2-2.アンティークランプ副将

 静かだったミーティングルームが、さらに静かになる。

 部下たちからの「イエッサー」という返事がかえってこない。

 どうしたというのだろうか?

 男は重い瞼を持ち上げる。


「どうした? みんな、エライ不思議そうな顔をして……? なにか質の悪い魔油でも注入されたか?」

「い、いえ。昼行灯な元帥閣下が……マトモなことを仰っている、と一同は感激して、コトバを失っているようです!」


 豊満なボディが自慢の美人副官が、うっすらと涙を浮かべて発言する。

 泣くほど感動させるスピーチだったとは思えないが……部下たちからもすすり泣く気配がする。


 どうやら、月一回のオークションを前に、みなの気持ちが昂ぶっているようだ。


「ひどいなぁ、アンティークランプ副将は! 俺はいつだって、真面目にオークションハウスのセキュリティに取り組んでいるぞ。それに、俺は照明器具じゃなくて、ドアノッカーだから、間違えないでほしいよな――」


 創業時からこのオークションハウスのセキュリティを統括している魔導具のドアノッカーは、ゆったりとした笑みを浮かべる。


 ザルダーズのオークションハウスを『鉄壁のハウス』と称えた者がいるが、それは魔導具によって形成されている頑丈なセキュリティのことを指しており、業界ではけっこう有名な話であった。


「申し訳ございません! ですが、元帥閣下は我らが誇りとする昼行灯! 憧れの光です!」

「いや、だから、俺は両開きドアの付属品であって、照明器具じゃないし……。昼行灯って、意味知ってる?」

「元帥閣下はおひとりでもこのオークションハウスを守護できる能力をお持ちであるにもかかわらず、下級士官にまで優しいおコトバを……」

「いや、アンティークランプ副将がスピーチしろって言ったから俺は……」

「ああ! なんて、度量の大きい御方!」

「いや、だから、なんでそうなるの? ちょっと、アンティークランプ副将! 俺の話をちゃんと聞いてる?」

「もちろんです! 元帥閣下のおコトバです。一言一句、聞き漏らすはずがございません!」

「できれば漏らさず理解してよ……。っていうか、いいかげん、泣き止んでちょうだい?」


 おいおいと泣き始めたアンティークランプ副将に、困惑顔のドアノッカー元帥はハンカチをそっと差し出す。


「元帥閣下! ありがとうございます! ちゃんと洗濯してお返ししますから!」

「いや、コレは以前、キミに借りたハンカチだから、返却する必要はないよ。もちろん、ちゃんと洗濯したし、アイロンもかけているから。安心して使ってくれ」

「でしたら、使わずに家宝にいたしますっ!」

「なんで? 涙を拭きなよ。涙を拭くためのハンカチだろ?」

「これは心の汗です! すぐに乾きます! ハンカチは不要です!」

「…………」


 ヒューヒューとかピィピィといった声や口笛が聞こえてくる。

 心の汗とやらを流すアンティークランプ副将を横目に、元帥閣下はテンション高めな部下たちに言葉をつづける。


「あ――ま――あれだな。二回連続ご出席の『めっちゃ偉いヒトっぽいヒトでない尊い御方』は……」

「元帥閣下『黄金に輝く麗しの女神』様です。『めっちゃ偉いヒトっぽいヒトでない尊い御方』はおやめください」


 涙……いや、心の汗で頬を濡らした副将がすかさず訂正する。


「そうそう、その……女神ちゃまはだな、本日のオークションにも参加される可能性が非常に高い! ストーンシリーズが出品されていないから来場はない、という意見もあるようだけど……賭けてもいい。本日のオークションにも、女神ちゃまは必ずいらっしゃるだろう」

「元帥閣下、賭け事は禁止です。それに女神ちゃまとお呼びするのは不敬では……」

「女神ちゃまだよ。悪戯盛りのオコチャマだよ。本来であれば、保護者同伴でお越しいただきたいご年齢だけどねぇ。ザルダーズから招待状が発行されている以上は、拒むことはできないよねぇ」


 ドアノッカー元帥は思案顔で、オークション参加者が利用する『正面玄関』の警備担当である魔導具雨樋――双子のガーゴイル大佐と大尉――に視線を送る。

 ガーゴイル大佐と大尉は、大きく頷いている。


「……というわけで、まあ、女神ちゃまがが来場されたら、運が悪かったとあきらめて、レベルマックスで警護するように」

「イエッサー!」

「なお、女神ちゃまに手をだそうとする不届き者がいたら、先んじて天誅を下すのを許可する。最優先でその不埒者を、すみやかにトラブルなく排除するように」

「イエッサー!」

「元帥閣下! 天誅レベルはいかほどに設定しましょうか?」

「う――ん。そうだねぇ。『ニドトクルナコノヤロー』はちょっと非道いかな?」

「それはやりすぎかと愚考いたします!」

「だったら『ザマーミヤガレ。イイキミダ』でいこうか」

「イエッサー!」


 嬉々として返事をする部下たちを、元帥閣下は目を細めて眺め見る。

 やる気満々のキラキラ眩しい連中だ。直視できない。


「俺からは以上だ。つまらない理由で、無意味な怪我だけはするなよ」

「イエッサー!」

「元帥閣下ありがとうございました! これにて全体ミーティングを終了する! この後は、施設内セキュリティ班と施設外セキュリティ班に分かれて持ち場の最終確認。終了後は各自、持ち場にて待機!」

「イエスマム!」


 そのやりとりが終了すると、ヒトが一斉に動き始めた。

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