第5章 ガベルの受難!

5-1.オークション用ハンマー

 翌日。


 ザルダーズのオークションハウスのとある一室は異様な悲鳴に包まれていた。




(ううう……。痛い! 痛い! 痛いよお――っ)

(ガベル! 大丈夫かっ!)

(い、痛い! 痛い! 痛い! やめて! 助けて、サウンドブロックう――っ!)

(おいっ! ゴラッ! チュウケン! もっと優しく扱えってんだ! 俺のガベルがめちゃくちゃ痛がっているじゃねえかっ!)


 サウンドブロックが中堅オークショニアに向かって吠えまくるが、当然ながら種族が違うので、どんなに頑張っても備品であるサウンドブロックの声は、ニンゲンであるチュウケンさんには届かない。


 仮に声が聞こえたとしても、木製品のコトバは、異国の言葉を聞き取るよりも難しいだろう。


 もちろん、ガベルが昨晩からずっと泣きじゃくっているのも、この鈍感なチュウケンさんは気づいていない……。




 ここはザルダーズのオークションハウスの一室。

 オークショニアやアンダービッターたちが、事務作業や出品物の確認を行うための事務室だ。


 整理整頓されたチュウケンさんの事務机の上には、サウンドブロックが入った収納箱がぽつんと置かれていた。


 ガベルは……チュウケンさんが握っている。

 握っているというか、ぶるんぶるんと振り回している。


 チュウケンさんの隣の席では、しかめっ面のワカテくんが、昨日のオークション結果の事務整理をしていた。


 ザルダーズのオークションは月に一度しか開催されない。

 では、オークションがない日は、司会進行を務めるオークショニアたちはぶらぶらしているのかというと、そうではなかった。

 次回以降の出品物の様々なチェックをしたり、目録を整理したり、出品できるものはないか探し回ったりと、とても忙しい毎日を送っている。


 オークションが終わったからといって、のんびりとはしていられない。

 次回以降のオークションの準備を行わなければならない。オークショニアは常に忙しい。


 オークショニアたちの拠点ともいえる事務室は、様々な道具や資料で溢れかえっていたが、出品物のチェックも行うので、作業用スペースは広くとられている。

 おまけに、すっきりと片付けられている。

 たくさんのモノがあるというのに、がらんとした印象さえある部屋だ。


 昨日のオークションは……とても大変だった。


 小休止を挟んだ上でオークションを再開したのだが、前座で億の声がかかったことや、みなが注目する『黄金に輝く麗しの女神』様と『黄金に輝く美青年』様が特等貴賓室にいらっしゃる、という興奮は小休止程度ではおさまらず、オークションは前回を上回る荒れっぷりだった。


 『黄金に輝く麗しの女神』様と『黄金に輝く美青年』様改め『黄金に輝く麗しの女神のお兄さま』様はロットナンバー『ゼロゼロイチ』が落札されたらすぐにオークションハウスを退出されたのだが……それを参加者に伝えることもできず、参加者たちは最後まで、いや、今でも、おふたりが最後までオークションに参加していたと信じ切っている。


 なんともこっけいな話だ。


 オークションが荒れたので、会場内の動揺を鎮めるために、ガベルとサウンドブロックの出番も自然と増えた。


 だが、ガベルは床上に落ちたときの衝撃で、頭と柄のつなぎ部分を痛めていたようである。

 

 すぐに修繕をしたらよかったのだろうが、誰もそれに気づかず、そのままオークションでガベルを使いつづけた。

 そのときの無理がたたったようで、木槌の柄と頭の繋ぎ部分に、ガタがきてしまったようだ。


 ガベルはオークション終了時からずっと(痛い、痛い。痛いよぅ……)と言い続け、真夜中あたりからシクシクと泣きはじめたのである。


 ただの木製品でしかない相棒のサウンドブロックは、痛がるガベルを抱きしめることしかできなかった。

 痛みを代わってやることも、治療してやることもできずに、ただ、オロオロするばかりであった。


 ガベルとサウンドブロックのメンテナンスを任されているミナライくんがガベルの異変に気づき、オークション終了の翌日――つまり今日――、ガベルの状態をチュウケンさんに報告した……という流れだ。

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