第12話 ブタマーン親子

「えっ?ホントですか!」


ミミガーの父親の予想外の提案に、思わず顔を綻ばせてしまうシチロー。


しかしたった今、「ウチは貧乏なんだ」というミミガーの嘆きを聞いたばかりである。てぃーだは、親子に気を遣い遠慮がちに尋ねてみた。


「でも、四人もご厄介になったらご迷惑じゃないんですか?」

「なぁ~に、心配は無用だよ」


ミミガーの父親は、そう言って笑った。そして「息子が迷惑をかけたのだから、その位の事をさせてもらわねば自分の気が済まない」

と、四人の宿泊を強くせがんだ。


「ああ言ってるから……ティダ、お言葉に甘えようじゃないか」


『災い転じて福となる』とは、まさにこの事である。この町での四人分の宿泊費を浮かす事が出来たシチローは、ミミガーに感謝しなければいけない。


「それじゃあ、お言葉に甘えてご厄介になります。オイラ達は日本から来ました~オイラの名前はシチロー。そして向かって左から、てぃーだ、ひろき、そして…え~っと…………子豚です!」


イベリコを指差し、思わず本当の名前を言いそうになり焦るシチロー。


「ところで、おじさんの名前は?」


笑顔で尋ねるひろきの問いに、ミミガーの父親は優しい笑顔で答えた。


「俺か?俺の名前は『ブタマーン』だ」


やっぱり、そっち系の名前か………


ブタマーンの好意に甘え、予約していたホテルをキャンセルして彼の家に泊まる事となったチャリパイとイベリコ。


「さっ、狭い所だが気兼ねなくゆっくりしていきなさい」


どこにでも、世話好きな人間というのはいるものだが、ブタマーンもきっとそんな部類に入るのかもしれない。


「おじゃましま~~す」


その家は、ブタマーンが先祖から受け継いだ家であった。造りは古いが、ブタマーンが言うほど狭い家では無く、この近所ではむしろ広い部類に入る。四人が家の中に入ると、ブタマーンはシチロー達に笑顔を見せて言った。


「さて、お客さんもいる事だし、今晩はとびきりの料理を用意しないとな。今、ミミガーに調達に行かせているから楽しみにしていなさい」

「とびきりのご馳走って何だろうね?シチロー」


ブタマーンのその言葉に無邪気に喜ぶひろき。


「やっぱり、トンカーツだけに豚肉料理じゃないかなぁ~~」


ブタリア王国のトンカーツ、そしてこの家の主がブタマーン。シチローがそう考えるのも無理のない話である。やがて、ミミガーが食材の調達から戻ると、ブタマーン家でシチロー達四人を歓迎する食事がもてなされたのだが……その食卓に並んでいた料理は、シチロー達が想像していた物とは大きく異なっていた。


「えっ……コレって…………」

「ギャアアアア~~ッ!ヘビィィィ~~~ッ!」


ブタマーン家の食卓に並べられていたのは、串刺しにして丸焼きにされ山のように皿に盛られた何匹もの蛇だった。その蛇の丸焼きを前にして、ブタマーンは満面の笑顔でシチロー達に語りかける。


「どうだ、旨そうなヘビだろう。ミミガーの奴が張り切ってくれてな、今日はイキの良いのがたくさん穫れたよ」


そしてその横では、ブタマーンに褒められて屈託の無い得意顔を見せるミミガー。


「今日はとってもたくさん穫れたよ。みんなお腹いっぱい食べてね」

「あの……ご馳走って、このヘビの事ですか?」


複雑な表情でそう尋ねるシチローに、ブタマーンもまた不可解そうな表情で聞き返した。


「そうだが、もしかして君達、ヘビは嫌いかね?」

「いや……嫌いって言うか……食べた事が無くってですね……」


蛇を食べた事が無いと答えるシチローに、ブタマーンはかなり驚いた顔をして大声を上げた。


「なんだって!ニッポン人はヘビを食べないのか!信じられない!」


一部の特定な地域でならば、日本でも蛇を食する地域もあるのかもしれないが、一般的に日本の家庭では蛇が食卓に並ぶ事は無い。それに比べ、ブタリア王国では蛇は代表的な家庭料理であり、ブタマーン家のようにこうして客人に蛇の丸焼きをもてなすのは、ごく普通の事であったのだ。


シチロー達が蛇を食べた事が無いと聞くと、ブタマーンは尚更に蛇をシチローに勧めた。


「こんな旨い物を食べた事が無いなんて、君達は人生の何分の一かを無駄にしてきたようなものだ。さぁっ君達、今日は遠慮なく食べるがいい!」


ブタマーンにそんなに強く勧められれば、家に泊めてもらっている手前、シチローもあからさまに嫌な顔は出来なかった。シチローは引きつった作り笑いでブタマーンに応えると、その顔のままひろきの方へと向き直った。


「ほら、ひろき。そういう事だから、遠慮なくいただきなさい」

「なんでこっちに振るのよ!シチローが先に食べればいいじゃん!」


ひろきにあっさりと交わされると、今度はその顔をてぃーだの方へ向けるのだが……


「ティダは沖縄出身なんだから、ハブとか食べてたんじゃないの?」

「食べて無いわよ!シチロー、男なんだから先陣切って食べなさいよ!」

「ハハハ……いやぁ~……………」


てぃーだにも断られ、仕方なくその笑顔を皿に盛られた蛇の丸焼きの方へと向けるシチロー。気のせいか、丸焼きにされて大口を開けている蛇の目が、じっと自分を睨みつけているんじゃないかとシチローには思えた。


まるで『蛇に睨まれたカエル』のように、皿に盛られた蛇料理と目を合わせていたシチローは、その作り笑いの表情とは裏腹に心の中で深い溜め息をついていた。


(はぁ……これじゃまるでテレビのバラエティー番組の罰ゲームだよ……)


いくら旨いと言われても、あの蛇を先陣切って食べる気にはとてもなれなかった。

しかし、ブタマーンやミミガーの手前、「こんなもん食べれるかあ~っ!」なんて事はとてもじゃないが言えない。


「さぁ、シチロー君。遠慮せずに」

「いやぁ……遠慮というかですね……」


シチローがほとほと困り果てていた、そんな時だった。


ふいにシチローの後ろから手が伸び、皿に盛られた串刺しの蛇を掴んだのだ。


「シチローさん食べないのなら、私が先に頂きますわ」

「ん?」


シチローが振り返ると、そこには笑顔で蛇を頬張るイベリコの姿があった。


「うん、美味しい!素材もさることながら、このブタマーンさん自家製のタレの味付けが最高ですね」


生まれも育ちもブタリアであるイベリコは、勿論蛇を食べる事に何の抵抗も無かった。


「えっ、ホントに美味しいの?それ……」

「もちろんです。スキヤキと同じ位美味しいですよ」


その言葉の通り、イベリコは本当に美味しそうに蛇の丸焼きを頬張っていた。


「へぇ~~」

「美味しいんだ……」


蛇なんか絶対に食べないと心に決めていたてぃーだとひろきも、そのイベリコの姿を見て独り言のようにポツリと呟いた。何しろ、見た目はあの子豚そっくりなイベリコである。食べ物を食べている姿を見ていると、まるで魔法のようにその料理がたとえ何であろうともチャリパイの三人にはとんでもなく美味な物に感じられてしまうから不思議である。


「……じゃ、じゃあちょっと食べてみようかな……」


イベリコにつられたのか、シチローもついに覚悟を決め、恐る恐る蛇の丸焼きへと手を伸ばし両目を瞑って蛇の腹の部分へとかぶりついた。


「あ……旨い!」


蛇にかぶりついたまま、両目をパッチリと見開いて素っ頓狂な声を上げるシチロー。


「まじ?ホントに美味しいの?シチロー!」

「マジ!こんなに旨いとは驚きだ!」


すると、そのシチローの答えを聞くや否や、てぃーだとひろきも目の前の蛇の丸焼きに飛びついていった。実は二人とも、とても空腹だったのだ。


「おいし~~っ」

「ホントに香ばしくて美味しいわ」


その様子を見ていたブタマーンは、とても満足そうに胸を張った。


「そりゃそうだろう!トンカーツの蛇料理は世界一だ」


すると、気を良くしたミミガーが奥の部屋へと走って行き、なにやら革袋を背負って戻って来た。そして、嬉しそうに三人の前へとそれを放り投げた。


「ほら、まだこんなにたくさん捕って来たからどんどん食べてね」


ミミガーが放り投げた袋からは、調理前の生きた蛇がニョロニョロと這い出し、三人の足元にまとわりついてきた。


「ギャア~~~ッ!生きたヘビはいらないってばぁぁぁ~~~っ!」



























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