第20話 ロース②

ロース………まだ、イベリコの父である国王が健在でイベリコがまだ幼い子供だった頃からずっと、彼はイベリコの傍で一緒に笑い、泣き、そして彼女を護ってきた……

王室のしきたりに従い、一般の学校へは通わず王室専属の家庭教師を付けられていたイベリコ。その為、同世代の友達と呼べる友達はほとんど居なかったイベリコだったが、そんな中、唯一の友達と呼べる存在だったのが侍従局の長、トンソークの息子のロースだった。


王室付きのトンソークに連れられ、毎日のように宮殿へとやって来たロースは宮殿の大人達の心遣いもあって、子供ながらに孤独なイベリコの遊び相手として歓迎された。


「ロ―――ス~~ちょっとまってよおぉ~~!」

「アハハハ、遅いぞイベリコ~~置いてっちまうぞ~~」


イベリコに木登りやダチョウの乗り方を教えてくれたのも、宮殿の者に内緒でイベリコを初めて市場まで連れ出してくれたのもロースだった。やがて二人は成長し、ロースは侍従局の一員として宮殿で働くようになった。


子供の頃はただの遊び相手であったロースとイベリコであったが、いつしか二人はお互いを異性として意識し合うようになり、そして愛し合うようになっていた。


いつの事だったろうか……イベリコとロースは、互いの結婚観について話をした事があった。


「私は……ロースとだったら、結婚してもいいなぁ~子供をたくさん授かって、毎日賑やかな笑い声に囲まれて暮らすの」

「ハハハ、確かにイベリコなら元気な子供がたくさん産まれそうだよ……でもねイベリコ。君は王室の血筋を継ぐお姫様なんだよ……オレなんかとは、身分が違い過ぎるよ……」


王室の世話役である侍従局のまだ下働きのロースが、王家直系の姫であるイベリコと結婚する事など、叶う筈も無いとロースは当然のように思っていた。


「ロース…………」


それを聞いて、寂しそうに瞳を伏せるイベリコの肩に手を置き、ロースはこう言って慰めた。


「でもなイベリコ、オレは王室付きの侍従局のロースだ!イベリコの事はやる!だから、そんな顔するな」


イベリコの目の前でそんな約束を誓ったロース。そして、その言葉の通りロースはイベリコを護る為、あの日ブタフィのいる軍司令部へと単身で乗り込んで行った。


国王が死去の後、強大な武力を行使して実質上の政治的な実権を手に入れたブタフィが、更なる権力を手に入れる為にイベリコとの政略結婚を企てている。ところが、正式にはこの国の最高権力を持っているはずの王室が、ブタフィの武力を恐れて、この政略結婚の申し入れに対しなかなかはっきりと拒否の回答を返す事が出来ない。


そんな状況に深い憤りを抱いたロースは、独断でブタフィに抗議をする為に単身で軍司令部へと向かった。しかし、それを最後にロースがイベリコのもとへと戻る事は無かった。


宮殿の侍従局には、ロースの処遇を記した紙切れが一枚……その紙には、ロースは軍の規定に従い国家反逆罪者として『処刑』されたと記されていた。




♢♢♢





「この、人殺し!」


今まで胸の内に溜めていた怒りが、イベリコの中で爆発した。


「人の命を何だと思っているの!アナタは…アナタは自分の権力を手に入れる為に、いったい何人の命を犠牲にすれば気が済むのよっ!」


しかし、イベリコにそんな罵声を浴びせられても、ブタフィは怒るどころかその顔に薄ら笑いさえ浮かべている。


「そうです、人殺しこそが我々軍部の主要任務なのです。きれい事ではこの軍のトップは務まらない!それにだ……私が誰でも殺すと思ってもらっては心外ですな。私も、のですよ」


ブタフィがイベリコに罵倒されてもなお、余裕のある表情を見せていたのには理由があった。


ブタフィは、意味ありげな笑顔でイベリコの方を見ると、おもむろに軍服のポケットからスマートフォンを取り出し、その画面をイベリコに向けた。


「この画面に写っている映像はlive映像です。イベリコ姫、はありませんか?」


ブタフィのその言葉にスマートフォンの画面を見たイベリコは、驚愕に震えた!


「ロース!!」


痩せ衰え、無精髭を生やしていても、イベリコがその顔を見謝るはずが無かった。

処刑されたと聞かされていたロースが、実はまだ生きていたのだった。


「この宮殿の地下に罪人収容の為の独房があるのをご存知でしたか?

この映像は、現在の地下収容所の映像です」


「ロースが……ロースが生きていた…………」


イベリコの瞳からは自然と涙が溢れだした。もう二度とその姿を見る事は無いと思っていた最愛のロースが、画面越しであるとはいえ確認出来たのだ。


『……イベリコ……その声はイベリコか…………』


ブタフィのスマートフォンから映像と共に音声が流れてきた。その声はまさしくロースの声であった。


「そうよ!イベリコよ!生きていたのねロース!」


画面に向かって必死に話しかけるイベリコに、ロースも答える。


「ああ……だけど済まないイベリコ……オレはイベリコを護ってやらなければならないのに……」

「何を言ってるのよ!ロースが生きているだけで私は……私は……」


感極まって言葉に詰まるイベリコ。そんなイベリコの様子を見て、ブタフィは自分の立てた策略の成功をほぼ確信したように顔を綻ばせた。


「イベリコ姫、感動の再会はそれ位にして、ここからはをしましょう」


言うまでもなく、ブタフィがイベリコとロースを引き逢わせたのは、なにもイベリコを喜ばせる為では無い。


「あの男ロースの生命与奪権は今、この私が握っている。しかし、もしも姫がこの婚姻同意書に署名をし私と結婚するというのなら、ロースを無罪放免とし釈放しましょう。さもなければ、あの男は生きている価値が無い!彼がどのようになるのかは、貴女でも解るでしょう」


ブタフィの言う取引とは、ロースの命とイベリコの結婚とを天秤に掛けるものであった。














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