悔しい気持ち
「……なんだ、簡単じゃないか」
「えっ、隼もう分かったのか?」
「というか、似たような問題を聞いたことがあるんだ」
……そんな。隼くんはどうやら、この問題について知ってるらしい。
「……はあ。隼は数字に強いからなあ」
「別にこれは算数の問題じゃないぞ。鷹だって考えればわかるはずだ。ジュースをパックと容器の間で移動させて、400mlを作り出すんだ」
隼くんに言われ、鷹くんは頭を回しながら考え込む。
「えっと……まずジュースを300ml移すだろ? で残りを500ml移して……」
鷹くんの言葉が止まった。
でも、その顔は真剣そのものである。
段ボール箱を開ける手も止まり、あぐらをかいて腕を組み目を閉じ……
「……すごい」
「ん? どうした?」
思わずわたしの口をついて出た言葉に、隼くんが反応する。
「だって鷹くん、さっきまでずっと喋ってたのに……きっと今、すごい真面目に問題を考えてくれてる……のよね」
「鷹だけじゃない。海老川の人はみんなそうだ。俺らのような子どもも、おじいさんおばあさんも、関係ない」
隼くんはわたしや母さんの本を眺めながらつぶやく。
「というか、すずめだってそうだっただろう。鷹や俺の出す問題にちゃんと考えて答えを出してくれていた」
「それは……」
それは、どうしてだろう……?
上手くは言えないけど、当たり前のように問題について考えていた。
夢中で答えを考えていた。
きっとあのとき他のことを頼まれていても、なにかする余裕は無かっただろう。
ちょうど、今の鷹くんのように……
「……すずめにはやっぱり、赤崎家の当主になってほしい。というより、やっぱりすずめは赤崎家の人間だよ。俺らのテストもクリアしたし」
隼くんは、わたしの方を真っ直ぐ見た。
「俺らもできる手助けはする。……すずめには頑張ってもらいたいんだ」
隼くんの顔がすぐ前に迫る。髪型が変わってる以外は、今朝初めて会った鷹くんと本当に何も変わらない。
それはつまり、顔も良いということで。
「……うん……まあ、なんとかする……」
見つめられたわたしは、心を落ち着けて答えるのが精一杯だった。
「……なあ、やっぱり100mlぐらい飲んじゃだめか?」
そして聞こえてくる、鷹くんの願うような声。
「……鷹、お前せっかく考えてるとこすずめが感心してくれてたのに……真面目にやってくれよ」
「だから、俺は隼みたいに時間をかけて考えるのは得意じゃねえんだって。というか、二人でジュースを分ける時にそんなきっちり測らなくても」
「それじゃ問題にならないだろ」
またこの兄弟は軽口を叩き合っている。その姿だけ見れば、前の学校の男子たちと変わらない。
違うのは、二人が瓜二つな顔立ちであることと、赤崎家という、少し普通じゃない家の人である……ということ。
でも……これからこの光景が、わたしにとっての日常になるのだろうか……
「……ああ、やっぱダメだ。隼、答えわかるなら教えてくれ」
「まあ、すずめにしてやられるのも嫌だし、そろそろ答えとくか。鷹、こういう問題もしっかり勉強しとけよ」
「はいはい」
鷹くんが頭の上で後ろ手を組み、隼くんが左手で髪をかき上げる。
「まず、ジュース300mlを移す。そしたらその300mlを、500mlの容器に移す。空いた300mlの容器に、800mlパックからもう一回ジュースを移す。で、ここで測った300mlを500mlの容器に入れるんだ」
そうそう、その通りだ。
このとき、500ml容器にはすでに300ml入ってるから、あと200mlしか入らない。残りの100mlが300ml容器に入ったままになる。
「これで100mlが作れた。そしたら、500mlの容器からジュースを800mlパックに戻し、100mlのジュースは500mlの容器に移動させる。あとは、もう一回300mlを測って、500mlの容器に入れれば100+300で400mlができる。もちろん800mlパックに残った方も400mlだ」
「……正解」
……なんだか、あっさり答え出されちゃったな。
今のわたし、思ったより悔しいぞ。
「……すずめは、この問題解けたのか?」
「えっと……」
この本読んだのは本当に昔だから、わたしもちゃんと覚えてないけど……
少なくとも当時の、(小学1、2年ぐらいの)わたしが簡単に解けた、とは思えない。きっと分かったとしても、何分も考え続けてようやくというものだろう。
「今の隼くんみたいには行かなかった、と思う」
「そうか、すずめなら行けると思ったが……まあいいや。これからも、そういう問題はどんどん出してくれ。出題を求められる機会も増えるだろうし」
「確かに。すずめがどんな問題を持っているのか、俺も楽しみだ」
鷹くんがにやにやしている。
さっきは時間を掛けて考えるのは苦手だと言っていたのに、問題自体は楽しみだという。
……でも、本当にそうなのだろう。
わたしの前で、鷹くん隼くんがうそや変なことを言う理由がない。
「それに……すずめ、悔しそうだぞ」
……え?
「あー確かに」
「やっぱりすずめ、海老川でやっていけるよ」
「わたし、悔しそうに見えたの?」
「まあ、そうだな。その悔しさは、これからどんどん晴らしていけ」
そんな二人の言葉は、ちょっと嬉しかった。
考えてみれば、逃げたくても、そう簡単には逃げられない。
この家から追い出されたら、わたしには他に頼れるところがないのだ。
……やっぱり、この新たな環境で、わたしはなんとかやっていくしかないのだろうか。
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