5-4.大切な仲間
ふたりの表情の変化を注意深く観察しながら、チュウケンさんは言葉を続ける。
「このガベルとサウンドブロックは、ザルダーズの創業時から使用されているモノだ。初代オーナーが、自ら探して買い求めた品らしいね」
「はい。知っています」
そのくだりはベテランさんからも、オーナーからも聞いている。
ザルダーズのスタッフなら全員が知っていることだ。
ドアノッカー、ベル、柱時計、砂時計、演台、シャンデリア、花瓶……創業時から変わらず、大事に、修繕しながら使われているザルダーズの調度品や備品、魔導具はたくさんある。
オークションハウスも当時のままの外観、内装もできるだけそのままの状態を保つように努力している。
「ザルダーズはね、それらの調度品とともに今日までやってきたんだよ。やってこれたんだ。いわば、『彼ら』は同士。共にオークションを運営する大切な仲間なんだよ」
「モノが仲間ですか?」
ワカテくんの目に、嘲るような光が浮かんだ。
不快感をすぐに顔にだしていては、駆け引きを演出するオークショニアとしては未熟といえよう。
チュウケンさんは淡々と言葉を続ける。
「仲間だよ。このガベルとサウンドブロックは、わたしたちがオークションを滞りなく進めるためには、なくてはならないパートナーだよ」
「どのガベルとサウンドブロックでも同じではないですか? 新しいモノの方がよいと思います」
ワカテくんの残酷なセリフに、サウンドブロックは怒り狂い、ガベルは泣き崩れる。
(そ、そんな。ひどいよ! オレたち、いい音をだそうと、一生懸命、がんばってるのにぃぃぃ!)
(ちくしょ――! コイツ嫌いだ! めちゃくちゃ嫌いだ! 可愛いくて健気なガベルをこんなに泣かすなんて、許せない! 祟ってやる! 呪ってやる! 末代まで、ぜって――忘れないぞ! 絶対に、協力なんかしてやんね――からな! テメーなんか、オークショニアを名乗る資格なんてねぇっ! さっさと辞表をだしやがれ! 職員たちが認めても、俺はぜったいに認めないからなっ!)
ワカテくんの主張に、チュウケンさんは小さなため息を吐きだす。
(ああ……やっぱり、こいつもダメか)
ため息は失望の嘆きとなる。
ワカテくんは、事務仕事は得意なようだから、補助スタッフであれば……アンダービッターであれば、その実力を十分に発揮できるだろう。
いや、ワカテくんの能力は、アンダービッターで真価を発揮するものだ。
それとなくアンダービッター・リーダーにワカテくんの話をしているのだが、
「チュウケンのこだわらない性格は好感が持てるけど、もう少し、ワカテくんに対して執着してもいいんじゃないかな? なんだかんだいっても、ワカテくんは、今までの子と違って、キミの無茶苦茶なワガママにつきあうことができる貴重な逸材だよ。その部分は評価してあげようよ? ヒトとの縁は、そんなに気軽に手軽に手放しちゃだめだ。ミナライくんもいることだし、これからはアノ子がいい刺激になってくれる。もうちょっとがんばってみなよ。こっち側からもしっかりサポートするからさ」
とかなんとか言って、全く取り合ってくれない。
じゃあ、ベテランさんはというと
「ワタシも年ですからねぇ……。甘えるのもいいかげんにして、目の前の老骨をいたわりなさい。いたわり具合がまだまだ足りませんよ。老体の寿命を縮めるような、疲れる新人指導は、チュウケンくんに任せる時期にきたのです」
とかなんとか言って、この人も全く取り合ってくれない。
別に新人指導が面倒くさいわけではない。
ワカテくんは、ザルダーズのオークショニアに一番必要な『魂』を持ち合わせていないのだ。
魂のない器に、どれだけ素晴らしい『コトバ』をかけたとしても、それは虚しく表面を滑り落ちるだけだ。
魂に伝えないといけない『コトバ』なのに、伝えるべき魂がなければ、それは宙に浮いたままだ。
モノの真贋を見極める『眼』。
モノの秘めたる声を聞き取る『耳』。
モノの歴史を読みとく『手』。
モノを探して見つけだす『鼻』。
だが、なによりも大事なものは、
モノの『魂』を知りたいと渇望しつづける己の『魂』だ。
チュウケンさんは、そのことを先代のオーナーより教わった。
残念ながら、いかに記憶力が優れ、美術品、骨董品に関する知識があろうとも、肝心の『魂』がなければ、ザルダーズに引き寄せられる品々を正しく評価し、次の所有者に引き渡す架け橋となることはできない。
このままの状況が続くようであれば――ミナライくんが舞台に立てるようになったら――その実力差は歴然とし、ワカテくんは補助スタッフに回されるだろう。
チュウケンさんとアンダービッター・リーダーがそうであったように……。
その屈辱にワカテくんが耐えることができるかが問題だ。
人事について判断するのはオーナーとベテランさんだが……。ふたりであるなら、とうの昔に気づいているだろう。チュウケンさんでも気づいたことだ。
気づいているうえで、チュウケンさんにワカテくんの教育を任せているのだから、あのふたりはあいかわらず意地悪だ。
だからといって、性格が合わないからこのまま放置……というわけにもいかない。
普通の石であっても、ザルダーズが拾って磨き上げ、付加価値を与えれば、それは立派な宝玉となる。
それはモノもヒトも同じである。
一縷の望みがある限り、本人がソレを望まない限り、ザルダーズでは『手渡す』ことはあっても『捨てる』という選択肢はありえない。
チュウケンさんもオークショニアの端くれであるからして、後進の育成にもつとめなければならない。
ベテランオークショニアと呼ばれるには、ただ、オークションの進行が上手いだけではだめなのだ。
チュウケンさんは、めんどくさいことに巻き込まれたなぁ……と思いつつも、平常心を保つ。
自分がミナライくんやワカテくんをこうして試しているのと同様に、自分もまたベテランさんやオーナーに試されているのだ。
この警告がワカテくんの『魂』に響いてくれたらよいのだが……と願いながら、チュウケンさんは口を開いた。
「そうかい? だったらきみも、このコたちと同じように、『どのオークショニアでも同じだ』……と言われたいのかな? ちょっと、使えないからって、簡単に新しいモノと交換したらいい……って言われたいのかな?」
「…………」
「コトバというものはね、めぐりめぐって、己に還ってくるものだよ。とくに、わたしたちのように、長い時間をかけて慈しまれたモノに、新しい価値を与え、『コトバ』を操り、『魂』に訴えることを生業にしているモノは、『モノのタマシイ』も『コトバのタマシイ』も大事にしないといけないよ?」
「…………」
ミナライくんが力強く頷く。
だが、ワカテくんからの返事はなかった。
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