第27話

継母のグレースは、トンプソン子爵が漏らした『ギャレット侯爵家の刺客』について事情聴取を受けた。


しかし、したたかな彼女は動じなかった。


『何の話か分かりませんわ……? あんなクズ男のいい加減な話を信じるなんて皆さん暇人ですのね。ふふっ、刺客だなんて時代錯誤な……現にアリシアは生きているじゃありませんか?』


グレースは取調官を煙に巻き、ギャレット侯爵家も一切の関与を否定した。


トンプソン子爵は裁判にかけられることになったものの、グレースは証拠不十分で釈放するしかなかった。


アイは、アリシアがどのような経緯で井戸に落ちたのかは知らなかった。したがって、ジョシュアやブレイクもまさかアリシアが殺されかけたとは想像もしていなかったのだ。


「……アリシア。君の部屋から君の遺書が見つかっている。」


ブレイクの言葉にジョシュアも頷いた。


「遺書!? 遺書なんて書いていません! 死ぬつもりなんてありませんでした!」

「遺書は偽物か……やはり、ギャレット侯爵家の仕業なのか?」


ブレイクが独り言ちた。


「あの……私、突き落とされる前にその人の顔を見ました。月の影で少し見にくかったですけど、顔立ちは覚えています。それに、落ちる前に……彼の服のどこかを掴みました」


アリシアは目をつぶって考え込んだ。


「……多分、ボタンとか…バッチとか…なにか犯人の服についていた硬い物をもぎ取った記憶があります。井戸の近くに何か落ちていませんでしたか?勿論、拾われてしまった可能性もあると思いますが…」

「すまない。夜だし気がつかなかった。ジョシュア、後で井戸に探しに行こう」

「……それから、遺書を見せてもらえますか?もう捨ててしまいましたか?」


アリシアが訊ねるとジョシュアが首を傾げながら答えた。


「いや、あるとしたらアリシアの部屋にあるはずだが……どうだろう……?」


やっと口をきいてくれた、とアリシアは嬉しくなったが、相変わらずジョシュアは彼女の顔を見ようとしない。


(……日記を読んで私に幻滅してしまいましたか?)


ジョシュアに尋ねたかったが、ブレイクがいる場では聞きにくい。


彼の精悍な横顔を見ながらアリシアはコッソリと溜息をついた。


*****


その後、アリシアは自分の部屋を探し回り、自分が書いたとされる遺書を見つけることが出来た。指で触らないように気をつけてピンセットで摘まんで中身を読む。


筆跡は多少似ているが、明らかにアリシアが書いたものではない。


やはり誰かが自殺と見せかけてアリシアを殺そうとしたのだと思う。


(……心当たりは、お義母さまくらいしかないけど)


ギャレット侯爵家との繋がりを考えても、グレースが一番怪しいのは間違いない。


証拠がないうちは何も出来ない。アリシアは唇を噛んだ。


実は涼から教えてもらった異世界の犯罪捜査についての知識をブレイクに伝えようと思っている。


特に『指紋』を証拠にするという概念はこの世界には存在しない。


この遺書には犯人の指紋がついている可能性がある。


指紋を検出できるような魔道具が出来たら、犯人を特定する役に立つかもしれない。


ブレイクに相談してみようと思った時、ジョシュアの不機嫌そうな顔が脳裏に浮かんだ。


(ジョシュア様にも相談した方がいいのかしら?……でも、ジョシュア様は私の話になんて興味はないわよね。もう近づかない方がいいのかもしれないわ)


ジョシュアのことを頭から追い払い、アリシアは今後の自分の生活について考えを巡らせた。


これ以上サイクス侯爵家の厚意に甘えるのは心苦しい。特にジョシュアから無視されたままで屋敷に滞在するのは辛かった。


アイとして生活していた時、アリシアは元の世界に戻ったらスウィフト伯爵領で領地経営をしている家令のマシュー・ゴードンを訪ねてみようと思っていた。


アリシアの父親は、遺言でアリシアを後継者に、そして、アリシアが爵位を継ぐまではマシューが領主代理 兼 領地管理人として領地経営すると定めていた。


それは国王の裁可を受けた正式なものであったため、グレースがジタバタ喚いてもどうしようもない。


マシューはグレースが伯爵家で唯一頭の上がらない存在だと言えた。グレースが彼をクビにすることは出来ないし、彼を怒らせると領地からの収入を減らされてしまう危険性がある。


しかし、湯水のように金を浪費するグレースとイザベラのせいで、マシューの領地での生活は多忙を極め、アリシアが最後にマシューに会ったのは父親の葬儀の時だった。


その時もマシューはひたすら忙しそうで、アリシアとは碌に話もできなかったことを覚えている。


幼い頃はマシューから毎年クリスマスプレゼントが贈られてきていたが、父親が亡くなった後はそれも途絶え、アリシアは内心寂しく思っていた。


今になって冷静に考えてみると、グレースがアリシアへのプレゼントが届かないように細工をしていたのかもしれないと思う。


スウィフト伯爵領は国の南方の端にあり、馬車で二週間以上かかる。隣国との国境に接していることもあり、領主代理 兼 管理人が領地を離れるのは好ましくない。


遠く離れた地にいるマシューはアリシアがどのような仕打ちを受けているのか知らない可能性がある。


ミリーが昔マシューに怒っていたことを思い出した。


『マシューに手紙を書いてお嬢さまの窮状を訴えたのに、何の返事も寄こさないんですよ!』


それも、もしかしたらグレースに妨害されていたのかもしれない。


アリシアは、異世界で生活する間に、バランス良く色々な人の視点から冷静に状況を判断することの大切さを学んだ。


そのおかげで自分の視野がどれだけ狭かったか、ということにも気づくことができた。もっと自分で考えて行動に移すことが出来ていたら、と反省する点が多い。


これからは後悔しないよう、自分から積極的に行動に移していきたいと思っている。


手始めにマシューに手紙を書いてみることにした。次期後継者として領地の経営についても学んでいく必要がある。


(私はミリーたちと一緒に領地で生活するのが良いのかもしれないわ)


そう考えながらアリシアはペンを手に取った。

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