4-6.若手オークショニア

 どうしようもなくまずすぎるワカテくんの口上がやっと終わり、元帥閣下の集中力が一瞬だけ、わずかなゆるみをみせる。



(『黄金に輝く麗しの女神』様に、ボクががんばっているところをしっかり見てもらわないといけないんだからね! サウンドブロック、手抜きしたら容赦しないよ!)

(…………そうか! これは、俺たちの絆の強さを試す、神が与えた試練なんだ!)



 ガベルの喝に、サウンドブロックは大きく頷いた。


 口上を終えたワカテくんが木槌を手にする。

 これから入札が始まるのだ。



 ダン! ダン!

 バッリ――ン!



(え? なんだ!)

(なに? なんの音? ばりーんって、ボクたちの音じゃないよね! サウンドブロック! なにがおこったのおおおっ!)



 ガベルの震えた音に重なって、特等貴賓席の結界が破壊された甲高い音が会場内に響き渡っていた。


(ぐわっ! しまった――ぁ!)


 元帥閣下はオークションハウスの基礎に蓄積していたとっておきの魔力――別名ヘソクリ――をかき集めると、会場内に新たな結界を張りなおす。


 美青年様の怒気が一気にほとばしるが、結界が全てを受け止め、きれいに消し去る。

 と、同時に、結界も容赦なく消えてしまった。


 もう、オークションハウスには美青年様の怒りをやりすごす魔力は残されていない。

 

 初めて聞く強烈な破壊音に、参加者たちは息をするのも忘れ「しん」と静まり返った。


 ギシギシと、メインホールの巨大シャンデリアを支える鎖が軋んだ音をたて、シャンデリアが大きく揺れ動くが、だれもそれには気づいていない。


「100000!」


 そのようななか、凛とした美青年様の声がオークション会場に反響する。


 さらに静まり返るオークション会場。

 カタログにすら記載されない前座のロット。B級品のオークションではつきようのない額に、参加者もスタッフもなにが起こったのか理解できない。人々は動きを止め、考えることを放棄する。


「100000だ! なにをしている! 砂時計を!」


 砂時計を管理しているスタッフが、慌てて砂時計をひっくり返す。


「いっ……100000万Gがでましたあっ!」


 ワカテくんの声が裏返る。


 人々の好奇な視線が会場内を彷徨う。

 ざわめきがどんどん大きくなっていく。


 突然、ガタンという音が聞こえた。


〔まずい。感度のいいニンゲンが、美青年様の怒気に当てられてしまった!〕


 見習いオークショニアが気を失って倒れた。

 傍に居合わせたスタッフが慌てて、彼を舞台裏へと引きずっていく。


 砂時計の砂がどんどん落ちて、ついには落ちる砂がなくなった。

 だが、美青年様の怒気に当てられたワカテくんは一言も発することができず、ただ立っているだけであった。


〔わ、ワカテくん! はやく! 終了のコールだ! これ以上、美青年様の機嫌を損ねないでくれ!〕


 祈りにも似た気持ちで、元帥閣下はワカテくんに訴える。


「オークショニア! なにをしている! 砂時計の砂は落ちたぞ。終了のコールだ! 早く! 一刻も早く! 終了しろっ!」

「お、お兄さま! そんなに身を乗り出しては、危ないですわ! 落ちてしまいますわよ!」


 その声に、若手オークショニアは我に返る。


「あ! 二階だ! 二階の特等貴賓席だ!」


〔まずい! 気づかれてしまった! サイアクだ!〕


 オークション参加者におふたりの参加を知られてしまった。

 前回以上の混乱が発生するだろう。

 元帥は絶望のあまり絶句する。

 もう、余分な魔力は残されていない。


 ここから先は、初代オーナーの設定にしたがって、部下たちの魔導核を破壊し、そこから発生した魔力を、セキュリティ業務に使用していくことになる。


「あ、あれは!」

「『黄金に輝く麗しの女神』様!」

「『黄金に輝く美青年』様!」

「な、なんて尊いお姿なの!」


 会場内のざわめきがうねりとなって、どんどん大きくなっていく。


「ステキ!」

「どうして、おふたりがご一緒に?」

「ああ。なんて麗しいお姿なのかしら」

「ああ……なんて! なんて! 眩しくて凛々しいお姿!」

「貴すぎます!」


 ひとりの貴婦人がくらりとその場に崩れ落ちる。

 と、またひとり、またひとりと、美青年様のお姿にあてられてしまった貴婦人たちが、連鎖的に気を失って倒れていく。


「し、しっかりしてください!」

「大丈夫ですか!」

「担架を!」

「こちらにも担架を!」


 気を失った貴婦人たちの対応に、会場がさらなる混乱に陥る。


〔まずいぞ! まずいぞ!〕


 元帥閣下が慌てる。

 これ以上、倒れる参加者がでるようならば、参加者を護るために、魔導核を破壊しなければならない。

 特等貴賓室の結界を張り直し、美青年様の怒気を封じ込めるだけのモノとなれば、いくつの魔導核の魔力が必要となるのか……。


 元帥閣下の胸に鈍い痛みが走る。

 これはただのセキュリティ魔導具だった頃にはなかったものだ。

 意思に目覚め、個性ができあがり、人型をとれるようになったからこそ感じる『痛み』だ。


 初代オーナーはちゃんと魔導核の設計図も指示書も残しているので、腕の良い技術者に依頼すれば、同様のものを補充できる。

 が、意思や育った個性までは復元できるものではない。


 元帥は祈るような気持ちで、舞台に立つ若手オークショニアを見下ろす。

 まだ未熟なワカテくんには、大変な試練だろう。

 だが、ワカテくんが行動しなければ、このロットは終了しない。


 ワカテくんはぎこちなく動きながら、演台の上にあったガベルを握りしめる。

 そして、高々とガベルを振り上げ、オークションハンマーを振り降ろす。


 ……が、驚いたことに、木槌がするりとオークショニアの手からすっぽ抜けたのである。

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