6-5.人型化

「ちょっと! ちょっと! コレって、どういうコトですかっ!」


 サウンドブロックが大きな声で叫ぶ。


「人型化しただけだ。そこのセキュリティシステムと同じ現象だ。驚くことでもない」

「いや、いや! 驚きますよ!」


 黒スーツ姿の若者が、美青年様に猛然と抗議する。


 ふたりの歌が終了したとたん、目の前がくらくらした……と思ったら、サウンドブロックはニンゲンの姿になっていたのである。


「しかも、この姿!」


 ガラス戸棚に映り込んだ姿を、サウンドブロックはちらりと見る。


「なんか、服装とか、見た目とか、ワカテ……若手オークショニアによく似ているんですけどっ! どうしてですか!」

「……そんなに似ているのか?」


 美青年様が首を傾げながら、元帥閣下に確認する。


「まあ……似ていなくもないですが、ふたりが並ぶと、あきらかに違うとわかるでしょう」

「あんなヤツと並びたくない!」


 サウンドブロックはプリプリと怒る。


「どうして、俺も人型になっちゃったんですか?」

「わたしの下僕となったのだから、働いてもらうときは人型でないと。木の塊のままでは使い道がない。当然の結果だ」

「下僕……ええ、俺は下僕です。約束は守ります。でも、その前に、俺たちは、木槌と打撃板として、ザルダーズのオークションを導く役目があるんですよ! 元の姿に戻れるんでしょうね?」

「そなたは質問が多いな……」


 美青年様がウンザリとした表情で首を横に振る。

 すでにサウンドブロックを下僕としたことに、後悔しはじめているようであった。


「お言葉ですが、美青年様。人型化した魔導具たちも、最初はものすごくとまどっておりました。あの反応はまだマシです」

「いや、そなたの配下と比べるのが間違っている。あれは……騒々しいというレベルではない。次があるようなら、黙らせろ! とくに、あの……三番待合室のシーリングライトは、道具の戯言とはいえ、二度とコトバを発することができぬように、口を封じたいくらいだった」

「努力はいたしますが、おっしゃるとおり所詮は道具。獣は躾けることができましても、道具に躾の概念はございません。初期設定が全てです。さてはて、道具ではどこまで理解できることやら」


 元帥閣下の返答に美青年様は額に手をやり「どいつもこいつも……」とブツブツ呟く。


「わたしは副業を認めているから、わたしからの呼び出しがないときは、本来の業務に励んでもらってかまわない。だが、わたしの声には必ず従うように。わたしの声が最優先だ」

「承知いたしました」

「わかったよ……って、元帥もかよ!」


 自分の隣で恭しく腰を曲げる金髪の大男を、サウンドブロックは驚きの眼差しで見つめる。


「まあ、成り行きで?」

「成り行き? 元帥のことだから、長いものに巻かれただけなんじゃないか?」

「……そうとも言うかな」

「おいおい! 大丈夫かよ! ココのセキュリティは!」


 元帥閣下の自己防衛本能がすごすぎる。

 ザルダーズのオークションハウスは、許可なき侵入者に対しては、躊躇なく攻撃する。

 それは……消し炭すら残らないくらいの高火力と云われているらしい。


 が、初代オーナーは、攻撃よりも防衛の方に重きをおいたという。


「心配するな。美青年様に、オークションハウスのセキュリティ支援をお願いしたからな。大船に乗ったつもりでいるといい」

「そ、それが、元帥のお願いか?」

「そうだ。失った魔力も補填してもらえたから、日が昇る頃には再起動が終わっているだろう。システムが活動を再開したら、自動修復機能も作動する」

「……それって、ニンゲンがびっくりするんじゃないか?」

「大丈夫だ。ここは、異なる全ての世界が交わり合う不安定な場所だからな。なにが起こっても不思議ではない」

「……相変わらず、ザルな論法だな」


 ニヤリと笑う元帥閣下を、サウンドブロックは呆れ顔で眺める。

 こうして話をするのは初めてなのだが、全く違和感がない。

 同じ人物に仕える下僕同士だからだろうか。


「サウンドブロック、最初はとまどうかもしれないが、打撃板には戻れるから安心しろ。よい行いを積めば、丑三つ時以外でも、人型化も可能になるらしい」

「らしい……でしょ?」

「いや、今までその必要がなかったから試さなかっただけで、美青年様の下僕となった今なら、それも可能な気がしてきた。今度、一緒に、試してみよう」

「そうだな……って、俺たち、夜が明けたら、修繕にだされるんですけど!」

「だったら、戻ってきたら、特訓しよう!」


 やる気がなかった元帥閣下が、変なやる気をだしている。

 下僕化したことによる副作用か?

 約束だからな、と言われ、サウンドブロックはしぶしぶ頷く。


「……っていうか、コレって、姿の変更ってできないのか? この姿、やっぱりヤダ!」

「サウンドブロック、それは無理だな。人型になるには、モデルとなるニンゲンが必要なようでな」


 人型化した部下を大量に抱える元帥閣下が、新人指導モードに切り替わっていた。


「モデル? いやいや、あのワカテをモデルにしようなんてありえない! 天地がひっくり返ってもありえない!」

「そもそも、モデルとなるニンゲンは、持ち主であったり、制作者であったり……ココの場合は絵画に影響を受けるモノが多いな。統計の結果、そのモノに対して、『鮮烈な印象を与えたニンゲン』に近い人型になるようだ」

「え……? 鮮烈な印象?」

「そうだ。その……昼間、ワカテくんを罵っている声が、ハウス中に響き渡っていたから、それだけ、ワカテくんは印象に残るニンゲンなんだろう」

「え、えええ――。そ、そんなぁ……せめて、チュウケンさんみたいなカッコいい大人のオトコにしてくれよ」


 黒スーツ姿の若者は、がっくりと肩を落としたのであった。

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