3-6.実況者

 オーナーがおもむろに手を叩いて、年配の女性スタッフを呼んだ。

 年配の女性スタッフが持っていた銀トレイの上には……なんと、仮面がふたつ!


 さすが、ザルダーズのオーナー!

 儲け話に対する異様な嗅覚は、初代オーナーにも匹敵するようですね――!


 どうやら、この商魂逞しい我らがオーナーは、新しい仮面を黄金のおふたりに着用していただくことで、同デザインの仮面をオークション参加者に高値で売りつけるつもりでいるようですよ!


 なにしろ、現在、おふたかたが装着されている仮面は、受け付けで販売されている仮面です。

 女神様がご使用になったとたん、この仮面は完売し、入荷してもすぐに売り切れ、入手困難な人気ぶり!


 それに気をよくしたオーナーは、コアなファン層を狙っての、女神様関連グッズを販売しようと企んでいるようです。


 すばらしいタヌキぶりですね――。

 さすが、初代オーナーの直系ですね――。

 考えることがエゲツナイですね――。


 おおっと!

 仮面のデザインがお気に召さなかったのか?

 おふたりとも新しい仮面には、見向きもされないぞ!

 ちょっと派手だったか?

 残念! オーナー!


 しかし!

 ここであきらめないのが、ザルダーズのオーナー!

 オーナー、次は年配の男性スタッフを呼び寄せた!


 いきなり賓客対応スタッフのトップが登場!


 年配スタッフは銀トレイに仮面を載せている!

 さっきのものよりは、控えめだが高価な仮面だぁ!


 オーナーの商魂の逞しさと、あきらめの悪さは一級品! 他の追随を許さない!


 さて……今回の仮面は合格点なのか?


 おふたりはとまどいつつも、仮面を手にされたぞ!

 どうやら女神様と美青年様は、華美よりも、落ち着いたデザインのものを好まれるようだ!

 素晴らしいセンスですねぇ!


 オーナーはたたみかけるように説明を加えているぞ。



――こちら……ささやかなものではございますが、はじめて貴賓席をご使用になられる方への、記念品でございます。おふたりの美しさを称えるための仮面をご用意いたしました――



 なんと!

 ありもしない、やってもいない記念品システムをオーナーはでっちあげたぞ!

 今までの賓客には、お土産を渡したことはあるが、記念品は配ったことがありません!

 すごい発想力と嘘八百!

 利益のためなら手段を選ばないオーナー!


 命知らずなオーナーは果敢にも、黄金のおふたりを舌先だけでまるめこみにかかった。


 なんという面の皮の厚さ!

 なんという実行力!

 オーナーの鋼の心臓は健在だぁ!


 おおっと! これは驚いた!

 『美しさを称える』という言葉よりも『記念品』という単語に、女神様がガッツリくらいついてしまったぞ。

 ビックリするくらいの勢いだ!


 どうする? 美青年様!



――まあ! 素敵! お兄さま! 記念品をいただきましたよ! わたくしが品物をはじめて出品する日に記念品! 素敵! お兄さまとはじめてのオークション参加を記念する、とっても素敵な記念品ですわ!――



 コロっとカンタンに騙されてしまった女神様!

 お美しい蒼い瞳をキラキラさせて喜んでいらっしゃいます!


 素晴らしい瞳の輝き!

 この光は我ら照明のルーメンもしのぎ、宝石も曇らせ、天上に輝く星々をも凌駕するでしょう!

 まさに百万ボルト!

 ハートにビリビリきちゃいます!

 

 いいのか、オーナー!

 こんな純真無垢な少女を騙して、オーナーの良心は痛まないのか!

 いや、オーナーに良心はあるのか!


(お――い! こんな実況をして、大尉の良心は痛まないの? ちょっと、どう考えても、まずいよ――)


 元帥閣下のやる気のない制止の声が虚しく響く。

 本気でやめさせようとするのなら、実力行使ですぐに沈黙させることも可能だ。

 しかし、元帥閣下も内心ではこの実況を『くいいるように』聞いていたので、あえて妨害することはしない。

 これだけ盛り上がった状態で実況を中断させたら、部下たちが反乱を起こしそうだ。


 美青年様に「わたしは止めようとしたんですが、部下が勝手にですねぇ……」という言い訳を用意しているだけだ。


 攻撃は苦手だが、防御行為は得意な元帥閣下である。


 仮面がお気に召したのか、それとも、記念品という言葉にときめかれたのか!

 女神様は頬を上気させながら、何度も『記念品』を連呼していらっしゃる。

 ああっ! 健気!

 とても可愛らしい表情だ!


 美青年様は苦笑しながらも、愛おし気に女神様を見つめていらっしゃる。


 どわ――っ!

 なんて! なんて!

 甘く、蕩けるような視線なのか!

 この世界に、これほど甘い視線があったでしょうか!


 三番待合室のピクチャーライト二等兵たちは、おふたりのベリースウィートな関係にギブアップ状態だぁっっっ!


――そうですよ、お兄さま! 記念品ですよ? 記念品! 記念品といえば、記念のために用意された特別な品物なのですよ!――


 女神様の主張が、無邪気で可愛い!


――そうか? そうだよな。たしかに、記念品というのは、そのようなものだ。よいものをいただけたな――


 おおっと、美青年様も女神様の勢いに飲まれて簡単に信じてしまったぁ!

 美青年様を攻略するには、まずは女神様からだ!


 おや? ここでオーナーは、年配スタッフ以外の全員を、待合室から下がらせたぞ。


 なるほど――。これからの対応は、オーナーと年配スタッフで行うようですねぇ。

 少数精鋭ですか。


 オーナーが自ら案内人となり、さらに補助のスタッフが指定されるなど、非常に稀なことではありますが、正しい判断でしょう……。


 おおっ!

 いよいよ、新しい仮面につけかえるときが来たようだ!


 ふたりは仮面を外され……おおおおおおおおっ!

 お美しい!

 なんて……お美しいんだ!


 予想していたが、いや、予想していた以上の美貌の持ち主だ!


 おや?

 自分自身ではなく、お互いが仮面をつけ合うようですね。


 女神様がご自分の仮面を、美青年様に手渡しているぞ。


 仮面を受け取った美青年様は、女神様に仮面を……つけな――い!


 オーナーと年配スタッフが顔を伏せているのをいいことに、美青年様のイケナイイタズラが発動したああああっ!


 おおおおおっっ!


 ちゅーだ!

 ちゅーだ!


 ホッペにちゅーだ!


 女神様! めちゃくちゃ嬉しそう!


 おおっと!


 さらに、さらに、美青年様のオイタは止まらな――い!


 うなじにぃぃぃ……。


(ちょ、ちょ、ちょっと! 大尉! さすがにそれは!)


 元帥閣下が慌てふためく。


(やめるな――!)

(もっとおしえろ――!)

(うなじがどうした!)


 美青年様が女神様のうなじに顔をスリスリさせて……。


 そこに……く、くち……うぎゃ――――――――ぁぁぁぁぁぁっ!

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