第16話 全面攻勢

 ――五日が経過し戦況に変化が出た。


 この五日間、我らローエングリン侯爵陣営は、オープン回線を使って名門貴族たちを挑発した。


『貴殿らはキレイな貴族服を着るしか能の無い臆病者だ。自身の勇気を示したいなら、挑んでこい!』


『まあ、メルツ提督以外は一山いくらの連中だからな。貴殿ら名門貴族も落ちたものだ』


『ははは! 貴殿らの戦いぶりは臆病で婦女子にも劣る! 貴族らしく誇りを持って突撃してはどうかね?』


 こんな単純な挑発に乗るわけがないだろうと、俺はオープン回線の通信を聞いていて思った。


 だが――!


『おのれ! そこを動くな!』


『帝国貴族の誇りを傷つけたこと万死に値する!』


『この平民どもめ! ひざまずいて許しを請うが良い!』


 名門貴族派の連中は、挑発に乗りまくった。

 バカなんじゃないか?

 俺は呆れて、飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。


 名門貴族派の若手貴族を中心に、勇気と無謀をはき違えた無秩序な突撃が敢行された。

 我らローエングリン侯爵陣営の提督たちは、落ち着いてアホどもを迎え撃ち、散々に敵の艦艇を沈めた。


 だが、さすがはメルツ提督。

 初日は事態を収拾した。


 だが、次の日も。

 さらに次の日も挑発は続く。


 特に猛虎とあだ名されるティーゲル提督がヒドイ。

 単艦で敵前に突出し、オープン回線で下品な言葉を名門貴族派に浴びせた。


『どうした? ママのスカートの中に隠れているのか? それともオッパイを吸うのに忙しいのか? ママー! ママーと泣いてみろ!』


『おのれー! そこを動くな! 何が猛虎だ! 野良猫め!』


 帝国軍提督にあるまじき言動である。

 だが、こんなあからさまな挑発に乗る奴も乗る奴だ。


 名門貴族たちは、顔を真っ赤にして怒ったのだろう。

 無秩序に百隻以上の艦が逃げるティーゲル提督を追いかけ、釣られて二千隻の艦艇が突出した。


 名門貴族派の艦艇は、待ち構えていたティーゲル提督の艦隊に、散々に打ち据えられた。

 メルト提督の直掩艦隊五千が来襲しなければ、全滅していただろう。


 この五日間、こういった挑発と戦闘を繰り返し、敵艦艇一万隻以上を撃破した。


 だが、さすがはメルト提督は名将だ。

 今日になって全面攻勢を仕掛けてきた。


 戦線の各所で間断なく戦闘が繰り広げられ、破壊と殺戮に宇宙が染まる。

 長距離ビーム砲の光と爆発の閃光。

 近接戦闘を行う艦載機のドッグファイト。

 時々通信回線に紛れ込む将兵の断末魔。


 朝から激しい戦闘が続く。


 当然ながら俺たちジャガー男爵領補給船団は忙しい。

 今回はウルフ先輩の艦隊に補給だ。


 ウルフ先輩から映像通信が入る。


「デイビス・ジャガー! 生きていたか!」


「何とか武運に恵まれています。これもザワークラウトのおかげですかね」


 ザワークラウトの件は、戦場の美談として我らローエングリン侯爵陣営に広がった。


 兵士に、故郷のザワークラウトを食べさせるため、補給担当士官が必死にザワークラウトを探し回り調達した。

 補給部隊が敵の攻撃を受けながらも、故郷のザワークラウトを兵士に届けた。

 兵士は涙を流し『おふくろの味がする』と故郷のザワークラウトを食べた。


 戦闘宙域では娯楽がないので、ちょっとした出来事が将兵の楽しみなのだ。


「ははは! そうだな! ザワークラウトの話は良かったぞ!」


 激しい戦闘を繰り返しているにも関わらずウルフ先輩は快活に笑う。

 ウルフ先輩の旗艦艦橋も明るい雰囲気だ。

 この太陽のような存在感が、艦隊指揮官として得がたい資質なのだろう。


 俺たちは事務的な手続きをした後で、戦況について話した。


「さすがメルト提督だと思います。名将ですよ。戦術的にも、戦略的にも、全面攻勢は良い判断です」


「ほう? デイビスの考えを聞かせてくれるか?」


 ウルフ先輩が楽しそうに返事をする。

 この人は、戦略大好き人間だからな。


 俺は自分の見立てをウルフ先輩に語った。

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