3-7.フ・マルキュー二等兵

 セキュリティ魔導具たちにしか聞こえない、断末魔の叫び声が、オークションハウスに響き渡る。


(…………)

(…………)

(…………)

(…………)

(…………)


 あれだけ騒がしかったセキュリティ魔導具たちが、一斉に沈黙する。


 無音の時間がしばらく続いた。


(……も、もしもし?……お――い? もしもし? もしも――し? 三番待合室シーリングライト大尉! 大尉ってば、生きてる? 壊れてない? 返事できるかな? 沈黙してないで、返事しようか?)


 元帥閣下がこわごわ呼びかける。


 セキュリティ魔導具たちは一個の例外もなく〔いや、あれは殉職しただろ〕〔二階級特進だな〕〔スクラップ遺棄だ〕とささやいている。


 三番待合室シーリングライト大尉の念話と気配はぷっつりと途切れてしまった。

 しかし、大尉が破壊されたような衝撃を、元帥閣下は感じていない。

 損傷具合はわからないが、大尉はたぶん……無事だ。


 おそらく……いや、絶対に、女神様とのイチャイチャタイムを実況されたくなかった美青年様が、大尉を『黙らせた』のだろう。

 美青年様の天誅だ。


(……はっ! 申し訳ございません!)

(三番待合室シーリングライト大尉! やっぱり無事か?)

(はい。ちょっと、ビリビリって激痛がコアを直撃して、機能停止しましたが、再起動完了しました!)

(そうか……損傷具合は?)

(問題ありません)


 大尉の報告に、元帥閣下は胸を撫で下ろす。

 正直な話、周囲を巻き込んで消し炭になっていてもおかしくなかったのだが……。美青年様の寛大なお心に感謝しなければならない。


(あ、ああああっっ!)

(ど、どうした! 大尉!)


 大尉の悲鳴に元帥閣下は驚く。


(賓客が……三番待合室を退室します……)


 すごく残念そうな大尉の『念』が伝わってくる。


(一部、実況が途切れてしまって、誠に無念です……)

(大尉はよくやってくれた)


 ああ……よくも、あんな実況をしたものだ。


(あああっ!)

(これ以上、まだあるのかっ!)


 大尉の再度の叫びに、元帥閣下の魔力が「ビクリ! ブルブルッ!」と震え上がる。



 オーナーの案内に従って部屋を出ようとしたおふたりの歩みがとまった――!

 なにがあった?

 忘れ物か?



(え? まだするの? 大尉! もうやめようよ! またビリビリがくるよ! 二度目は間違いなく激ビリビリだよ!)


 元帥閣下の念話は命令ではなかったので、あっさりと無視される。


 再び実況モードになってしまった、大尉の執念に呆れ返ってしまう。

 そして、実況再開に歓声をもって歓迎する部下たちにも呆れる。



 女神様は振り返って、ギャラリーを兼用している待合室を眺めていらっしゃるぞ!

 おおっと!

 この場所は、ラッキーなことに、ちょうど、フットライト・ナンバーイチマルキュー二等兵……略してフ・マルキュー二等兵がおふたりの足元を照らしている!

 会話聞き取り可能!



(おおおおおっっ!)

(早く聞かせろ!)

(女神様の声を聞かせろ!)



 女神様がオーナーに声をかけていらっしゃるぞ!

 オーナー特権! 実に羨ましい!



「オーナー……。あちらの柱から右側に数えて三番目、五番目、八番目、十一番目の空の絵は、連作となっておりますの」

「は……い?」

「並べる順番は、五番目、三番目、十一番目、八番目ですわ。そして、八番目の絵は、水面に映る空の絵ですので、上下が逆ですわ」

「さ……さようでございますか。ご指摘、ありがとうございます」



 オーナーが女神様に一礼したぞ。

 さすが女神様!

 あんな短時間で、絵の真相に気づかれるとは!

 さすが『ストーンブック』『ストーンボックス』の落札者だ!


 おっと!

 ここで、美青年様の全身から殺気が立ち昇った!


 こ、これは……ものすごい殺気だ!

 殺気がオーナーに直撃するぅ!

 殺気だけでニンゲンを殺せそうだ!


 だが、相手はザルダーズのオーナー!

 これしきの殺気では死なないしぶとさの持ち主だぁ!

 

 オーナですが、女神様のお言葉を疑ったのでしょうか?

 美青年様の静かな怒りが怖い!

 大丈夫か! オーナー!



「オーナー……。イトコ殿の言う正しい順番で、正しく絵を飾ってみなさい。面白い絵を見ることができるだろう」

「あ、ありがとうございます……」

「あ、オーナー……二番目と十番目の絵は、とても素晴らしかったよ」

「あ、ありがとうございます」

「……ああ。とても素晴らしいデキの贋作だったよ」

「……………………」



 ここで贋作指摘キ――タっ!

 オーナー、ものすごく驚いているぞ!

 さすがのオーナーも、返す言葉が見つからな――い。


 そうでしょう。そうでしょう。賓客を迎えるための部屋に贋作を展示するなど、あってはならないことですからね。



「賓客の『眼』を試すような真似はほどほどにするのだな。贋作はもう一点紛れ込んでいるが、指摘するのも馬鹿馬鹿しい」

「もっ、申し訳ございませんでした」



 オーナー! 腰を90度に折り曲げての平謝り!

 美青年様は激オコだあっ!

 今度こそ、オーナーの生命の炎が消えかかっているぞ!



「お兄さま、どうなさったの? すごく怖い顔をなさっているわ」



 おっと!

 ここで可憐な救世主が登場した!

 ナイスなタイミング!

 美青年様の殺気が一瞬で消え去り、険しかった表情がみるまに柔らかくなる――う!

 まるで別人!

 激オコから激アマへの逆転劇!



「いや? なんでもないよ。ギャラリーの展示物の素晴らしさをオーナーに伝えただけだ」

「え? そうですの? でも、二番目と十番目とじゅ……」



 うわわわわあっっっ!

 ここで、美青年様の美しい人差し指が、女神様の可愛らしい不可侵領域の唇にちょんとふれたぁぁぁぁっっっ!



(おおっっ!)

(女神様!)

(美青年様! いっけ――ぇ!)



 女神様の顔がみるまに赤くなるぞ!

 耳まで赤に染まってしまったぁ。

 可愛い! 可愛い! 激カワ――!



「絵に罪はないよ。これ以上の言葉は不要だね」

「……そう、ですわね」

「それよりも……わたしたちがいつまでもここにいたら、オークションがはじまらない。オーナー、案内を頼むよ」



 なにごともなかったかのように会話を再開される美青年様!


 カッコいい! カッコいいっ!


 オーナーの先導で、賓客は大階段へと移動しました!


 これにて、三番待合室シーリングライト大尉の実況を終了いたします!



〔前途多難だなぁ……〕


 賑やかな念話が終了し、元帥閣下は溜め息をつく。

 元帥閣下はすでにお疲れモードに移行している。



 なのに、オークションはまだはじまっていなかった。

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