パズル・ウォーズ 〜謎解きの街で始めるご当主生活？〜

知らないことが多すぎる

「……どういうこと？」

　わたしと鷹くん（？）の目が合う。

　……わたしに向ける目が変わった。

　とても、真面目な目をしている。

「……ああ、あなたの名前は聞いただけだから、鷹くんという名前自体が嘘なのかもしれないけど……最初にわたしを駅で出迎えたのが鷹くんだとして、今いるあなたは……同じ鷹くん？」

「同じって？」

「途中であなたは、鷹くんと入れ替わって、鷹くんのふりをしてわたしをここまで連れてきた。多分公園のトイレに行ったときに……違うかしら？」

　もしそうなら、今目の前にいる彼と本当の鷹くんとは仲間だ。

　示し合わせて、公園のトイレで入れ替わった。

　万が一わたしが『わたしもトイレ行く』となったとしても、男子トイレの中までは一緒に行かない。

　なんでそんなことをしたのかというのは一旦置いといて……

「何言ってるんだ？　俺は鷹だよ。そのトイレに行った前後で何が変わったというんだ？」

「変わったわ。大きく二つ」

　わたしは指を二本立てる。

　鷹くん（？）の顔は、トイレに行った前後で変わってない。

　双子だろうか、本当に良く似ている。

　でも、明らかに違うところを、わたしは見つけてしまった。

「まず靴」

「靴……？」

　わたしは、鷹くん（？）の足元に目を向ける。

　きれいな運動靴だ。

　でも、きれい過ぎる。

「最初にわたしが駅で会ったとき、鷹くんの靴は汚れていた。体育の時間とか、休み時間の後……それも校庭で走り回った後みたいに、砂がたくさんついていた。でも、今あなたが履いている靴は、同じ柄だけど、ピカピカ」

　わたしとバスに乗ったり歩いてたりするうちに靴が汚れた、というのならまだ可能性が無いわけじゃない。でも靴がきれいになった、はどう考えてもありえない。

「途中で靴を履き替えた？　としたら、それはわたしが唯一鷹くんの姿を見てないあの公園のトイレで、ということになる。でもなんでわざわざそんなことを？　何か理由があったとしても、わたしから隠れてするのはなんで？」

　鷹くん（？）は、黙ってわたしの話を聞いている。

　鍵を持った手を動かすのも止め、わたしを相変わらずの良い顔で見ている。

「……とにかく、外で靴を履き替える、それも人と一緒に歩いているときにというのは不自然。だから、靴じゃなくて人が変わったのかな、と考えた」

　もっとも、靴を履き替える理由があった可能性もゼロではない。だけど、別人になったんじゃないかと考えると、もう一つの違いがはっきり浮かび上がる。

「……それから、右手と左手」

　……鷹くん（？）の表情が、かすかに変わった。

「わたしと一緒にバスに乗ってきた鷹くんは、ペットボトルを右手で開けてた。髪を右手でかき上げていた。わたしのスーツケースを右手で持とうとした。でもあなたは、ペットボトルを左手で開けてた。髪を左手でかき上げていた」

　わたしの母さんは右利き、父さんは左利きだった。

　だからわたし自身は右利きだけど、左利きの人がとっさに左手を使いやすいということは、なんとなく知っている。だから目についたのだ。

「……今もほら、鍵を左手で持ってる。それ、家の鍵だよね？」

　わたしの指した先では、鷹くん（？）の左手が鍵を握って、玄関の扉の方を向いている。

「両利きの人もいるらしいけど……それよりは、右利きの人と左利きの人が入れ替わった、というのが自然じゃない？　特にペットボトルを開けるのなんて力がいる。日常的に両方の手で開ける人なんて、多分いない」

　両利きの人に出会ったことはないけど……そういう人でも、普段この動作はこっちの手でやる、って決まってるんじゃなかろうか。無意識だとしても。

「……以上二つの理由から、わたしはあなたが鷹くんではない、良く似た別の人間だと考える」

　そこまで言って、わたしは鷹くん（？）をじっと見つめる。

　……鷹くん（？）の表情は、困っているような、慌てているような。

　駅で最初に会ったときなれなれしくしてきた鷹くんとは、雰囲気が違う。

「……だけどさ、すずめ。俺がそんな面倒なことをなんでする、と思うんだ？　親戚とはいえ、初対面のすずめ相手に」

　鷹くん（？）がようやく絞り出した言葉。……でもそれは確かに、真っ当な疑問だ。

　なぜそんなことをしたのか？　わたしを騙す理由は？

「……これは本当にただの想像だけど……これも、わたしに対しての問題だった、とか？」

　赤崎家の人は、謎解きが好き――

　それを鷹くんたちは、わたしと出会った瞬間から示してくれていた……のかもしれない。

　赤崎家についてわたしは知らないことが多すぎる。

　これからわたしもそこの一員になる、というのに。

　もしかして鷹くんたちにとって、これぐらいはあいさつのような……

「そんなめんどくさいことするわけないだろ」

「隼（じゅん）、もう良いって。すずめは合格」

　その時、二つの声が重なった。

　目の前の鷹くん（？）から発せられた声にかぶさるように、彼を隼と呼ぶもう一つの声が……

「しかし、すずめは俺たちがこんなことをした理由をまだ当てきれてない」

「いやいや、そこまで当てられるわけ無いだろ。俺らの入れ替わりを当てた時点で合格じゃないのか」

　門から入ってきたのは、もう一人の鷹くんだった。

　隣で鍵を持ったまま立っている鷹くん（？）を指して、わたしに向かってほほえむ。

「すずめ、すごいな。あ、俺は本当の鷹だ。こいつは双子の弟の隼だよ」