6-4.気高く最も美しい鳥の王

 次に発する言葉がみつからず、室内が静かになる。


 と、かすかなうめき声が女神様の手の中から聞こえた。


(うう……っ? いい匂い……?)


「が、ガベルちゃん! ガベルちゃんの声が聞こえました!」


(……ぼく……の……めがみ……さま?)


「そうです! わたくしです! ガベルちゃん! しっかりしてください!」


(ガベル! 俺だ! サウンドブロックだよ!)


 必死に叫ぶ女神様とサウンドブロックを、美青年様と元帥閣下は痛ましい目でみつめる。


 ふと、なにかの気配を感じ、元帥閣下の視線が彷徨う。視線は女神様の手のところで止まった。

 女神様の手に羽根が握られている。

 見事な形の風切羽だ。


「イトコ殿! なんてことを! おやめください! その尊い御羽根は、このような場で、そのようなモノに使用するものではございません!」


 美青年様が女神様を叱りつけるが、次の瞬間、予期できなかったことが起こる。


「黙れっ! かしましい! 補佐の身であるお前が、我の前に立ちふさがり、我のなそうとすることを妨げるなっ!」


 蒼い瞳を爛々と輝かせ、女神様が強い声で美青年様を一喝したのだ。

 甘い柔らかな気配は消え去り、代わりに王者の威圧を放ってくる。

 事務室がビリビリと震えていた。

 この場にセキュリティシステムが同席していなかったら、女神様の怒気に耐えきれず、室内の備品が一斉に爆発していただろう。


 美青年様は雷に打たれたかのように震え上がると、次の瞬間には深々と頭を垂れていた。

 元帥閣下は慌ててその場に跪き、最上の礼でもって、女神様に敬意をあらわす。


 かわいらしい外見に騙されていたが、女神様は『全異世界の鳥たちを統べる、気高く最も美しい鳥の王』なのだ。

 美青年様を従える尊き御方だ。


 女神様が手にしている羽根は、白い……いや、見る角度によって、色々な色にみえる魔力あふれる『虹色に輝く羽根』。


「ガベルちゃんのお願いを教えてください。ガベルちゃんが、わたくしの眷属となるのなら、その願いを叶えてさしあげます!」


(……ボクの願い?)


「そうです! ガベルちゃんのお願いです! わたくしは、ガベルちゃんをわたくしの眷属として迎え入れる覚悟を決めました。だから……その報酬として、ガベルちゃんのお願いを叶えてあげられます」


(ボク……ボクの願いは……ボクが消えたとしても……サウンドブロックが……悲しむことなく、幸せでいてほしい……です)

(ガベルぅぅぅぅぅっ!)


 サウンドブロックが号泣する。


「なんてことを願うのですか! 自分のことは願わないのですか!」


(ボクのねがいは……サウンドブロックが……ずっと、ずっと……幸せでいる……ことです……)


 ああ……と、女神様はガベルを抱きしめ、その場に泣き崩れる。


 女神様が手にした『虹色に輝く羽根』が輝きを放ち始める。



 空よ 空よ 高き空よ……

 青く輝く空に響け……



 女神様が歌をうたいはじめる。


「おい、サウンドブロック」


(はい? 美青年様?)


「おまえは、わたしの下僕になる覚悟はあるか?」


(……げ、下僕! いきなり、どうして?)


 美青年様の手には、黒い羽根が握られている。

 女神様のものよりも大きく、立派な風切羽だ。

 黒色の羽根は、見る角度によって、赤にも青にも、緑にも……色々な色にみえる。

 この羽根も魔力にあふれる『虹色に輝く羽根』だ。


「サウンドブロックは、この羽根の大きさに見合った忠誠と献身を、わたしに捧げる覚悟はあるか?」


 サウンドブロックは息を飲み、美青年様の羽根を見つめる。

 強い魔力を秘めた羽根が、サウンドブロックの心に訴えてくる。


「覚悟があるのなら、願いを叶えてやろう。願いを言うがいい」


(俺は……ガベルを……いえ、ガベルとずっと、ずっと、一緒にいたいです。ガベルがいない毎日なんていやです! ガベルがいてくれるから俺は幸せなんです!)


「よく言った。その願い、わたしが叶えてやる!」


 美青年様はそう言うと、黒い風切羽を宙に放ち、床に座り込んでいる女神様の側に寄り添う。



 空よ 空よ 高き空よ……

 青く輝く空に響け……



 女神様の歌声に、美青年様の歌が急いで追いかける。


 それに気づいた女神様が嬉しそうに微笑み、歌の速さをゆっくりと緩める。

 しばらくすると、女神様と美青年様の歌がぴたりと重なり合った。



 ……遠き 遠き 天高き尊き空へ

 尊き願いを 羽根に託し

 舞いあがれ 舞いあがれ

 尊き願いを 聞き届けよ

 叶えよ 叶えよ 尊き願い



 オークションハウス内に、清々しい風が吹き抜け、澄み切った魔力に溢れる。

 ドアノッカー元帥は帽子を胸に抱え、深々と跪く。


 二枚の羽根がふわふわと宙に舞う。


 黄金に輝くふたりは身を寄せ合い、仲良く歌をうたいつづけた。


 羽根は歌声にあわせてくるくると回りながら、眩い光を放つと、光の粒子となって砕け散った。


 宙を舞う花弁のように、光の粒子はキラキラと輝きを放ちながら、ゆっくりと舞い落ちる。


 光はガベルとサウンドブロックに吸い寄せられるかのように降り積もり、溶けるように消え去った。

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