんくらいしか思いつかない。


 わたしはお屋敷の廊下を駆け、厨房を通り抜け、大通りを走って教会を目指す。


 途中、厨房で、九皿並んだ緑のピーマン料理を見た気がするが、目の錯覚だと思いたい。


 教会に入るとお母さんを探す。

 すると、お母さんはキッチンで作業をしていた。


 わたしは肩で息をしながら、お願いした。


 「おかあさん、ピーマンを使ったデザートの作り方教えて!!」


 「いいけど、どうしたの?」


 「バレンタインで必要なの!!」


 お母さんはわたしを見て「ふ〜ん」と言うと、半眼で口元を綻ばせた。


 「時間もあるし、まぁ、いいけれどね。それにしてもアンタ……、まぁ、いいか。年頃だもんね」


 な、なに?

 なんだろう。


 しかし、今のわたしには推理ごっこをしている時間はない。


 いまのわたしは、効率厨なのだ。


 手際よく教えてもらわねば。



 ちょうどタイミングよく、お母さんが下ごしらえしていたパプリカがあったので、それを使わせてもらう。


 一から手作りとか、拘りをみせている余裕はない。


 パプリカをよく裏漉しして、キビ砂糖をまぶす。そして、卵黄とミルクを入れて、湯煎する。


 きっと、ミルク沢山の方が美味しいよね。

 ルーク様。頭に栄養行き渡ってなさそうだし。


 そんな感じで、ミルクを適当に入れたのだが、固まらない。


 わたしが途方にくれていると、お母さんがため息をついた。


 「あのね。こういうのは分量が決まってるの。たくさん入れれば良いってものじゃないのよ」


 ええっ。そうなの?

 よく料理は愛情とかいうし、ミルクたっぷりがいいかと思ったのに。


 改めて作り直す。

 じ、時間がない。


 絶対に遅れるな、と言われていたのに、お腹ちゃんぱはもう嫌だよ。


 今度は、きちんと教えてもらった通りにつくる。もう創作とかアレンジとか一切しない。


 できた。なんとかそれっぽくなったぞ。


 鮮やかなオレンジ色のプリンだ。

 甘くて、ほっとする優しい香りがする。


 味見をしてみる。

 うん、美味しい!!


 すると、お母さんが何か持ってきてくれた。


 「これ、桜の花の塩漬けなんだけれどね。少し上にのせるといいよ」


 甘いものに塩っぱいもの?

 不思議な感じがするけれど、ここはママさんを信じることにした。


 ルーク様に隠し味を理解するような舌はないとは思うけれど、料理は愛情だもんね!


 お母さんがプリンを箱に入れてくれた。

 お母さんにお礼を言う。


 すると、なにやら耳打ちされた。

 お母さんの顔は見えないが、ニヤニヤされているのが分かる。


 「あなた、男の人の匂いがしてるわよ」


 えっ。 

 えーっ!!


 やっぱり、アレがコレでソレで。そーなっちゃって。わたしの身体の中に愛の残滓ざんし的な何かが残ってるの?


 アタフタしていたら、お母さんにお尻をポンっと叩かれる。


 「冗談よ!! でも、まんざらでもなさそうね。気をつけていってらっしゃい」


 わたしは、急いで来た道を逆に走る。

 すると、棒をもった子供たちに話しかけられた。


 これって時間かかるイベント発生?

 イヤな予感しかしない。


 「あのね、おねーちゃん。チルちゃんがね。あっちで転んじゃったの。泣いてて血が出てるの」


 ええい。こんなときに。

 今の1秒1秒には、お腹チョンパがかかってるのよ?


 わたしは、急ぐ気持ちを抑え、一呼吸する。

 そして、子供に聞いた。


 「チルちゃんはどこ?」


 そこから300メートルほど行ったところに、女の子が蹲って泣いていた。


 「あなたがチルちゃん?」


 すると、女の子はわたしの方を見るが、ヒックヒックしていて、話せる状況じゃなさそうだ。


 でも、すごく痛いらしい。

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔を歪ませている。



 「お膝を見せてね」


 ん。

 骨が出ちゃってるよ……。


 これ、転んだなんて可愛いものじゃない。

 いまから、病院連れて行ってる時間はないし。


 放置したら、後遺症でちゃうかも。


 ……あまり使っちゃいけないと言われているが、仕方ない。

 

 わたしは、辺りを確認する。

 大人はいないようだ。よかった。


 わたしは口の前に人差し指を立てると、聖句を口ずさんだ。


 「「ブレスド•ヒール」」


 チルちゃんの膝に手をかざす。

 レイア様の祝福の光が、チルちゃんの傷を癒していく。


 チルちゃんは泣き止んだ。


 「おねえちゃん? 痛くないよ」


 そして、その場で笑いながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 

 よかった。

 でも、はしゃいで、また転んだりしないでね?


 わたしは、チルちゃんに内緒にしてくれるようにお願いすると、お屋敷に急いだ。

 

 廊下を走って厨房を目指す。

 途中、マリーさんに睨まれたが、構っていられない。


 いまのわたしは命懸けなのだ。

 両手でスカートを持ち上げ、必死に走った。


 はぁはぁ。


 わたしが肩で息をしていると、シェフに声をかけられた。よかった。間に合ったみたいだ。


 ワゴンに料理をのせる。


 お皿に盛り付けられている神々しい料理たち。

 全員、緑ですね。


 『シェフさん。ごめん。緑はNGってアドバイスすればよかったね。また来世であおうね?』


 わたしは目頭を熱くしてシェフの方を見る。

 すると、シェフはわたしにグッと親指を立てた。


 え?

 なに?

 これ、自信作なの?


 なにか秘策があるのかな。

 わたしにも、とばっちりがくる可能性があるし、できれば、穏便に乗り切って欲しいのです。


 そして、十皿目にプリンを忍ばす。

 

 あれ?

 プリンの箱の中にメモがある。


 中のメッセージを読む。

 「ご主人様。赤ちゃんができました。きちんと責任とってね。メイより」


 これ、お母さんが入れたんだ!!!!

 どおりで口元を綻ばせていると思った。


 ……女って怖いよ。


 わたしはメモをポケットの中に突っ込んだ。

 

 さて、早くお料理を運ばないと。

 わたしのダメなご主人様がお腹を空かせてしまう。


 『ルーク様、今日がバレンタインって気づいてくれるかなぁ?』


 わたしは、今日を一緒に過ごせる幸せを感じ、そして、いっぱいのドキドキと、ちょっぴりの期待を胸に抱いて。

 

 ルーク様の待つ食事室を目指して、ワゴンを押すのだった。


 

 ★今回のお話しの表側★

 「第12項 試食会の時間です」


https://kakuyomu.jp/works/16818093075519809159/episodes/16818093075537830547

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