Q2.謎解きの街の新学期

思い出したくない記憶

「赤崎 すずめさん。おめでとう」


 ――その日、わたしは全校朝礼で表彰を受けた。県の読書感想文コンクールで入賞したのだ。


 今、校舎の下駄箱にいるわたしの右手には、その表彰状の入った筒が握られている。

 小雨が降る中だけど、わたしの心は晴れ模様。背負っているランドセルが自然に揺れている。


 というのも、コンクールで入賞したお祝いに、父さん母さんが駅前のレストランに連れていってくれる予定なのだ。下校していく他の子に声をかけながら、時間を追うごとにわたしのワクワクは高まっていった。


 あそこのレストランは、誕生日とか、父さん母さんの結婚記念日とか、そういうときにしか行けない特別な場所。わたしの頑張った結果がこうしてごほうびとなって返ってくる……嬉しくないわけがなかった。


 

 ――けど。


「赤崎さん! 赤崎さん!」


 外を向くわたしの後ろから、悲鳴のような担任の先生の声。



「先生?」


「お父さんと、お母さんが……!」



 ***



「すずめ!」

「起きろ!」


 ……目を開けると、窓の外から明るい日差しが差し込んできていた。


「そろそろ起きないとダメだぞ、母さんは朝から厳しいからな」

「おい、入るぞ」

「え、隼! すずめとはいえ女子の部屋だぞ」


 ふすまの開く音に、わたしは布団から身体を起こす。


「大丈夫よ、おはよう……」

 わたしの声は、かすれたような小さい声だった。


「おはよう、すずめ」

「……どうした? つらそうだけど……」

「……ううん。大丈夫」


 鷹くんと隼くんが心配そうに声をかけてくれるけど、これはわたしの問題だ。

 よりによって、新しい学校に初めて登校する日の朝に、またこの夢を見るなんて。


「そうか……早く居間に来いよ」

「さっきも言ったけど、母さんは遅刻とか絶対許さないからな」

 二人の男子が見えなくなってから、わたしは立ち上がり着替える。

 時計を見ると、7時ちょっと前。


 いい気分ではないけど、それを必死に振りほどいて、わたしは自分の部屋を出た。



 ――わたしの両親が、交通事故で死んだ日の夢。


 あの日、父さんと母さんは、わたしを学校に迎えに行く途中で、ブレーキが壊れて暴走した車にはねられた。

 父さんは即死で、母さんがまだ意識のあるうちに学校の名前を言ったことで、担任の先生に連絡が行ったのだ。

 その母さんも、わたしが病院に着いたときには、もう亡くなっていた。


 普段なら父さんは会社にいる時間。母さんも、買い物でよく行くスーパーと学校は反対方向。いつもはその時間に通ることはないはずの道で、両親は事故にあった。

 ……理由は、学校が終わったわたしを迎えに行ったから。なぜ迎えに行ったかと言えば、表彰されたわたしにごほうびをあげるため……



「すずめさん。どうしたのですか、朝から」


 今度は朱那おばさんの声。

 ……ダメだ。どうしても振りほどけない。


 数日に一回、朝に見る夢。思い出したくない、二度とあってほしくない出来事なのに、忘れられない。


 わたしは目の前の焼き鮭をなんとかほぐして食べる。

 ……思えば、こんな和風の朝ご飯なんて、父さん母さんと一緒にいた頃には無かった。

 この家を飛び出した母さんにとっては、こういう食事すら嫌だったのだろうか。


「すずめさん、今日からあなたも学校に行くのです。赤崎家の当主としての立ち振る舞いというのを、心得ていただきたい」

「だからすずめはまだ当主になると決まったわけじゃないだろ!」

 鷹くんが、右手に持った箸を投げ出さんばかりの勢いで声を上げる。


「落ち着け鷹。当主じゃなくても、すずめが赤崎家の一員であることには変わりない。母さんがすずめにしっかりしろというのも、間違っちゃいないよ」

「そりゃそうだろうけどさ……」

 箸を持ったままの左手で鷹くんにそっと触れる隼くん。


「……そういうことだ。すずめにも頑張ってほしいんだよ。俺もそう思うし、鷹だって思ってる」

「うん……」



 海老川に来て、赤崎家で暮らして一週間。

 その間に朱那おばさんや鷹くん隼くんから色々教えられた。


 前の当主であるわたしのおばあちゃんが死んでしまって、赤崎家の地位は大きく下がってしまったこと。

 それを取り戻すために朱那おばさんがかなり躍起になっていること。

 地位を上げるためには、おばあちゃんの血を引く唯一の人間であるわたしが当主になるのが一番早いこと。

 そして、当主であるわたしには、『海老川四家』にふさわしい謎解きの力が必要なこと……



「でも、わたしが当主でいいの……? はっきり言ってわたしは、海老川のことについてまだまだ知らないことがたくさんある」

 そんな人を無理やり当主にするよりは、ずっとこの街で暮らしてきた朱那おばさんの方がよっぽど良いのではないか……


「いえ、それはこれから知っていけば良いのです。それに、もし茜姉さんが存命なら、当主になるべきは姉さんでした」

「……もしかして、仮に母さんが生きていたら……朱那おばさんは、無理矢理にでも母さんを連れ戻そうと……」


 わたしがそう聞くと、朱那おばさんの箸が止まった。


「…………」


 

「……すずめ、そろそろ時間だぞ」

「鷹は食べるのが早いんだよ」

「逆に隼がもう少し早く食べてくれ」


 いつの間にかご飯を平らげていた鷹くんに促されるまでの間、朱那おばさんが返事することはなかった。



 ***



「……きっと母さんは、茜おばさんのところにも押しかけるつもりだったと思う」

 わたしの右隣で歩く隼くんがぼそっとつぶやく。

 

 道沿いに間隔を開けて植えられた桜は満開。その下を歩く隼くんの横顔はかなり整っているけど、正直寝ぐせがひどい。


「……やっぱり……」


「そうなったら、俺も止められなかったと思う。まあ、そのときはすずめのことはまだ知らないんだけども」

 わたしの左隣で歩く鷹くんは、右手で握りこぶしを作る。朝食のときの勢いを見ると、そのうち本当に朱那おばさんを殴る……のはさすがにないか。


 鷹くんの横顔は、本当に隼くんとそっくりだ。でもやっぱり髪型がぜんぜん違う。

 そう言えば、春休み中には隼くんが鷹くんに宿題を教える光景を何度も見た。きっと本当に鷹くんが朱那おばさんに飛びかかったときは、隼くんが止めに入ってくれそうな気がする……わたしもこの一週間で、それぐらいはわかった。


 あ、あと隼くんとミステリの話もできた。

 正直この春休みの暮らし、悪くはなかった。


 ……でも。



「着いたぞ」

「ここが一小だよ」


 目の前にあるのは、わたしが前に通ってた学校とあまり変わらない、四階建ての校舎。


 ゆうべ、隼くんから言われた言葉を思い出す。

「他の家にとっては、すずめはもう赤崎家の当主ということになってるはずだ。多分、すずめ自身が嫌だったとしてもきっとそういう目で見られる」


 ……その目から、わたしは逃げたい。けど、そういうわけにもいかないらしい。


 この海老川第一小学校で、わたしはやっていけるのだろうか。

 今日は、わたしが5年生になる始業式の日だ。


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