5-5.サウンドブロック

(わかった! わかったよ! チュウケン! アンタが言いたいことは、あのアホなワカテに変わって、俺が理解してやった! チュウケンはすごくいいコトを言った! 感動した! モーレツに感動した! 俺がしっかりと聞いてやった! だから、頼む! いい加減、ガベルを振り回すのはやめてくれ!)


 ガベルは泣き止んだ。

 いや、あまりにも振り回されすぎて、目を回して気を失ってしまった。


〔これ以上、振り回され続けたら、本当にガベルの頭がとれてしまう!〕


(チュウケン様! 手持ち無沙汰なのかもしれないが、とりあえず、ガベルを振り回すのだけはやめてくれ!)


「わかりました」


 ワカテくんは机に向き直ると、事務処理を再開する。

 なにがわかったのかよくわからない返事に、チュウケンさんは残念そうな表情を浮かべながら、ガベルを収納箱へしまった。


(が、ガベル! ガベル! しっかりしろ! 生きてるか!)

(あ、ああ……な、なんとか……)


 蚊がなくようなか細い返事に、サウンドブロックは滝のような涙を流す。


(ホント、酷い奴らだ! ガベルをこんなに傷つけて! 許さん!)

(サウンドブロック……ボクは大丈夫じゃないけど、大丈夫だから、ちょ、ちょっと、静かに……して……。耳元で叫ばれると……あ、頭が……イタイよぉ。ボクの女神様……タ、ス、ケテ……)

(が、ガベル! どうした!)


 再び、意識を失ってしまったガベルに慌ててサウンドブロックが声をかけるが、返事はない。


(ガベルぅぅぅぅぅっ!)


 静かになってしまったガベルに、サウンドブロックは驚き慌てる。

 いまにも消えてしまいそうな気配に、涙が止まり、冷や汗がどっと吹き出す。


(まずい! やばい! 誰か! 誰か! このままだと、ガベルがただの木の木槌になってしまう! 嫌だ! そんなの嫌だ! 助けてくれ!)


 オークションハンマーでなくなったただの木槌は、この先どうなってしまうのか?


 よい音で鳴ることができなくなる。

 考えただけでも恐ろしい。

 役立たずは追放され、捨てられてしまうのか?

 暖炉の薪になるのか?


 ガベルはガタガタと収納箱の中で震え上がった。


「……それでは、チュウケンさん、ガベルは修繕にだせばいいんですね」

「そうだな。ガベルを治せそうなスタッフたちは、セキュリティ魔導具の補修で忙しいから無理だろう。修繕にだして、しっかり修復してもらうのがいいかな」


(ガベルを修繕にだすって? 俺! 俺! 俺はどうなるんだよ! 俺はどうなっちゃうんだよ!)


 ミナライくんとチュウケンさんの会話に、ガベルは驚きひっくり返りそうになる。


「サウンドブロックの方はどうされますか?」


(俺もだ! 俺も連れていけ! 俺も一緒に連れていけ! ガベルをひとりにしないでくれ!)


 ウンウン唸っているガベルにサウンドブロックが体当たりする。


 ガベルが(あうぅっ)と、かすかな呻き声をあげたが、動揺しているサウンドブロックは気づかない。


 サウンドブロックの頭の中は、どうやったら、自分の声が、自分の希望がチュウケンさんに伝わるのか……でいっぱい、いっぱいだった。


「サウンドブロックなぁ……。時間があれば」


(ないないないないないないないない! ないよ! ないよ! 時間なんてないからね! チュウケンは忙しいだろ! 贋作指摘のあった絵画の調査でめっちゃ忙しくなるじゃないか! セキュリティ魔導具の修繕にも駆り出されるだろ! 俺なんかを修繕しているヒマなんて、これっぽっちもないぞ! 自分のびっしりと埋まったスケジュールを把握しているか? チュウケンはヒマじゃないんだ! 忙しいぞ! 働きすぎはよくないんだぞ! 俺も一緒に……ガベルと一緒に、セットで収納箱ごと修繕にだせ! こういうときの外注だ! 外注! 外注! まとめて外注!)


「……贋作鑑定の依頼をしなきゃいけないからねぇ。セキュリティ魔導具の再起動作業も手伝わないといけないし。時間がとれないなぁ。サウンドブロックの修繕も、外部に頼まないといけないか」


(やった!)


「わかりました。前回と同じところでしょうか?」

「そうだな……ガベルはハマーの工房、サウンドブロックはグルーの工房がいいかなぁ。ベテランさんにはわたしの方から伝えておくよ」

「わかりました」


(…………え?)


 サウンドブロックの頭の中が真っ白になる。


(え? え? べつべつのところ……?)


「急いだ方がいいから、これから梱包の準備をしておいてくれるかな? ふたりの許可をとったら、すぐに発送できる状態にしておいて」

「はい!」


(はい? どういうこと?)


 パタリと収納箱の蓋が閉じられる。


(いや、ちょ、ちょっと? チュウケン? チュウケンさん、いや、チュウケン様! そ、それはないだろ? 嘘だ! い、いやだあああああっっ!)


 サウンドブロックはありったけの声で叫ぶ!

 暴れる!

 箱を揺らす!


「じゃあ、頼むよ。とりあえず、ガベルとサウンドブロック、それから発送用のケースは、二番の作業台に置いて、そこで作業してね」

「わかりました」


(わかりましたじゃね――っ! テメエら俺の声を聞け!)


 チュウケンさんの手からミナライくんの手に収納箱が渡される瞬間、サウンドブロックは渾身の力を……持てるすべての想いをかけて、収納箱に体当たりをする。


「あ、しまった!」

「ああっ!」


 収納箱がチュウケンさんの手からすべり落ちる。

 ミナライくんが反射的に箱をつかもうと手を伸ばすが、収納箱は派手な音をたてて床の上に落ちた。


 はずみで蓋が開き、ガベルとサウンドブロックが転がり出る。


 打撃板はコロコロと床の上を転がっていく。


「ああっ! 箱が!」

「すまん! 手がすべった!」


 チュウケンさんは慌てて席を立ち上がると、収納箱とガベルを拾い上げる。


「大きな音をたてないでください。びっくりしましたよ。魂が宿っているというモノを、そんな風にぞんざいに扱っていいんですか?」


 ワカテくんの嫌味をチュウケンさんはいつものごとく軽く聞き流し、転がっていったサウンドブロックの行方を追う。


「サウンドブロックはどこにいった?」

「たしか……こちらの方に転がっていったと思うのですが……」


 見習いオークショニアと中堅オークショニアは身をかがめると、机や椅子の下を必死になって探しはじめた。

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