第24話
「いよいよ今夜だな」
学校からの帰り道、涼に話しかけられてアイは隣を歩く彼を見上げた
「うん。そうだね。今夜、無事に本物のアイさんが戻って来られるといいんだけど……」
アイの家族はアリシアが去ってしまうことを残念がりつつ、やはり本物のアイが戻って来るのは嬉しいと思っている。
『今夜は最後の食事になるかもしれないからご馳走にするわね!』
今朝、マナミはそう言っていた。
「俺さ、アイとまたこんな風に喋れるようになるとは思ってなかったんだ。だから、本物のアイが戻って来ても、また距離が開くと思うと……やっぱ寂しいな」
しんみりと涼が語る。
「私はどれだけ涼に助けてもらったか、ちゃんと日記に書いたよ。それを読んだら本物のアイさんも涼に感謝して昔みたいに友達に戻れるんじゃないかな?」
ああ、と呟く涼の言葉は歯切れが悪い。
暗い顔つきで俯いて歩く姿にアイは不安を覚えた。
「涼、大丈夫?涼にとっては本物のアイさんが戻ってきた方がいいよね?だって……涼はずっとアイさんのことが好きだったんでしょう?」
その言葉に涼の顔が真っ赤に染まる。
「な、ななななんでそれを!?」
「そんなのちょっと見てれば分かるよ」
屈託なく笑うアイの腕を涼が掴んだ。
「ど、どしたの?涼?」
突然、至近距離に来られて動揺するアイに涼が真面目な顔で迫る。
「俺は……アリシアが好きなのかもしれない」
「は!?」
「だから、帰らないで欲しい。ずっとここに居て欲しいんだ」
涼の言葉は真剣だが頷く訳にはいかない。
「……涼。私も涼が好きだよ。とても、優しくて素敵な人だと思う。でも、それは恋愛感情じゃない。涼も同じだよ。今持っている感情は恋愛じゃない」
「なんでそんなこと分かるんだよ!?」
涼が赤い顔で抗議した。
「だって、涼が本物のアイさんを見てきた時間を考えてみて? 私とはこの一ヶ月半くらいしか一緒にいないんだよ? 涼がアイさんを想う気持ちは子供の頃からのものでしょ?」
涼がアイの腕を離して考え込んだ。
「私は過去の経緯(いきさつ)は全く分からないけど、アイさんへの気持ちを混同しているんだと思う。ずっとアイさんを好きだったのに、距離が離れてしまったでしょ?それがまた仲良くなれたから私に惹かれているように錯覚しているのよ」
「そう……なのかな?」
「そうよ!本物のアイさんが戻ってくれば分かるわ!」
アイは断言した。
「それにね。私にはジョシュアっていう婚約者がいたの。振られちゃったんだけど……でも、まだ忘れられないんだ。だから、いずれにしても無理よ」
涼が寂しそうな顔つきになった。
「そっか……」
「そうよ!」
「……そっか……」
そのまま沈黙が降ってきた。
突然、涼がアイを引き寄せて抱きしめた。彼の吐息を額に感じる。
アイは彼の背中に手を回し、ポンポンと宥めるように叩いた。涼の腕に力が入る。
「そうだな……ありがとう。楽しかった。アイと昔に戻れたみたいで。元の世界に戻っても、元気でな」
くぐもった声で涼が伝える。
「うん。ありがとう!でも、まだお別れじゃないよね?」
今夜、月詠池には家族全員と涼が来てくれることになっている。
「ああ、また後でな!」
何かが吹っ切れたような明るい顔で涼は手を振りながら去って行った。
***
アイは、本物のアイが戻ってきた時に困らないように事細かに日記を書いている。学校の授業も丁寧に説明を入れながらノートを取った。
この世界に来て多くのことを学んだ。魔力のない世界なのに、多くの魔法のような技術がここにはある。衝撃に次ぐ衝撃。驚きに次ぐ驚きだった。
特にスマホやインターネットなどの通信技術や飛行機などの乗り物、パソコンといった想像したこともない技術に触れて、アリシアはいつか元の世界に戻れたらこの世界で学んだ知識を役立てたい、と考えていた。
初めて涼に会った時に『シンデレラは他力本願だ』と言われたことがどうしても頭から離れない。
自分がそうだった自覚があるからだ。
継母たちに虐げられていた時も、いつかジョシュアと結婚すればこの苦境から逃れられると、まさにジョシュアに頼りきりだった。自分で何かをしようとは思わなかった。
(情けないっ……!!!)
ジョシュアに愛想を尽かされて当然だと思う。
アリシアは、元の世界に戻ったら、今度は継母に対して嫌なことは嫌だといい、スウィフト伯爵の後継者として、もっと領地経営のことを勉強しようと決意していた。
今は亡き父が指名した家令が領地に住み、領主代理兼領地管理人として領地経営の主軸を担ってくれているはずだ。忙しくて王都に来ることはないが、グレースが『なかなか言うことを聞かない』と不満を漏らしているのを聞いたことがある。
家令の名前はマシュー・ゴードン。
ほとんど顔を合わせたことがなかったが、元の世界に戻ったら彼に会いに行ってみよう。
何なら領地で生活をしてもいいのだ。爵位を継ぐ者としてもっと領地経営に関心を寄せるべきだった。
アリシアはこんな生活は嫌だと思いながらも、自分から動こうとしなかった過去を猛省したのである。
日記以外にも、戻ってくるアイに宛てて手紙を書くことにした。
マナミ、マコト、マイが家族として受け入れてくれて、とても感謝していること。
どうか彼らの愛情が本物であると信じて欲しいということ。
幼馴染の涼もとても親切に助けてくれた。
アイの味方は沢山いることを知って欲しい。
(でも、さっきの涼との会話は……書かない方がいいよね)
アイは迷った。
言葉ではどう書いても伝わらない雰囲気というものがある。
涼が子供の頃からアイを好きだったことは間違いない。
ただ、ずっと疎遠になっていたのに突然距離が近くなって混乱したんだと思う。
(それは……本人が戻ってきてから二人で解決する問題だ)
アイは涼からの告白については何も書かないことに決めた。
*****
その日の夜。幸い天気が良く雲一つない。
月詠池には再び明るい満月がくっきりと映っていた。
アイはマナミ、マコト、マイとそれぞれハグをして別れを惜しんだ。マナミは泣いてくれている。
「本当にお世話になりました。感謝してもしきれません。どうか、皆さんお元気で!」
深く頭を下げた後、最後に涼と握手を交わした。
「あのさ、ジョシュアって元婚約者。もう一度好きだってアタックしてみろよ。諦めるのはまだ早いと思うぞ」
そう言う涼の笑顔には曇りがなかった。
「うん!そうだね!そうする。・・・・・ありがとう!」
真夜中の十二時ピッタリ。
アイは思い切って月詠池に飛び込んだ。
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