最初の家


「初めまして。わたしは白井しらい 虎子ここ。海老川で一番の伝統がある白井家の次期当主……ああ、わたしのことももう聞いているのかしら」

 日本人形のような長い黒髪。小さな身長に、目を細めて不敵に笑う彼女。

 やっぱりこっちも、あまりにも聞いていた特徴通りだった。


 こちらも『海老川四家』の一つ、白井家の現当主の一人娘である虎子ちゃん。

 白井家はなんでも江戸時代に、海老川で初めて旅人相手の商売を始めた家だとか。

 今でこそ龍沢家のように資産をたくさん持ってるわけではないが、隼くんに言わせると彼女はかなりのやり手だという。


「すずめさん、これからよろしくお願いしますね。お互い、この海老川のために頑張りましょう」

「ふん。すずめ、こいつの言うことなんかまともに聞いちゃだめよ。本当に何考えてるかわからんやつなんだから」

「あら、それぐらいじゃないと当主なんてものはつとまらないの。蒼衣、あなたいつか取り返しのつかない後悔をするわよ」

「それはこっちのセリフね。何もない白井家が、最初の家であるわけがない」

「それは話が別でしょう。全く論理がつながってない話してるの、わかってる?」


 蒼衣ちゃんと虎子ちゃんは言い争いながら近寄って、いつの間にかわたしの机の目の前に近づく。

 ……とはいえ、虎子ちゃんは座ってるわたしから見てもわかるぐらい背が低い。女子にしては身長の高い蒼衣ちゃんと並ぶと、頭一つ分以上の差がある。


「……むしろ普通に考えれば、最も古い歴史を持つ白井家が最初の家であるのが自然だと思うのだけど。すずめさんもそう思うわよね?」

「え、わたしは、まだよく……」

「あれ、もしかしてすずめ、最初の家について聞いてないの?」

「あ、そうじゃなくて……」


 

 ――最初の家。これも春休みの間に、鷹くん隼くんから聞いていたことの一つだ。むしろこれこそが現在、龍沢家と白井家、そして赤崎家が抱えている、一番頭を悩ませる問題と言って良い。

 

 江戸時代、ある茶屋がお客に対して、お茶やお菓子と一緒に謎掛けの出題を始めたのが、海老川が謎解きの街と呼ばれるようになった始まりである……これがわたしが海老川に来た日、朱那おばさんから説明された海老川の歴史なんだけど……


「実は、そのある茶屋ってのがどこか、はっきりわかってないんだ」

「そうなの?」

「ああ。現状特定できる資料は見つかってない」

「でも、それのどこが問題なの?」


 わたしが聞いたとき、鷹くん隼くんは揃って信じられない、というような顔をした。


「だって、謎解きの街の始まりなんだぞ。それがわからないのはまずいだろう」

「どんなものだって最初のものは歴史に残るじゃないか。初めて何々をした人とか……海老川の謎解きだって同じだよ」


 二人にそんなこと言われると、確かに重要な気がしてきた。

 言われてみれば最初、と聞くだけで特別感がする。

 

「……だから、龍沢家と白井家は、自分のところがその『ある茶屋』だと互いに主張している」

「おれたちが海老川を謎解きの街にした『最初の家』だ……ってな」


 鷹くんが『最初の家』というのを強調してた理由は、そのときわからなかった。



 でも今、目の前の蒼衣ちゃんと虎子ちゃんが言い争うのを見て、その理由が分かったような気がした。

「……まあ、すずめさんもそのうち実感するでしょう。最初の家は、白井家であるに違いないと」

「それは違うわ。最初の家は龍沢家よ。何しろご先祖様が書いてるんだもの、うちが最初に始めたってね」

「すずめさん、こんな金を持ってるだけの女の言葉なんて信じないでくださいな。……もっとも、赤崎家も最初の家を名乗るというのなら、全力でわからせるだけのことですが」

「すずめ、こんなやつの言葉を信じるぐらいなら、あたしの方が良いわよ。……あ、別にあんたを信用してるわけじゃないからね」


 ……ってあれ? いつの間にわたしが言葉を求められてる流れになってる……?


 

「虎子、あまりすずめに色々言わないでくれ。すずめはまだいまいち飲み込めてないこともあるんだ。海老川に来て一週間だしな」

 助け舟をだしてくれたのは、ずっと虎子ちゃんの後ろに立っていた隼くんだった。

 

 ――確か、鷹くんが龍沢家に出入りしているのと同様に、隼くんは白井家に出入りしてるんだっけ。理由は『虎子ちゃんに誘われたから』とかなんとか言ってたけど……


「……それもそうね。隼、ちなみにすずめさんには何を説明したの?」

「一応、海老川の街についてとか、龍沢家や白井家の話は一通りした。……それで、これは前も言ったとは思うが……」


 隼くんは、ため息をつきながら虎子ちゃんに話しかける。


「すずめは決して、赤崎家の当主に決まったわけじゃない。だから必要以上に、すずめに敵意を向けたりしないで欲しい」

「……それは無理よ。すずめさんが赤崎家の人間である限り、少なくとも仲良くはできない。というより、すずめさんは赤崎家唯一の当主候補だって、隼言ってたわよね?」

「だからって、すずめをどうにかするつもりなのか」

「隼……言っとくけど、あなたのことだって完全には信用してないのよ。あなたは使えると思ったからわたしと一緒にいることを許しているけど、そうじゃなかったら敵。あの向こうにいるすぐ怒るのと何も変わらない」


 そう言って、虎子ちゃんは蒼衣ちゃん……の後ろにいる鷹くんを指差す。


「おい、俺をそんな危ないやつみたいに言うなよ」

「いや言っとくけど、鷹はそういうところあるからな。元気ってことでは許されないこともあるぞ」

「なんだよ隼まで……」


 嫌々ながらも自覚はあるのかもしれないと、鷹くんのふてくされた顔を見て思う。

 一週間一緒に過ごしてみて、鷹くんが熱くなりがちな性格であることはわたしも何となくわかってきた。

 


「……まあでも隼の言ってるとおりだ。すずめは当主に決まったわけじゃないから、色々言いすぎるのはやめて欲しい」

「何よそれ。当主じゃなくても、そのうち当主になるかもしれないんでしょ? すずめ、あなたの力、試させてもらうわよ」


 鷹くんも隼くん同様わたしのことを気づかってくれる……が、蒼衣ちゃんはそれを聞く気がないらしい。

 その蒼衣ちゃんがわたしの机の上に叩きつけた紙を見て、何と反応していいかわからなかった。



「――果たし状……?」

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