4-7.『黄金に輝く麗しの女神のお兄さま』様
〔なにをやっているんだぁ――っ!〕
今日は何度、悲鳴をあげたのか覚えていない。
サイアクだ!
なんて運の悪さだ!
やっぱり、オーナーのトラブルオート召喚スキルはとんでもなくレベルが高い。
ガベルはワカテくんの手をすり抜けると、くるくると回転しながら、勢いをつけて観客席の方へと飛んでいく。
ハンマー投げのような、翼でも生えたかのような、木槌は見事な飛びっぷりを披露する。
美青年様が驚いたような表情で、くるくると宙を舞うガベルを目で追っている。
女神ちゃまは今にも泣きだしそうな目で、宙を飛んでいくガベルを見つめている。
参加者たちは全員が背後の二階特等貴賓席を見ていた。
なので、オークションハンマーが回転しながら、自分たちの方に飛んできていることには全く気づいていない。
ガツン!
ガベルが床の上に落ち、ガツン、ガチン、ゴツンと、何回か床にぶつかりながら、観客席の中に滑り込んでいく。
数名のオークション参加者が、足元を転がるガベルに気づくが、若者の「コールはまだか!」という声に注意がそれる。
スタッフのひとりが素早く客席の中に潜り込み、落ちたガベルを拾い終えると、ワカテくんの手に握らせた。
ガベルを拾ったのは、ワカテくんの補助についていたアンダービッダー・リーダーだ。
彼はガチガチになっているワカテくんに言葉をかけてから、なにごともなかったような顔で定位置に戻る。
ワカテくんは大きく深呼吸をすると、もう一度、ガベルを握り高々と掲げ持った。
ガン! ガン! ガン!
木槌を勢いよく振り下ろし、打撃板を鳴らす。
特等貴賓席に釘付けになっていた人々が舞台の方に振り返り、止まっていた時が再び動き出した。
「みなさま! こちらの『美しい鳥の羽根』は、黄金に輝くび……」
ここで再び、若手オークショニアの声が凍る。
〔どうしたんだ?〕
元帥閣下は首をひねる。
セキュリティ魔導具たちは把握していなかったが、オークションスタッフには、
――『黄金に輝く美青年』様を見かけても、絶対に、『黄金に輝く美青年』という呼称を使ってはならない、新規参加者として接するように――
というオーナーからの通達があったのである。
美青年様は、女神様に自分が前々回のオークションに参加していたことを知られたくないようで、それを理解したオーナーの通達だったのだが……。
「お兄さま! どうなさったの? 落ち着いてください。落ちますよ! お兄さま!」
澄んだ美しい声が会場に響く。
「失礼いたしました。みなさま! こちらの『美しい鳥の羽根』は、『黄金に輝く麗しの女神のお兄さま』様によって100000万Gにて落札されました!」
〔ワカテくん! サマサマになってるじゃないか――っ!〕
元帥閣下が吠える。
また、美青年様が怒りだすのではないかと心配になったが、女神ちゃまの羽根が人手に渡るのを阻止することができて安心したのか、『黄金に輝く麗しの女神のお兄さま』様から怒気が消える。
残滓はあるにはあるが、あの激しい怒りは表にでてきていない。
パチパチパチパチ!
会場から拍手が沸き起こる。
〔お、終わった……〕
今度こそ終わった。と、元帥閣下は大きく息を吐きだす。
特等貴賓席のバルコニー部分から身を乗り出していた『黄金に輝く麗しの女神のお兄さま』様と『黄金に輝く麗しの女神』様の姿は見えなかった。
目眩ましの結界をどうしようか……と悩んだのだが、どうやら美青年様が結界を張り直したようである。
特等貴賓室の中は……完全に視えなくなっていた。
ワカテくんが立っていた場所に、ベテランオークショニアがするりと割り込む。
オーナーが特等貴賓室に釘づけになって動けないでいる現在、ナンバーツーの存在である、ベテランさんがこの場を収束させるのだろう。
幸いにも、オークション会場の内装には、大きな被害はみられなかった。
特等貴賓室のバルコニー柵が破損しているくらいか。
が、カンの鋭いオークションスタッフであれば、会場内の結界がボロボロ状態であることに気づいているだろう。
施設管理スタッフたちがバックヤードで忙しく動き回っている気配が、さきほどから感じられる。
ベテランさんは、にこやかな表情で「ぱん、ぱん」と手を叩いた。
ざわついていた会場が一瞬で静かになる。
「皆様、本日はザルダーズにお越しいただきありがとうございました。さきほどの異音の調査をいたします。誠に申し訳ございませんが、安全が確認されるまで、隣室にてしばしお待ちくださいませ」
滔々としたベテランさんの声が会場に響く。
「後ほど、オーナーがご挨拶に伺いますが、ザルダーズが保有しております『秘蔵のワイン』を隣室にご用意いたしました。どれも入手困難と云われているものばかりでございます。お待ちの間、お楽しみください」
ベテランさんが深々とお辞儀をする。
アンダービッダー・リーダーも優雅に腰を折り、ワカテくんもそれにならう。
壁際にいたオークションスタッフたちも一礼する。
〔ふ――。やれやれだぜ〕
元帥閣下は会場から退出する参加者たちを穏やかな気持で見送る。
だが、元帥閣下は忘れてしまっていた。
オークションはまだはじまったばかりだということを……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます