第23話

アリシアが振り返ると、騎士服を着た青年が申し訳なさそうに立っている。


「なんでしょう?」


アリシアが微笑むと、青年は安心したように口を開いた。


「申し訳ありませんが、サイクス副団長がアリシア様に緊急に来て頂きたいと」

「え?でも、ジョシュアはここで待っているようにって」

「はい。でも、時間がかかりそうなので、アリシア様に来て欲しいそうです」


そう言われて、アリシアは少し考え込んだ。


「分かりました。どちらへ行ったらいいですか?」


アリシアは、結局頷いて彼の後に付いていくことにした。


胡散臭いのは間違いないが、アリシアへの罠があるのなら敵の尻尾がつかめるかもしれないと判断したのだ。


その青年はアリシアを会場から少し離れた場所に連れて行った。


小さな部屋に案内されて中に入ると、目の前に知らない男が立っている。


「え!?ジョシュアは?」


彼女が振り返る前に扉がガチャンと閉じられた。


部屋の中に居た、にやけ顔の男が嬉しそうにアリシアに近づいてくる。その馴れ馴れしさにアリシアの背筋が寒くなった。


アリシアはジョシュアから貰ったネックレスの石をギュッと握り締めた。


「だ、だれ!?」

「つれないなぁ。君と僕の中じゃないか」

「私はあなたなんか知りませんし、知りたくもありません。大嫌いなタイプの男性です!正直、気持悪いです!」


アリシアが叫ぶと、男はくっくっと笑う。笑い方もカッコつけていて寒い。


「アリシア、君はそんな風に男の気を引くのかい?可愛いね。ずっと君を僕のものにしたかった。君の屋敷だと使用人たちが邪魔をしてなかなか近づけなかったけどね」


それを聞いて、アリシアはピンときた。


ロニー・トンプソン子爵


奴に違いない。日記によると、しつこくアリシアに関係を迫っていたキモイ野郎だ。


アリシアの目が据わる。セクハラ野郎は大嫌いだ。


「アリシア。ここなら誰も邪魔者が入らないよ。さぁ、ここに座って」


そう言いながらソファを指さす。その顔が下心に満ちていて吐き気がした。


「あなたはお義母さま、グレース・スウィフト伯爵夫人の恋人でいらっしゃるんでしょう?私はあなたに全く興味がありません。むしろ大嫌いです。近づかないで下さい!」


出来るだけ大きな声ではっきりと言った。


トンプソン子爵は苦笑いをした。


「ああ、あれは金のためだよ。他にも金を引っ張るために色々な女性とお付き合いしているがね。グレースは普段は綺麗だが、やっぱり脱ぐとおばさんだよね。化粧やドレスで誤魔化しがきかないからさ。さすがに若い子のすべすべの肌には敵わないよ~はっはっは」


と笑う男の顔面をグーッで思いっ切り殴ってやりたいという衝動をどうにか抑えた。


ドレスには万が一のために色々な武器が仕込んである。


異世界からきたアイも、この世界のアリシアも体術には自信があるので、こんなヒョロヒョロの男一人にどうにかされるはずもないけれど、ちょっと面白いのでもう少し喋らせてみることにした。


アリシアは立ったまま男に尋ねる。


「あなたの言いなりになって私に何かメリットがありますの?」


「ああ、メリットばかりだよ。だって、君はグレースに命を狙われてるんだろう?ギャレット侯爵家から刺客が送られたって聞いたよ。命より大切なものはないだろう?サイクスの息子を諦めて僕の愛人になれば、僕が守ってあげるよ。女性を喜ばせるテクニックだってあの朴念仁よりはあると自負してるんだけどな」


全身鳥肌モノのセリフを真顔で言うトンプソン子爵はますますキモイ。吐き気がする。それにギャレット侯爵家の刺客ってなんだ?


(いやもう、なんでこんな男がプレイボーイを気取ってるんだ!)


そして、奴は無理矢理アリシアの腕を掴んで押し倒そうとした。


(キモイ!止めろ!この勘違い野郎!痛い!痛すぎるよ!)


鳥肌をぶつぶつに立てながらアリシアは彼の鼻目掛けて思いっきりグーパンチを入れた。


ガンッという感触と共に、トンプソン子爵は床に倒れた。鼻血がダラダラと垂れているのを見て、若干の罪悪感を覚える。


(ありゃ、ちょっとやり過ぎたかしら?)


しかし、ぶるぶると首を振って考えを改めた。


(アリシアを手籠めにする気満々だったのは間違いない。天誅だ)


その後、ふぅっと息を思いっ切り吸うとアリシアは腹から声を出した。


「きゃ~~~~~~~~~!!!!助けて!!!殺される~!!!」


物凄い声量の悲鳴である。


外に立っていた見張りなのかもしれない。すぐに扉が開くと一人の男が飛び込んできてトンプソン子爵に駆け寄った。


「おい!静かにしろ!おい?、ロニー様? ロニー様!?大丈夫ですか?」


アリシアはここぞとばかりに外に飛び出し、大きな悲鳴をあげ続ける。


悲鳴を聞きつけて、あちこちから人が飛び出してきた。


大変な騒ぎだ。


そして、何と最終的には近衛騎士の護衛を引きつれた国王まで登場した。


「なにがあったのだ!?」


凛とした声をあげる国王の前にアリシアは膝を折った。


「わたくしは騙されてここに誘き出されました。そして、このトンプソン子爵に襲われそうになったのです。わたくしは婚約者のある身、必死で抵抗をして貞操を守り切りました!」


その頃には意識を取り戻していたトンプソン子爵は国王に向かって必死に弁明した。


「嘘です!私はその女に誘惑され、そして殴られたのです。私は無実です!その女が私を誘き出して、私を誘惑したのです!」


「そ、そうです。国王陛下。恐れながら告発させて頂きます。私の継子であるアリシアは嘘つきで有名です。元々アリシアは私の友人であるトンプソン子爵に対して必要以上に馴れ馴れしく、誘惑するような仕草をしていました。ご覧下さい。怪我をしているのはトンプソン子爵ではありませんか?被害者は彼であって、アリシアではございません!」


グレース・スウィフト伯爵夫人がどこからともなく現れて、トンプソン子爵の肩を持った。


周囲には舞踏会に参加していた主だった貴族が集まっている。


物見高い群衆に取巻かれていることにアリシアは気がつき、好奇心丸出しの貴族たちの顔を見回した。


「おい!何をしているんだ!」


ホッと安心させてくれる声が聞こえた。声の方向を振り返ると、汗だくになったジョシュアが目に入る。必死に走って来たのだろう。ハァハァと息を切らしている。


アリシアはジョシュアの方を見て、大丈夫だ、というように頷いた。


「では皆様。こちらをお聞きください!」


アリシアは胸のネックレスに魔力を送った。ご存知の通り、録音機能のついた魔道具である。


+++++


『だ、だれ!?』


『つれないなぁ・・・。君と僕の中じゃないか』


『私はあなたなんか知りませんし、知りたくもありません。大嫌いなタイプの男性です!』


『くっくっ。そんな風に男の気を引くのかい?可愛いね。ずっと君を可愛いと思っていたよ。君の屋敷だと使用人たちが邪魔をしてなかなか近づけなかったけどね』


『アリシア。ここなら誰も邪魔者が入らないよ。さぁ、ここに座って』


『あなたはお義母さま、グレース・スウィフト伯爵夫人の恋人でいらっしゃるんでしょう?私はあなたに全く興味がありません。むしろ大嫌いです。近づかないで下さい!』


『ああ、あれは金のためだよ。他にも金を引っ張るために色々な女性とお付き合いしているがね。やっぱり脱ぐとおばさんだよね。化粧やドレスで誤魔化しがきかないからさ。さすがに若い子のすべすべの肌には敵わないよ~はっはっは』


『あなたの言いなりになって私に何かメリットがありますの?』


『ああ、メリットばかりだよ。だって、君はグレースに命を狙われてるんだろう?ギャレット侯爵家から刺客が送られたって聞いたよ。命より大切なものはないだろう?サイクス侯爵を諦めて僕の愛人になれば、僕が守ってあげるよ。女性を喜ばせるテクニックだってあの朴念仁よりはあると自負してるんだけどな』


+++++


トンプソン子爵の台詞の後、バタバタと激しい物音がして、アリシアの大きな悲鳴と情けない男の泣き声が聞こえてきた。


しばしの沈黙があった。


…………長い沈黙が終わると、グレースが半狂乱になってトンプソン子爵に掴みかかった。


「きぃぃぃぃーーーーーー!!!なんですって!?お、お、お、おおおおばさん!?わたくしが!?いつも美しいとか、若々しくてまだ十代に見えるとか言っていたくせに!?金目当て!?きぃぃぃぃーーーーーー悔しいっーーーーーーー!!!」


「い、いや、グレース。誤解だ。その、言葉の綾というか……そんなことは決して思っていないから!」


慌ててグレースを宥め始めるトンプソン子爵に向かって、呆れ果てたような表情の国王が目配せをすると近衛騎士らがトンプソン子爵とグレースを拘束した。


「こ、国王陛下。な、なにを……?」

「陛下、何故わたくしたちを……? 離しなさい。淑女に対して無礼な!」


戸惑うトンプソン子爵とグレースに対して、国王は厳しく糾弾した。


「アリシア嬢の無実は明白だな。彼女は被害者だ。トンプソン子爵、略取・誘拐、暴行未遂容疑で逮捕する。そして、スウィフト伯爵夫人。そなたの生家であるギャレット侯爵家から刺客が送られたとはどういうことだ?また、伯爵家の後継者への扱いに関しても疑義が認められる。いずれにせよ事情聴取させてもらう。良いな!」


泣き喚く二人を近衛騎士たちは問答無用で連行していった。


アリシアは大きく息を吐いた。気づくとジョシュアが横に立っている。


「お前を置いて離れてしまって、すまなかった。俺の判断ミスだ。あの野郎かあいつの仲間かは分からんが、わざと俺の名前をだして警備上の不備を団長に抗議したらしい。お前を一人にするために、まったく……」


腹立たしそうに息を吐くジョシュア。


「大丈夫だよ。あたしもそれなりに準備してたし」

「でも、もしもっと強い奴だったらどうするつもりだったんだ?!頼むから危ない真似はするな。心臓に悪い」

「アリシアに何か仕掛けてくる奴がいるんなら今のうちに捕まえるチャンスだと思ったんだ。わざと誘き出されたんだけど、上手くいって良かった」


そう笑うとジョシュアがはぁーーーーーーっと深い溜息をついた後、ポンポンとアリシアの頭を撫でた。


(そういえば、数日後にはもう満月の夜が来る。ジョシュアとはもうお別れなんだな……)


恋心というのではないが、不思議な寂しさがこみ上げてくる。


はぁ、と息を吐いて俯くとジョシュアが心配そうにアリシアの顔を覗き込んだ。

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