第28話
アリシアたちはグレースとイザベラが外出している隙を狙って、例の井戸にやってきた。
当然のようにジョシュアとブレイクがついてくるが、ジョシュアはずっと仏頂面だ。
(ジョシュア様は私と一緒に行動するのがお嫌なのよね。責任感の強い方だから仕方なく来てくれているだけで……)
アリシアは申し訳ない気持ちになった。
ジョシュアは彼女に対してよそよそしい態度を崩さない。
対照的に、ブレイクが気さくな口調で話してくれるのがアリシアにとっては救いだった。
「アリシア。君はどうやって投げ落とされたか覚えているかい?」
井戸を見ながらブレイクが尋ねる。
「ここに……井戸の端に一旦降ろされて、その後突き落とされたんです。だから、多分この辺に……」
アリシアは立ち上がって井戸の周りをウロウロと探り始めた。
「あ!あった!」
井戸のすぐ脇にしゃがみこんで、アリシアは地面に生えている草の間からハンカチを使って何かを慎重に拾い上げた。
ハンカチで包む前にそれをジョシュアとブレイクに見せる。
「……ボタン?」
「ただのボタンじゃないな。家紋が入っている。……この家紋はギャレット侯爵家のものだ。間違いないな。ギャレット侯爵家が関与している」
さすが王族だけあって、ブレイクは貴族の家紋が頭に入っているらしい。
「お義母さまが依頼したんでしょうか?」
「それは分からない。犯人を見つけたいな」
「可能でしょうか?」
「ああ、家紋入りのボタンは使用人の制服にも使われている。恐らくギャレット侯爵家に仕える者が実行犯だ。アリシアは細身だが一人の人間を軽々と担いで走れる使用人というのは……」
ブレイクの台詞にジョシュアが信じがたいという顔をした。
「まさか……騎士だというのか?」
腕を組んで考え込むブレイクは慎重に言葉を選んでいる。
「無論、普通の使用人でも屈強な者はいる……ただ、騎士である可能性は高い気がするな」
「か弱き女性を井戸に突き落とすなんて騎士の風上に置けない!」
怒りに拳を震わせるジョシュアの肩をブレイクがポンポンと叩いた。
「そうだな。そいつを見つけて罪を償わせてやろう。アリシア、顔は分かると言ったな?機会を見つけてギャレット侯爵家に連れて行こう。その時に、見覚えのある男がいるか知らせてもらえるか?」
「はい!」
アリシアは力強く頷いた。記憶力には自信がある。
それに彼女は別な世界に行き、今までとは違う価値観に触れた。
『理不尽を我慢して飲み込む必要はないんだ。戦ってもいい。逃げてもいい。助けを求めてもいい。全部悪いことじゃないんだ』
懐かしい涼の言葉を思い出す。
命を狙われるという理不尽に対して、アリシアは戦うことを決意した。
「ブレイク殿下。お話ししたいことがあるのです」
アリシアは異世界での指紋を使った犯罪捜査のことを説明し、こちらの世界でもそのための魔道具を開発できないかと提案してみた。
予想通り、ブレイクの切れ長の瞳がキラキラと見開かれる。本当に黒曜石のようだ、とアリシアは思った。
「それは面白そうだ。裁判で証拠として認められるためには実証実験が必要になるかもしれないが……。法務官と魔道具師に相談してみよう」
「ありがとうございます!私で出来ることなら何でも協力致します!」
「頼もしいな。以前の君はもっと大人しい女性かと思っていたが、今のように生き生きした姿もとても魅力的だ」
思いがけないイケメンからの褒め言葉にアリシアの頬はカーッと熱くなった。
(この王子様は……本当に人誑しだわ)
ジョシュアは二人が話している間中、ムスッとした顔でそっぽを向いている。
「ジョシュア、君も協力してくれるだろう?」
ブレイクが笑顔を向けても彼は首を横に振った。
「いえ、俺は……お二人の邪魔をしたくないので」
「邪魔なんかじゃない!」
「じゃ、じゃまじゃありません!」
ブレイクとアリシアの声が揃って、二人は目を見合わせた。
ジョシュアは苛立たしげに舌打ちすると、不貞腐れた顔をアリシア達から背ける。
「おい!ジョシュア、どうしたんだ?お前おかしいぞ。なにがあったんだ?ちゃんと言ってくれないと僕たちには分からない」
「べつに……なんでもないです」
「なんでもないって顔じゃないだろう?お前がそんなだと、アリシアだって不安になる。婚約者を不安にしてどうするんだ!?」
「アリシアが……?」
ジョシュアとアリシアの目が合った。
その瞬間ジョシュアの顔が紅潮して、慌てたように再び明後日の方向を向く。
「俺には関係ないことだ。異世界のことにもさして興味はない。二人でやってくれ!」
苦虫を噛み潰したような顔で言い残すと、ジョシュアはスタスタと歩き出した。
アリシアは唇を噛んで涙を堪えようとするが、ブレイクには気づかれてしまったようだ。
彼は、さりげなくハンカチを差し出してそっと手を差し伸べた。
エスコートしてくれるブレイクの手を取ると、アリシアはジョシュアの後を追って歩を進める。
目の前を歩く大きな背中にくっきりと『拒絶』と書いてあるようだ。
(やっぱり彼はアイさんが好きだったのであって、私ではないんだ……)
この世界に戻って来ない方が良かったのかもしれない。
視界がどんどんぼやけていった。
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