第14話

ジョシュアが、中庭で優雅にお茶会をしているはずの若い令嬢たちの金切り声に気がついたのは王宮の魔術師と話をしている最中だった。


「もうっ!どこに行ったのかしら?」

「見失ったわ!」

「……なんでブレイク殿下があんなつまんない子に?!」

「ズルいわ!!!なんなの!?たかだかスウィフト伯爵家の…」


苛立ちを含んだ声が切れ切れに聞こえて、ジョシュアは慌てて魔術師に詫びながらアリシアを探しに走った。


***


ジョシュアと話していた魔術師は他の仕事をしながら彼が戻るのを待っていたが、扉をノックする音に「どうぞ」と声をかける。


「お待たせして大変申し訳ございません!」


中座していたジョシュアが戻ってきた時、ブレイクとアリシアが一緒だったことに魔術師は驚いたが、それを表情に出すことはなく、にこやかに彼らを迎え入れた。


侍女にお茶を用意してもらうと、ジョシュアは再びアリシアの事情を最初から説明し始めた。


「へぇー、アリシアはスウィフト伯爵家でそんなに酷い扱いを受けていたんだー。知らなかったなー。後継ぎとなるべき令嬢をそんな風に扱うなんて……ちゃんと思い知らせてあげないとねぇー」


魔術師が腕を組んで深く考え込んでいる間、ブレイクは笑顔で物騒なことを宣う。


美麗な笑顔から出てくる言葉は案外黒い。


「あの、私の中身がアリシアではなくて別な世界から来た人間というのは信じて頂けるんでしょうか?」


おずおずとアリシアが尋ねると、ブレイクが爆笑した。


「おや?さっきの勢いはどこにいったんだい!?」

「いや、あの、さっきはすみません。口が悪くて……」


アリシアが深く頭を下げて謝るとジョシュアが気色ばんだ。


「お前がそんな風にしおらしくなるのは珍しいな。やっぱり顔がイイ男性にはそうなるのか?」


やはり外見がアリシアだけに気になるのだろう。


「いや、あの、元居た世界にえっと、で、殿下と似た知り合いがいて、その人が苦手なので、怒りが醒めるとちょっと腰が引けるというか……それに王子様相手にさすがに失礼だったなと反省しました」


アリシアはブレイクに自己紹介してもらい、自分が無礼を働いたのがこの国の第二王子だと自覚して青ざめたばかりだ。


「へぇ、お前にも敵わない人間がいるんだな。しおらしいとなんか不気味だ」


ジョシュアが感心したように言った。


「う、うるさいな!そんなことより、アリシアの意識は元居た世界の私の体の中にあると思いますか?」


池に落ちる直前に警察も来ていたことだし、アイの体が死んでしまったということはないだろう。


自分がアリシアの体に入った分、アリシアの意識はアイの体に入ったと考えるのが論理的だ。


論理的、というのもおかしいが。


アリシアの質問に魔術師は分からない、というように首を振る。ブレイクがゆっくりと口を開いた。


「古い文献に不思議な井戸に関する報告はある。スウィフト伯爵家は古い家柄で王都にある屋敷や森も古い昔からあるものだ。そこにある井戸の伝説は知っているだろう?」


ジョシュアとアリシアが頷く。


「文献によると実際にその井戸を通って別な世界から来た人間はいたらしい。その人間はこの王国に多くの有益な情報をもたらし、次の満月の夜に井戸に飛び込んで元にいた世界に帰って行ったと伝えられている。ただ、体が入れ替わったという話は聞いたことがない」


難しい顔をしてブレイクが考え込んだ。


体が入れ替わるという話は日本ではよく映画や小説の題材になっていた、とアリシアはつい言葉に出してしまう。


「ぶつかって体が入れ替わる話は映画にもなっていますが……」

「「「えいが……?」」」


キョトンとする三人にアリシアは焦った。


「えっと、物語というか……」

「ということは、そちらの世界ではよくある現象なんですね?」


真剣な顔で魔術師に質問された。


「いや、うーん、うーん。フィクションというか、物語というか、現実にあるものではないんですが……」

「現実にないものがどうやって物語になるんだ?この井戸の伝説もそうだが、元になる史実はあるんだろう?」


不思議そうに第二王子が尋ねる。


「いえ、史実ではなくて、想像力を膨らませるんです。例えば二人で階段から転がり落ちた時に体が入れ替わったらどうなるだろう?面白いなとか……」

「階段から転がり落ちるだけで体が入れ替わるのか?」


ジョシュアが感心したように腕を組んだ。


「え、いや、その、あくまで一つの例です。あくまで物語ですよ!事実ではなくて想像を働かせるんです!」

「他にはどんな状況が考えられるのですか?」


魔術師の顔も真剣だ。


(マズイ、私の入れ替わり知識はそんなに深くないのに……)


パニクりながらも必死で過去の映画や小説などを思い出す。


「えっと、曲がり角でぶつかったり、事故があったり、階段から落ちたり、あ、水に落ちた時に入れ替わったケースもあったような?」

「おお!水に落ちた時!まさに君たちの状況じゃないか?」


ブレイクが嬉しそうに言った。


「た、たしかに……。同時に水に落ちた場合です。もしかしたら私とアリシアは同時に水の中に落ちたのかもしれませんね。たまたまその時に別世界との通路が開いて意識だけが入れ替わってしまった。すごい偶然ですけど……」


「しかし、あり得ないことじゃない。それで、元に戻るにはどうしたらいいんだ?その、えいがとやらではどうやって戻ったんだ?」


「えっと、入れ替わった時の状況を再現していたと思います。全く同じことを繰り返せば元通りになるのではないかと……」


全く自信はないが、過去の映画作品などを参考に答えてみる。


「そうか。では、満月の晩に全く同じタイミングで井戸と池に飛び込んでみるというのが一番可能性が高いということか。ただ、タイミングを図るために異世界にいるアリシアに連絡を取る必要があるということだな」


ジョシュアが考え込む。


「手紙を書こう。次の満月の晩にそれを井戸に落としてみたら、あっちの世界に行くんじゃないか?それでダメだったら、実際にあっちの世界に行ってみるしかないな」


「「「確かに!」」」


第二王子の言葉にアリシアたちはコクリと頷いた。


****


その後、ジョシュアとブレイクが二人きりで交わした会話をアリシアは知らない。


「ジョシュア。僕はアリシアの気持ちを聞いてみたい。もしかしたら、彼女の心が僕に向けられる可能性は否定できないだろう?」


「それは、確かにその通りですが、俺は、俺は、アリシアを愛しています!婚約破棄はしたくありません!」


「分かった。ただ、僕も振られる前に諦めたくはない。本物のアリシアが戻ってきたら僕も正式に彼女への気持ちを伝える。その後で、彼女の気持ちを聞くことにしよう。それでいいか?」


ブレイクの言葉にジョシュアは俯いて唇を噛むだけで反駁することはできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る