どうせやるしかないのなら


 数日後の土曜日。

「……これ向こうの角までずっと龍沢家、なの?」

「ああ」

 鷹くんの言葉を聞いて、わたしは改めて目の前の建物を見上げる。


 日本の大きなお屋敷というイメージそのままの、和風建築。

 建物も庭も赤崎家より何倍も広いお屋敷が、龍沢家であり、今日わたしが招かれた場所だった。



 

「――果たし状……?」

「ええ。今度の土曜日、龍沢家に来なさい。すずめ、覚悟しておくことね」


 わたしの机の上に紙を叩きつけ、それだけ言うと、蒼衣ちゃんは教室を出ていってしまった。ちなみに蒼衣ちゃんは2組らしい。

 わたしがその紙に視線を落とすと、ボールペンで大きく『果たし状』と書かれていて、その下には……地図?


「……これ赤崎家から龍沢家までの地図か。変なところで真面目だなあ蒼衣は」

 蒼衣ちゃんにはついていかなかった鷹くんがつぶやく。


「ねえ、果たし状って……」

「それは当然、謎解きですずめさんに挑戦しようと言うのでしょう。……今そんなことをして、何になるのやら」

 一つため息をついて、虎子ちゃんも教室を出ていった。後には隼くんが残る。ちなみに虎子ちゃんは3組だそうだ。


「全く、初日から面倒なことになっちゃったな……」

「……ねえ、隼くん……」

「申し訳ないが、すずめに拒否権はないぞ」


 わたしの言葉を先回りして隼くんが答える。


「多分、龍沢家は俺らが何を言ってもすずめを連れてこようとするだろう。……それに、考えようによってはこれはチャンスでもある」


 チャンス?


「すずめの実力を龍沢家に見せてやるんだよ。赤崎家にすずめあり、ってな」



 ――というわけで、わたし、鷹くん、隼くんは龍沢家の前に来てしまったのである。


 ……龍沢家の次期当主である蒼衣ちゃんと謎解きで勝負をする。それはそのまま、龍沢家と赤崎家の家同士の戦い……


 って、そんなの嫌だよ。わたしは目立ちたくないのだ。


 でも……



「すずめ、やっぱり嫌か?」

 隼くんがわたしの顔を少しのぞき込んでくる。


「本当に嫌なら、俺が代理で勝負しても良い」

「……ううん、大丈夫」


 嫌だけど、断ることはできないのだ。

 何しろ蒼衣ちゃんは、クラスのみんなが聞いてるところでわたしに果たし状なんてものを叩きつけてきた。つまり、これを無かったことにはできない。

 そして、それでもわたしが無理矢理にでも無かったことにしようとしたなら――つまり、蒼衣ちゃんの誘いに応じず逃げたなら、『赤崎家の人間はそういうものだ』というイメージを持たれてしまう……


 ……というのは鷹くんと隼くんが言っていたことだけど、確かにわかる。

 残念ながら、わたしの立場はそういう立場なのだ。



 ――と考えた時に、である。

 どうせやるしかないのなら、である。


「蒼衣、来たぞ!」


 鷹くんが呼び鈴を押すのとほとんど同時に大声で呼びかけた。

 すぐさま目の前の重そうな木の扉がゆっくりと開く。

 その向こうの石畳の道は、わたしたちを待ち受けているように屋敷の玄関へと続いている。


「……行こう。蒼衣ちゃんが待ってる」


 わたしが声を上げると、両脇から反応がきた。

「……すずめ……?」

「すずめ……笑ってる……?」


 ……そう、二人には見えたのだろうか。


 とにかく、いったい蒼衣ちゃんがどんなのを用意してるのか、楽しみになってるわたしがいたのだ。



 

「――よく来たわね、すずめ。逃げ出しても良かったのよ?」


 屋敷の玄関を開けて、蒼衣ちゃんはそう言い放った。

 学校で見たときと同じツインテール姿で、ほんの少し上から見下される。


「でも……そういうわけにはいかない……」

「その割には、なんだか弱々しそうね」

「なんだと! うちのすずめはちゃんと来たんだぞ!」

 鷹くんがすぐさま声を上げ、蒼衣ちゃんをにらみつける。


 ……学校でも二人でいる時間があるのに、仲は良くないんだ……

 


「そうね。まずはその勇気をたたえても良いんじゃなくて、蒼衣?」


 その途端後ろから声が聞こえて、思わずわたしは振り向く。


「……何しに来てんのよあんた。ここは龍沢家の敷地よ」

「あら、わたしもすずめさんの実力を見たくなったのだけど、だめ?」


 虎子ちゃんが、庭の入口に立っていた。

 長くてきれいな黒髪を風になびかせながら。


「だめに決まってるじゃないの。誰に断って白井家の人間がここに入るつもり?」

「……じゃあ、わたしはすずめさんの付き添いということにするわね。すずめさん、よろしくて?」


「え、ええ……」

 急に話を振られたわたしが言葉にならない返事を上げると、虎子ちゃんがさっとわたしに近づいて、耳元でささやいた。



「……あなた、良い顔をしてるじゃないですか。後で、わたしとも勝負してくれないかしら?」


 ……虎子ちゃんの提案は、断るべきなのだろうか。


 一瞬では考えが及ばなかったけど、わたしは結局、こう返事した。


「……わかった。虎子ちゃんも来て」

 そこには、謎解き勝負に対する不安の想いがあったのか。

 はたまた、面白くなりそうという予感がしたからなのか……


 ……きっと、その両方だ。

 

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