第15話 名将メルツ提督

「ああ……大分休めた……」


 俺はカプセルベッド睡眠を三十分とった。

 正直、大分体が楽だ。


 艦橋に戻り、交代要員の士官に礼を述べる。

 コーヒーを飲んでいると、アイアン提督から映像通信が入った。


 事務的なやり取りの後、俺はアイアン提督に戦況を聞いた。


「あまり情報が入ってこないのですが、戦況はいかがですか?」


 俺たちジャガー男爵領補給船団は、後方と前線を行ったり来たりの補給部隊だ。

 イマイチ情報が伝わってこない。


 アイアン提督は、親切に教えてくれた。


「一進一退だ。敵は数が多い。損害を与えても無理せず後退する。穴を開けても代りの艦が穴を埋めてしまう。疲れた艦隊は後方に下がり、すぐに代りのフレッシュな艦隊が入る」


「タッグマッチというわけですか……」


「うむ」


 手こずっているということか……。

 アイアン提督の返事が渋い。


 俺は不思議に感じた。

 我らローエングリン侯爵陣営は、宇宙艦隊所属の将兵艦艇が多いので、意思統一した作戦行動を取りやすい。


 だが、名門貴族派は、数こそ我らより多いが寄せ集め感がある。

 アイアン提督の言うような意思統一した作戦行動が、どうしてとれるのだろうか?

 アイアン提督の話を聞いている限りでは、なかなかの動きだと思うが……。


「寄せ集めの名門貴族派にしては、堅実で隙のない用兵ですね。正直、こうも善戦するとは思いませんでした」


「どうやら敵の総司令官は、メルツ提督らしい」


「メルツ提督!? メルツ上級大将ですか!?」


 俺は思わず大きな声を出してしまった。

 メルツ上級大将は、歴戦の提督で大小様々な戦役に参加し武勲を重ねたお人だ。


 貴族としては中位貴族の出身で、政治力は強くない。

 それにも関わらず、上級大将の地位にある。

 ということは、それだけの武勲を積み重ね、帝国軍内部はもちろん、大物貴族からも実力を認められているということだ。


 メルツ提督が名門貴族派陣営を指揮しているとなると……。


「やっかいですね……」


「うむ……我らローエングリン侯爵陣営に所属する提督全員の戦歴を足しても、メルツ提督の戦歴には及ばないだろう。それほどの人物だ」


 アイアン提督もメルツ提督を高く評価している口ぶりだ。

 実際に矛を交えているのだから、認めざるを得ないのだろうな。


 俺は少々愚痴る。


「なんでまた名門貴族派に……。メルツ提督は平民兵士や下級貴族出身士官の人望が厚い公平なお人柄だと聞いていましたが、こちらについてくれれば良いのに……」


「理由は、わからん。メルツ提督は、かつてローエングリン侯爵と共に艦を並べて戦ったことがある。ローエングリン侯爵の実力はご存知のはずだ。それでも敵に回らざるを得ない事情があったのかもしれん」


「なるほど……。これは、わからなくなりましたか……」


「いや、そうでもないぞ」


 俺は『オヤ?』と思った。

 アイアン提督は、片頬を上げ何か企んでいるように笑っている。


「何かあるのでしょうか?」


「ダルメシアン大佐から上級指揮官に連絡があってな。敵陣営でメルツ提督が煙たがられているそうなのだ」


 敵陣営の情報が落ちてきた。

 ダルメシアン大佐は、敵陣営内に情報提供者を作っているのか?

 それともスパイを潜入させたか?

 いずれにしろ心強いことだ。


 落ちてきた情報は驚く内容だ。

 メルツ提督が煙たがられる?


「えっ!? ここまで善戦しているのは、メルツ提督の指揮があってのことでしょう!? なぜ、煙たがられるのですか!?」


「まあ、それは、名門貴族の連中は、自尊心が強いからな。自分たちの力で勝っていると勘違いしているのだろう。メルツ提督は、自分の命令に逆らうことを許さないらしい。軍としては当然だが、ワガママな名門貴族たちは我慢ならんそうだ」


「ありそうな話ですね」


「そこで名門貴族の連中を挑発し、突出させ各個撃破していこうというわけだ。各提督たちが、そろそろ動き出す」


 なるほど!

 メルツ提督と名門貴族の間に出来つつある溝を利用して戦うのか!


 補給作業が終ったと連絡が入った。

 俺はジャガー男爵領補給船団を、物資集積宙域へ向けた。


「では、ご武運を!」


「貴官もな!」


 俺はアイアン提督と敬礼をかわし別れた。

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