第2章 鉄壁のハウス

2-1.絶世の美女と飼いならされた野獣っぽいなにか

 初代オーナーが異世界オークションをはじめてから、数百年の歳月が流れた。



 今日は月に一回開催されるザルダーズの異世界オークションの日。

 時刻は丑三つ時と云われる頃。


 夜明けまでにはまだ数時間あるというのに、ザルダーズのオークションハウスのとある一室は異様な熱気に包まれていた。


 オークション会場の開場までにはまだ半日以上もの時間がある。

 それなのに、気の早いやる気に満ちたザルダーズのスタッフたちは、すでに活動を開始していた。


 軍服に身を包んだ集団がミーティングチェアに座り、手元の資料と、目の前の魔導具スクリーンに映し出されているオークションハウス内の見取り図を、熱心に見つめている。


 作戦の説明をしているのは、見事なボディラインの軍服金髪美女。豊かな髪は一つにまとめてアップにし、制帽の中に押し込んでいる。


 彼女は時たま手に持つファイルに視線を落としながら、ピシパシと指揮棒を振るって、各部屋の警備配置を説明していく。


「以上! これにて全体ミーティングを終了する! この後は、施設内セキュリティ班と施設外セキュリティ班に分かれて、持ち場の最終確認をするわけだが、その前に、元帥閣下よりお言葉を頂戴する!」

「イエスマム!」


 全員が一斉に立ち上がり、同時に敬礼する。見事なほどに統制がとれており、部屋がビリビリと震えあがるほどの気勢だった。


 ミーティングルームに集合したヒトのテンションはすでにマックス状態。

 厳しい訓練を耐え抜いた精鋭たちは、男女を問わずひとりの例外もなく、鋭い眼光に、鍛え抜かれた体躯の持ち主だ。

 全身からほとばしるやる気はとても威圧的で……ざっくばらんにいうと、非常に暑苦しい。

 いわゆる体育会系、ブートキャンプのノリである。


 軍服美女が手にもっていたファイルをパタリと閉じ、椅子にだらしなく座っていた男へと視線を向ける。


「え――? またぁ? 毎回、毎回、つまらなくない?」


 この意気込みと緊迫に満ちた部屋の中で唯一の異質な存在が、だらけた声で応える。


「ご冗談を! みな、元帥閣下との月に一度のご対面を心待ちにしているのです!」

「こんなオッサンを見てなにが楽しいんだい? そもそも……俺はこういうの得意じゃないんだけどなぁ。そこそこ長い付き合いなのに、まだわかってくれないの? 別に俺のコトバがなくても、みんなちゃんとできているんだからいいんじゃない? 悪しき無意味な習慣は、ボチボチ改善すべきだと思うんだけど?」


 半分閉じかかった目をさらに細め、椅子に座っていた男はのろりとした動作で軍服美女を見上げる。


「元帥閣下! みなの士気にかかわります。お言葉を!」


 軍服姿の美女が笑顔で凄むと、なかなかの迫力がある。


 やる気ゼロが軍服を着た見本そのものといった大男は、大仰に肩をすくめてみせた。


 毎月、毎回、律儀に集まる部下たちを眺めると、みな真剣な顔で男を見つめている。これだけの人数が一箇所に集まると、とてつもなくキラキラしていて、くらくらするくらいに眩しい。

 敬礼したままの状態で、期待に満ちた視線を向けられては、「ごめんね〜」といって逃げ出すわけにもいかない。


 男の口から大きな溜め息が漏れた。

 黄金の髪、黄金の瞳。獅子のたてがみのような髪が特徴的だ。筋骨隆々の軍服姿の男は、面倒くさそうに頭をかきながら席を立つ。

 元帥と呼ばれるだけあって、襟元や袖口の装飾、飾緖や肩章はとても立派だ。胸にもたくさんの勲章や飾りがついている。


 ビシッとした金髪の女性副官とは違って着崩した格好なのだが、それが妙に似合っている。

 

 のっそり、のっそりと、元帥は壇上の中央に移動する。

 制帽がサイドテーブルに置いたままの状態だったのに気づいたが、いつものことなので気にしない。

 男にとって制帽は被るものではなく、手の指でクルクルと回転させて遊ぶ時間つぶしの道具でしかない。


 壇上の中央に立つその姿はまさしく鍛え抜かれた野獣のごとき……といいたいのだが、ぼんやりとした顔立ちと、半分閉じた瞼に眠たそうな表情が、男から威圧感というものをきれいさっぱり奪い去っていた。


 元帥と優秀な女性副官が並ぶと、『絶世の美女と飼いならされた野獣っぽいなにか』という単語が浮かんでくる。


 元帥と呼ばれている男は「コホン」と咳払いをひとつする。あ――とか、え――とか言いながら、フサフサな髪の毛を掻きむしりながら口を開く。


「え――っと、前回、前々回のオークションでは、なにやら『めっちゃ偉いヒトっぽいヒトでない尊い御方』が参加されて、みんなには警備の面で負担がかかったようだが……。とりあえず、オークションハウスに実害がなくて、よかった、よかった。ということにしておこう」


 男は腕を組み、目を眇めると、ミーティングルームに集まったセキュリティスタッフたちの顔色を素早く確認する。

 みんな元気そうでなによりだ。


 この日に向けて各自、コンディションを最高状態に調整しているのは、さすがとしかいいようがない。


 それでこそ、ザルダーズ所属の優秀なセキュリティ魔導具だ。

 彼らの存在と働きがあるからこそ、異世界の珍品、迷品を取り扱うオークションハウスは無事に存在することができるのだ。


 異なる全ての世界が交わり合う不安定な場所にオークションハウスがあろうとも、セキュリティスタッフたちの働きがあれば、なんら問題はない。


「……とはいうものの。アレだ! アレ……二度あることは三度あるとかいうやっかいな呪いが、ニンゲンにはあるから、油断はするなよ。今代のオーナーは歴代オーナーの中では少しばかり幸運度が低い……というか、トラブルオート召喚スキルが異様に高いから要注意だ。星の巡りも悪いからな。なにかしらトラブルは発生するだろう。そのつもりでいるように。今日も気持ちをひきしめて、ザルダーズのセキュリティ備品として、粗相がないようにがんばろうな!」

「…………」

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