第15話
「アイ……いえ、あの、アリシアさん。夕食の支度が出来ましたよ」
声を掛けられてアイが振り向くと、緊張した面持ちの男性が所在なげに立っていた。
マナミの旦那さんのマコトだ。アイの義理の父親に当たる。
「ありがとうございます!すぐに行きます!それから、アイと呼んで下さって構いませんよ」
笑顔で言うとマコトは嬉しそうに笑い返した。
「そ、そうか。じゃあ、アイ。あとで」
軽く会釈をするとトントンと階段を下りていく足音がする。
(ちゃんと同じ食卓に呼んでくれるんだ。いい人たちだな……)
これまでずっと家族から疎外されていたアリシアは、心が温かくなるような気がした。
***
色々と話し合った結果、アイはマナミたちと一緒に暮らすことにした。
調べるとアイが掛け持ちしていたアルバイトは五つもあり、中には夜の繁華街でのクリーナーの仕事まであったらしい。
この世界の知識が不足している状態でそれらの仕事をこなすのは難しいだろうし、勉強をしたいという希望があるならバイトは全部辞めた方がいいとマナミは言った。
アイが一人暮らしをしていたアパートはそのまま家賃を払い続けて、本物のアイが戻ってきた時に使えるようにするから、当面マナミたちと一緒に生活したらどうかと誘われたのだ。
家に戻ってくればバイトの必要もなくなるし、困ったことがあったらすぐに助けられるというマナミの申し出を、アイは有難く受けることにした。
アイが戻るに当たり、マナミの夫であるマコトには事情を全て説明した。
色々と混乱がありつつも、最終的に中身が違うアイを受け入れてくれることになった、らしい。
(普通の家族みたいで・・・幸せだな)
アイは自分の幸運に感謝した。
***
学校に復帰する前日。マナミはアイを連れて隣家を訪れた。
マナミは『高橋』と書かれた四角い表札の下にあるボタンを押した。
ピンポーンという珍しい音がするボタンをアイはしげしげと眺める。
「はーい」と言いながら、隣家で面倒くさそうにドアを開けた人物を見てアイは驚いた。
この世界では多くの人が黒い髪に黒い瞳であることは既に知っているが、その隣人の端整な顔立ちは元の世界のブレイク第二王子にそっくりだったからだ。
切れ長で形の良い瞳に翳が出来るほどの長い睫毛。凛々しい眉毛に高い鼻梁。薄い唇。精悍な顎のラインについ見惚れてしまう。
「へぇ?」
その男性はアイを見て目を瞠った。
「珍しい。アイが戻って来たんすか?」
マナミは困ったような笑みを浮かべた。
「涼くん。えっとねえ。アイは頭をぶつけて一時的に記憶喪失になったみたいなの。ずっと入院していて、明日から学校に戻るんだけど、涼くんは学校で同じクラスでしょ?悪いんだけど、この子が学校で変な事したらフォローしてやってくれないかしら?本当に申し訳ない、けど、お願い!」
マナミに深く頭を下げられて、涼と呼ばれた男性は困った顔をした。
「え?でも、俺、アイとはここ何年もほとんど口をきいたこともないし……」
「うん。分かってるんだけど……ごめんね。でも、他に頼れる人がいないの。お願いします!」
もう一度深くお辞儀をされて、涼は仕方ないというように溜息をついた。
「まぁ、困ってそうな時はフォローしますけど……」
「あ、ありがとう!ありがとう!涼くん!アイは記憶がなくなって別人のようになったから!一生懸命勉強したいんだって!家にも帰ってきたのよ。ごめんね。本当にごめんなさい!宜しくお願いします!」
マナミは大声で捲し立てるとそのまま走り去った。
……アイを一人置いて。
アイはどうしていいか分からなくて俯いた。
二人きりになると涼ははぁっと露骨に嫌そうに溜息をついた。
「悪いが俺はヤンキーとはつるまない」
「やんきー?」
「君みたいな人間のことだよ」
アイは納得したように頷いた。
「さようでございますか。分かりました。ご迷惑なのではと感じておりました。無理強いをして大変申し訳ありません。わたくしのことはお気遣いなさらなくても結構です。それでは、ごきげんよう」
アイが微笑んだ時の彼の顔は見物(みもの)だった。
お化けでも出たような顔でアイを見つめる。
涼はしばらくそのままの状態だったが、ようやく言葉を絞り出した。
「……君は誰だ?」
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