6-3.ぶろーまんすなふたり
「だから、お兄さまとは呼ぶな! わたしのことをお兄さまと呼んでよいのはイトコ殿だけだ! 不愉快だ! もう……仕方がない、今までどおり、ちょっと恥ずかしいが、美青年様と呼べ!」
〔あ……やっぱり、美青年様っていうのは恥ずかしいのか〕
「サウンドブロック! 聞こえているぞ!」
(も、申し訳ございません! お兄さ……いえ、美青年様!)
「まったく……一体、このオークションハウスはどうなっている! セキュリティシステム!」
「はいっっ! 申し訳ございません! 以後、備品たちには美青年様呼びを徹底させます!」
「違う! こんなにあっさりと、イトコ殿をオークションハウスに招き入れてどうするつもりだ! 鉄壁のハウスではなかったのか!」
「いえ……あの。女神ちゃまに」
「ああん?」
美青年様の顔から表情が抜け落ちる。怒っている顔よりも怖い。
元帥は慌てて言い直す。
「女神様にウルッとお願いされたら、美青年様は断れますか?」
「わたしは無理だが、セキュリティシステムは断れ! それくらいやってのけろ!」
〔なんて無茶ぶり!〕
「お言葉を返すようですが……丑三つ時に供もつけずにおひとりで訪問された、可憐な女神様を玄関先で追い返すよりも、こうして招き入れて、ワタクシの管轄下で保護した方が、安全ではないでしょうか?」
元帥の提案に、美青年様の表情が変化する。
「そ、それもそうだな。確かに……そうだな。外をウロウロされるよりは……。今後もよろしく頼む」
「承りました。ワタクシの管轄下にある限り、女神様の安全は保証いたします」
〔すげ――! さすがだ! 保身術に長けた元帥閣下だ! 言い逃れがすごすぎるぞ。しかも、今後って……これから先も、女神様のニンジャチャレンジがつづくの前提か!〕
「サウンドブロック。しっかり聞こえているからな」
美青年様に睨まれ、サウンドブロックがシュンとなる。
「さて、お待たせいたしました、イトコ殿……って、どこに逃げようとなさっているのですか?」
「ひゃうっっっっ!」
ソロソロと部屋の奥の方に移動していた女神様に、美青年様が声をかける。
「女神様、その先にある扉は、残念ながら掃除用具入れです。この事務室の出入り口は、ここ、ワタシタチがいる一箇所のみとなっています」
「え? そ、掃除用具入れの扉……秘密の脱出路ではないのですか! 隠し通路はどこです?」
「オークションハウスには残念ながら脱出路も隠し通路もございません」
「なんですって!」
心底驚いている女神様が可愛い。
「イトコ殿、こちらへ……」
そのようななか、美青年様がすっと手を差しだす。
観念したのか、女神様はトボトボと美青年様の側に近寄る。
「さあ、戻りましょう。こんな夜更けに訪問しては、みなに迷惑をかけてしまいます」
「え? 元帥さん? わたくしは元帥さんにご迷惑をかけているのですか?」
ウルっとした瞳で、美青年様の背後に立つ元帥閣下を見つめる。
「い、いえ。女神様! めっそうもない! 迷惑など、そんなことはありません!」
「余計なことは言うな!」
「ホラ! お兄さま! 元帥さんも迷惑ではないとおっしゃっていますわ! わたくしは、まだ戻れません!」
「え…………?」
女神様の主張に、元帥閣下の顔がぎこちなくひきつる。
美青年様は大きな溜め息を吐きだした。
「わたしのイトコ殿は、なににお困りなのですか? 戻ることができない理由をお聞かせ願います」
「…………」
「イトコ殿?」
女神様はおずおずと抱きしめていたガベルを美青年様の前に差し出す。
「ガベル……ですか?」
美青年様の形の良い眉が跳ね上がる。
「お兄さま! 大変なのです! わたくしの……わたくしのガベルちゃんが……ガベルちゃんが……」
女神様の手の中にあるのは……衰弱している木槌だ。今にも消えてしまいそうな弱々しい存在だった。
元帥閣下が思わず息を飲む。
女神様の美しい瞳から涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
美青年様がそっと手を差し伸べ、ガベルの頭と柄のつなぎ目に触れる。
指先が光り、ガベルが眩しい輝きに包まれる。
が、光はすぐに消えてしまった。
美青年様はゆっくりと首を横に振る。
「イトコ殿、残念ながら、このガベルはだめです。最後のお別れのお言葉を……」
(ええっ! 美青年様! 最後のお別れって! どういうコトだよ!)
サウンドブロックが、収納箱の中で猛然と声を張り上げる。
(最後って、なんだよ! コラ! そんな縁起の悪い……イテッ)
美青年様がサウンドブロックを中指でパチンとはじく。
「今は、イトコ殿と話をしているのだ。黙りなさい」
美青年様は収納箱からサウンドブロックをとりだすと、ガベルがよく見えるところまで持ち上げる。
「イトコ殿のコトバであれば、届くはずです。このガベルもイトコ殿のお声を望んでいます」
女神様はフルフルと首を振る。
宝石のような涙が飛び散り、ガベルとサウンドブロックにポタポタと落ちる。
「嫌です! 嫌です! ガベルちゃんは、『知る辺の樹』様のカケラを受け継ぐ、とってもいい子なのですよ! 見捨てないでください! とってもよい音で鳴る子なのですよ! 助けてください! お兄さまなら、ガベルちゃんを助けることができるでしょ!」
「無理です。消えかかっている魂を繋ぎ止めるだけの気力が、このガベルには残っていません」
(そ、そんな! ガベルぅ!)
「そんなことはありません! わたしのガベルちゃんと、お兄さまのサウンドブロックさんは、とっても、とっても、強いキズナで結ばれているのですよ!」
「そうだね。それはよくわかるよ」
「それはとても神聖で尊いものなのです! お兄さまであろうとも、それを簡単に断ち切ってよいものではありません!」
「いや……別に、わたしは断ち切ろうというわけでは……」
「お兄さま! ぶろーまんすなふたりが生みだすキセキをなめてはだめです! ぶろーまんすです! 侮っては、イタイメみます! ふたりのぶあついきずなは……ええと……あいを……しのいで、キセキは……たたきおこす……でしたかしら? お兄さま間違っていませんか?」
〔女神様! ブローマンスってなんだよ! そういや、ガベルもそんなこと……言ってたような?〕
「ぶろ…………? イトコ殿、わたしにそのようなことをきかれても……困ります」
困惑顔で、美青年様は後ろの大男へと視線を向けた。
「申し訳ございません。ワタクシはそういった類の知識には疎く……副官が詳しかったと思うので、確認しておきます」
いきなり話をふられたドアノッカー元帥は、しれっとした態度で、ちゃっかりこの場にいない人物に責任をなすりつけた。
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