4-4.ロットナンバー『ゼロゼロイチ』

 リンリンという、オークションスタッフにしか聞こえない涼やかな鈴の音の後、オークションの開始を告げる鐘の音が高らかに鳴り響いた。


 その音を合図に、セキュリティ魔導具たちのざわめきがぴたりと止まった。

 オークションハウスの空気が変化する。


〔おっと……ようやくオークションがはじまったのか。やれやれだ〕


 ドアノッカー元帥が大きな溜め息をはきだす。

 開始から色々とありすぎて、本当にオークションがはじまるのか不安だったが、ようやく開始の鐘を聞くことができた。


(オークション開始の鐘の音を確認!)

(総員! 参加者歓迎モードを解除!)

(参加者歓迎モード解除を通達! 確認いたしました)

(総員、これより、競売モードに移行せよ!)


 管制担当にアンティークランプ副将が指示をだしていく。


(競売モード完了! システムオールグリーン!)

(ワカテくんが演台にスタンバイするのを確認!)

(ワカテくんの開始宣言を確認!)

(ロットナンバー『ゼロゼロイチ』が舞台袖に到着!)




 こうして、本日のオークションは始まった。




「皆様……大変長らくお待たせしました! 本日、最初の品でございます!」


 若いオークショニアの声が会場ホール内に響き渡った。

 シックな内装のオークション会場に、押し殺したざわめきが広がっていく。



(やれやれ、やっとオークションが始まるぜ……)

(今日はいつもよりも開始時間が遅かったね。大丈夫かなぁ)



 ガベルとサウンドブロックは、身を寄せ合ってコソコソと会話を交わす。


 自分たちの声がニンゲンには聞こえないとわかっていても、やはりオークション中の私語は控えめになる。


 ワカテくんの手が、ガベルの持ち手をきゅっと握りしめた。


(サウンドブロック、用意はいい?)

(もちろんだ! いつでも、思いっきり叩いてくれ!)


 ダン! ダン!


 ガベルが振り降ろされ、サウンドブロックが高らかな音をだす。

 ベテランオークショニアの音に比べると響きが悪いが、最初のでだしとしては順調な鳴り具合だ。


 ダン!


 そして、最後にもう一度、木槌の音が高らかに鳴り響く。

 その音に導かれ、全員の視線が舞台に集まった。


 自分たちの音がオークション参加者たちの動きを操れることに、ガベルとサウンドブロックは興奮で身を震わせていた。


 カラカラカラ……と出品物を載せたワゴンが舞台に登場する。



(うわあっ!)

(ど、どうしたガベル! いきなり大きな声をだすんじゃない。神経質なワカテが驚いてミスったらどうするつもりだ!)

(いや、だって……)



「こちら、虹色に輝く羽根でございます!」


 若手オークショニアの説明がはじまる。



(わあ! 虹色に輝く羽根だって! すごい! すごく綺麗だ! ボク、あれが欲しい!)

(えええええっっっ!)



 ロットナンバー『ゼロゼロイチ』の出品物に異様なほどの執着をみせるガベル。


 虹色に輝く羽根を見つめるガベルの目はうっとりとしており、ものすごく熱く潤んでいる。ドキドキするくらい色っぽい視線だ。



〔いいなぁ。俺もあんな情熱的な眼差しで見つめてほしい。吹けば飛ぶような羽根よりも、俺の方が安定感抜群なのに、なにが足りないんだ! 色か? 柔らかさか?〕


 

 サウンドブロックは嫉妬に燃える眼差しをロットナンバー『ゼロゼロイチ』に向ける。


「こちら、七色にキラキラと輝く美しい羽根……」


 若手オークショニアが声を張り上げ、出品物の説明をする。



(こちら、特等貴賓室シャンデリア少佐! 緊急事態発生! 至急応答願いますっ!)

(特等貴賓室シャンデリア少佐、どうぞ!)

(こちら特等貴賓室シャンデリア少佐です! たった今、賓客の……女神様の出品物が、ロットナンバー『ゼロゼロイチ』と判明しました!)

(…………はい?)


 情報を処理しきれずに、通信指令員の声が凍りつく。


(女神様はなぜかご機嫌なのですが、美青年様がゲキオコです!)

(…………)


(な、な、な、なんだってえぇぇぇ――っっ! 特等貴賓室シャンデリア少佐! その情報に間違いはないのか!)


 元帥閣下の悲鳴じみた念話が割って入る。


(間違いございません。女神様御本人がおっしゃいました)

(うっそおっ!)

(本当のようですッ!)


〔女神ちゃまの出品物が、よりもよって前座だとおおおお――っっ!〕


(ちょっと待て! なんの冗談だ! 女神ちゃまの出品物は、前回のオークションで、下心まるだしの落札者から贈られた装飾品類だろ?)

(だけではなかったようです。元帥閣下! 美青年様の怒りの波動が止まりません)

(なんだって!)


 特等貴賓席に案内した賓客の出品物を一番に持ってくるなど、あってはならないミスである。

 絵の飾り方が間違っているとか、贋作が紛れ込んでいたとかの比ではない。というか、トドメをぐりぐりと刺すような失態だ。

 女神ちゃま命な美青年様がお怒りになるのも、当然の成り行きだろう。

 元帥閣下はブルリと震え上がる。

 嫌な予感がした。


(全館に向け警報アラート発令!)

(警報アラート発令完了!)

(結界強化! レベル・ガッチガッチモード!)

(結界強化、完了しました! これよりガッチガッチモードに移行します!)

(総員はガッチガッチモードの衝撃に備えろ!)


 アンティークランプ副将が次々と司令をとばす。


(元帥閣下! 現場にて指揮をお願いいたします)

 

 逼迫した少佐の声が、なんとも生々しい。現場の混乱ぶりが伝わってくる。


(アンティークランプ副将! 応答せよ!)

(こちらアンティークランプ副将!)

(これより、現場にて指揮をとる。副将は後方にて援護を)

(了解! 元帥閣下! ご武運を!)


 念話を終了させると、元帥閣下はプルプルと身震いする。


 バックヤードや優先度の低い場所に注いでいる魔力を、必要最低限の量にまでそぎ落とし、全体の指揮権を副将へと委譲する。


 引き継ぎは問題なく終了し、雑務から開放された元帥閣下の中に、ドクドクと魔力が漲ってくる。


 眠そうだった顔に活力が戻り、獰猛な獅子が眠りから目覚める。

 黄金の目が爛々と輝き、ドアノッカー元帥はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。開いた口からは鋭い犬歯がみえる。

 

〔さてさて、イタズラ好きの女神ちゃまと、忠実な騎士様のお相手をさせていただきましょうかね……〕


 そううそぶくと、獅子の形の叩き金はメインホールの魔導回路をまさぐる。

 元帥閣下は巨大シャンデリアの魔導核へと、己の意識を飛ばした。

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