4-5.セキュリティシステム

 メインホールの華といわれる巨大シャンデリアの魔導核をすみやかに掌握すると、ドアノッカー元帥……いや、獅子の形の叩き金に憑依していたオークションハウスのセキュリティシステムは、メインホールと二階貴賓席エリアのセキュリティを一瞬で直接支配下に収める。


 ……と、今まで経験したことがないプレッシャーが元帥閣下にのしかかってくる。


 美青年様は本気で怒っていらっしゃる。

 三番待合室シーリングライト大尉の実況を諌めたときとは全く違う、純然たる怒りだ。


〔俺が来るまで、よく耐えてくれていたな。よくやったぞ〕


 警戒していたのが功を奏したようだ。

 通常結界であったら、美青年様が怒った瞬間に結界が破壊され、とてつもない被害が発生していただろう。


 美青年様の怒気を防いでいた会場内や特等貴賓室の照明器具たちだが、表面上の損傷はあったが、魔導核は無事だった。

 これ以上、部下たちが傷つかないよう、しっかりと魔導核コーティングして、己の中に取り込む。


 今回は相手が悪すぎるので、器の方までは面倒みきれない。

 最悪の場合は器の破棄となるが、魔導核を死守することで勘弁してもらおうと、元帥閣下は心のなかで謝罪する。


 部下の無事が確認でき、元帥閣下は詰めていた息をゆっくりと吐きだす。

 そして、オークション会場の舞台へと視線を向ける。出品物を載せたワゴンが、スポットライトを浴びていた。


〔ほう……アレだな〕


 元帥閣下は目を眇め、ワゴンの上にあるモノを注意深く観察する。

 美青年様が我を忘れるくらいに怒を爆発させているモノ……。


 ロットナンバー『ゼロゼロイチ』。

 オークションの前座で、オークションカタログにも掲載されていない――ようするに、掲載する価値もないと判断された――出品物だ。

 小さな小さな木箱の中に、『それ』はあった。


 『美しい鳥の羽根』。

 魔力は一切、感じられないが、七色に輝くとても綺麗で美しい羽根だった。


〔あれかぁ……。なんて、美しい輝きだ! あれは、ちょっと、欲しいかも。いや、絶対に欲しい! 手に入れて家宝に……じゃなかった、女神ちゃま! 抜け落ちたからって、自分の羽根を出品しちゃだめだ! 女神ちゃまのナイトが怒って当然だ!〕


「伝説には、全異世界の鳥たちを統べる、気高く最も美しい鳥の王の羽根が、七色にキラキラと輝いているとか。七色は願いを叶えてくれるガチャ石のレインボーカラー! その神秘の色の通り、鳥の王の羽根は一度だけ、手にした者の願いを叶えてくれます」


〔おい! そこまでわかっているのなら、なんで、前座にもってくるかな? 間違いなく、オオトリの出品物だぞ。いや、競売にかけること自体が間違っている! 冒涜意外のなにものでもないぞ!〕


「そのような素晴らしい伝説の羽根……に似た羽根でございます」


〔え? ちょっと、ワカテくん! そ、その口上はまずいよ! 激まずだ!〕


 元帥閣下は悲鳴をあげる。

 己の耳を疑いたい。

 聞き違いでなければ、今、ワカテくんは、女神ちゃま――全異世界の鳥たちを統べる、気高く最も美しい鳥の王――の羽根を偽物呼ばわりした……のでは?


 特等貴賓室からとてつもない、怒気を超える憤怒の激しい気配が漏れてきた。


「鑑定の結果、こちらの羽根には願いを叶える魔力はないと判明しました。不思議な力など全くない普通の羽根。ですが、美しい羽根です。夜会に身にまとえば皆の注目を浴びるでしょう!」


〔普通の羽根……と、とんでもない! や、夜会ぃ! ワカテくん、怒りの炎に油を注いでどうするつもりぃっ!〕


 怖い!

 怖い!

 怖すぎる!


 美青年様の怒りも怖いが、それに気づかないニンゲンたちの感覚が怖すぎる!


 特等貴賓室の結界にピキピキと亀裂が入っていく。

 元帥閣下は懸命に魔力を集めて結界の補修をしようとするが、元帥閣下のオークション愛よりも、美青年様の女神様愛の方がはるかに上回っていた。


「や、や、夜会……。イトコ殿の……イトコ殿の……神聖な羽根を……。よりにもよって、アクセサリーにして身につけるだと! 愚弄するのもほどほどにしろ!」


 結界の亀裂から美青年様の押し殺した声が聞こえてきた。

 それには激しく同意する。

 そのとおりだ!

 麗しい女神様を愚弄している!

 同意するから、怒りを鎮めて欲しい!


〔ひいいいいっ!〕


 元帥閣下は涙目になりながらも、意地になって結界の維持に全力を注ぐ。

 メシッと、木製の手すりが悲鳴をあげた。美青年様の怒気は、鎮まる様子は全くなく、むしろどんどん大きくなっていく。


〔まずい! バルコニーが破壊される!〕


 ヒトではない御方のお怒りは凄まじい。

 それが、己が愛してやまない存在に関することであれば、なおさらだ。


 特別な場所にある特別なオークションハウスでも、この怒気には耐え切れない。


〔まずい。まずいぞ。このままでは……結界が保たない!〕


 他に使用している魔力もかき集めて、さらに結界を強化するが、それを軽く上回る怒気に、元帥閣下は歯を食いしばる。


 女神ちゃまはなにをしているのだろうか?

 美青年様はどんなことがあっても、女神ちゃまだけは傷つけないだろう。

 だが、特等貴賓室には、美青年様と女神ちゃまの他に、案内役のオーナーと、補助の年配スタッフがいたはずだ。


 オーナーも年配スタッフも、ニンゲンにしては優秀で頑丈だ。ちょっとやそっとのことでは死なないだろう。

 だが、鳥の王の補佐様を怒らせたのは……あまりにもまずすぎる。


 オーナーの次の後継は誰だったっけ……と、元帥閣下は現実逃避をしたくなる。

 というか、元帥自身も『美しい鳥の羽根』に対する扱い方の悪さに怒りを覚えていた。


 美青年様に代わって、自分がオーナーを殺してやりたいくらいだ。オークションハウスのセキュリティであれば、事故死に見せかけた天誅など思いのままだ。

 オーナーの首を差し出せば、補佐様の怒りも鎮まる……かもしれない。



「それでは、オークションを開始いたします!」

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